見出し画像

恋愛ヘッドハンター2 砂時計⑪

ひかりは古びた喫茶店でコーヒーを飲みつつ、スマホをいじっていた。入店してからずっとインスタのメッセージ機能で会話をしている。

恵里菜「今朝、荷物をまとめて家を出ました。離婚届も書いておいた。あの人はもうあなたのものです。これからよろしくお願いします」

ひかり「恵里菜さん、連絡ありがとうございます。どうなるかわかりませんが。とりあえず、旅館を彼の会社が買ってくれるみたいなのでほっとしています。何か気をつけておくことなどがあれば教えてくれませんか」

恵里菜「やはり、以前もお伝えしましたが体調のことですね。エレベーターや旅館でも倒れたとのこと、そろそろ本人に本当の病状を知らせて治療を受けさせなければならないと思います。それは私では色々と無理ですので」

ひかり「承知しました。ありがとうございます。また、賢太郎の事でわからないことが出てきたら連絡してもいいですか?」

恵里菜「もちろんです。ひかりさんには心から感謝しています。いつでも連絡してきてください。あと、ご迷惑かもしれませんが、私の作品をいくつか旅館へ送らせていただきました。もしよかったら使ってください」

ひかり「わあ!ありがとうございます。私、本当に恵里菜さんの作品のファンなんです。とっても嬉しいです。また、新しい工房で作品が出来たら教えてくださいね。絶対買います!」

恵里菜「ありがとうございます。ひかりさんもお体に気をつけてくださいね。それでは」

メッセージのやりとりを終わらせると、ひかりはゆっくりと深呼吸をした。

半年前の事だった。

ひかりはインスタで見つけた砂時計を気に入り購入した。砂時計はすぐに届けられた。キャラメルのような色合いは見ているだけで心が温まった。ひかりはもっと欲しくなった。いくつか注文しているうちに、販売者から物品とは関係のないメッセージが届いた。

「お客様はもしかして『大岡賢太郎』という男性を知っていますか」

それが恵里菜との個人的な会話の始まりだった。恵里菜が賢太郎のスマホをこっそり探ったところ、ひかりのフェイスブックが出てきたというのだ。それには賢太郎と同じ大学を卒業している内容が書かれてあり、顔写真などもインスタと一致しているので気になったということだった。

ひかりはそこで恵里菜がかつての恋人である賢太郎の妻だと知ったのだった。

ひかりは賢太郎と同級生だったことを認め、かつて付き合っていたこと、でも、卒業以来何の連絡も取っていないことを知らせた。恵里菜はひかりの言葉を受け入れたのち、ある提案をしてきた。

「賢太郎は病気で多分あまり長く生きられません。本当は妻の自分が面倒を見てあげなければならないのですが、体調が優れず賢太郎の残りの人生を充たしてあげることが出来ません。賢太郎はまだあなたに未練があるようですから、もう一度つきあってもらえないでしょうか。恋愛ヘッドハンターという人たちがいるんです。その人たちに頼んで、まるであなたが賢太郎のことを今でも思っているように仕向けたいのですが。いかがでしょうか。多少ドラマティックな方が賢太郎の人生に彩りを添えられると思うんです。不躾なお願いとは重々承知です。何卒よろしくおねがいします」

突然の提案にひかりは戸惑った。ただ、ちょうど人生につまずいていた時期だったので、この少しスリルのある展開に乗ってみてもいいかなと考えたのだった。

恋愛ヘッドハンターへは恵里菜が依頼した。賢太郎に病気のことがばれないようみんなで努力を尽くしていった。

久しぶりに会った賢太郎は少し疲れていたが、繊細であまのじゃくなところは相変わらずだった。再会したことで自分をずっと思っていたとを感じることが出来た。夫によってえぐられた誇りが賢太郎によって治癒されたと言っても過言ではない。

その点でひかりは恵里菜に感謝をしていた。また、旅館を賢太郎が勤める会社が買収してくれることにもほっとした。あとは、賢太郎に治療を受けさせる仕事が待っている。

ひかりはスマホをバッグの中に仕舞おうとした。画面が発光したので確認すると、賢太郎から電話がかかってきていた。

「もしもし、どうしたの。泣いてるの?うん、うん。そう。心配ね。連絡はとれたの?そうなんだ。残念ね。明日、私がそっちへ行くわ。うん。じゃ、また明日、着く時間がわかったら連絡するね」

電話を切り、スマホをバッグへ放り込んだ。カップに口をつける。コーヒーはもう冷えていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?