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恋愛ヘッドハンター2 砂時計⑫

恵里菜は電車の中でスマホを眺めていた。結局、会うことのなかった夫の元・恋人とのメッセージのやり取りを読み直す。

去年の12月、家に病院から電話がかかってきた。そこで夫が人間ドックの再検査を受けていることをはじめて知った。結果を報告したいのに、本人が病院に来ないと伝えられた。夫の賢太郎はガタイはいいもののかなりの怖がりだった。ここ最近、妻らしいことをしていなかった後ろめたさもあり、賢太郎の代わりに結果を聞こうと恵里菜は勇気を出して久しぶりにまともな外出を試みた。

震える手先をコートに突っ込み、華やぐ街を一人歩いた。病院で話を聞いた後、同じ街が色褪せて見えた。

急激に今まで距離を取っていた賢太郎の事が心配になった。賢太郎が眠っている間にスマホをこっそり見ることも増えた。

その頃、インスタを通して過去に作った砂時計を連続して購入する客が現れた。インスタの顔写真に見覚えがあった。賢太郎のスマホに消えては現れるフェイスブックの女。本人確認をすると、あっさりその関係性を教えてくれた。正直で気持ちのいい人だと思った。それがひかりとの出会いだった。

賢太郎がそんなに引きずっているならこの人に会わせてあげたい。できれば、あまり長くはないとみられる余生を想い続けてきた女性と過ごさせてあげたい。恵里菜はそう思い、ある策を立てた。

ネットの情報で知っていた恋愛ヘッドハンターにツイッターから依頼し、連絡を取り合った。男性の担当者だった。仕事のスケジュール上、女性の担当者が現在対応できないとの事だった。事情を伝え、顔を合わすことなくSNSで打ち合わせを済ませ、電話連絡をする場合はひかりを通してくれるように頼んだ。恋愛ヘッドハンター、及びひかりにはくれぐれも賢太郎に病気がばれないようにしてほしいと頼んだ。

策はすべて遂行された。

今、恵里菜の心は清々しい。電車が目的の駅へ着いた。スーツケースを引きずり、ホームに降り立つ。海の匂いがした。さざなみの音が縮こまった心の襞を開けていく。小さな駅の改札を抜けると、懐かしい顔があった。大学時代の先輩でガラス工芸作家として活躍する女性だった。

「いらっしゃい」

「彩花さん」

離婚と人生のやり直しを考えた時、思い出したのが女性しか働いていないという彩花の工房だった。久しぶりに連絡し事情を話したら、ちょうどスタッフが一人独立してしまって人手不足なので来てほしいと言われたのだった。

彩花の横を歩く恵里菜の足取りは軽かった。


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