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ギネス:図書館サバイバル

7月某日。
豊島区にある中央図書館で試験勉強に追われていた私は、ふとこんなことを思った。
「今この図書館に閉じ込められたら、何か月耐えられるだろうか?」

周りを見渡せば、見えるのは

本。
本。
本!

本→紙の束→made in 植物性素材→食い物

そう、ここにある本を食べられれば……

検証開始。

1、 本の量

今回検証に使わせて頂くのは、豊島区立中央図書館。
ここには実に269,273冊の蔵書が保存されているらしい。(令和4年3月末時点)
一日に10冊読んだとしても、全部読むのに73年かかる。凄まじい数である。

では、食料として見た場合はどうなのか?
まずは一冊当たりの重さを知るため、家にあったいくつかの種類の本を、キッチンにあった重量計で測ってみた。
その結果が以下である。

それぞれ、約200頁の新書サイズの本、約300頁の文庫本、約400頁の単行本と、図書館に存在する3つの代表的な本を選んだ。
今回はこの3つの単純な平均を一冊当たりの重さとしたい。
つまり、(140g+192g+550g)÷3=294gが図書館に存在する本の一冊当たりの重さとなる。
全体の重量の10%が表紙、インクなどの非可食部だとすれば、一冊当たりの可食部(紙の部分)は265gである。
そして図書館には269,273冊の本が存在するため、
265g×269273=71トンが、図書館に存在する紙の量である。
これは、シロサイ約20頭分の重さだ。分からん。

2、紙は何で出来ているのか?

そしてこの71トンの紙は、一体何から出来ているのか?
現代において、流通している洋紙(和紙ではない紙、コピー用紙など)の大半は木材から作られている。
そして木材は機械パルプか化学パルプのどちらかに加工された後、紙になる。機械パルプは変色しやすいなどの欠点があるため、本に使用されるのは主に化学パルプであり、化学パルプはセルロース以外の木材成分をほとんど取り除くことで高い機能性を実現している。
つまり71トンの紙は、ほぼ71トンのセルロースの塊に等しい。

しかし、ここで1つの壁が立ちはだかる。
なんなら冒頭からお気づきの方もいたかも知れないが、人間はセルロースを消化出来ないのである。
セルロースは、食料として捉えるとある一つのカテゴリーに分類される。それは食物繊維である。そう、腸内環境を整え、とってもヘルシーな、つまりほとんど栄養にはならないあの食物繊維である。

何ということだ。
しかし、策は用意してある。

レギュレーション追加!!

3、ヤギの持ち込みを許可する

とはいったものの、ヤギを持ち込んでそれを解体して食べるのでは競技の趣旨に反する。
なので利用できるのは、ヤギからとれるミルクのみとする。

しかし、ヤギの餌は一日何キロか、どれくらいのミルクが取れるのかと意気揚々と調べようとしていたら、衝撃の事実を知ってしまった。

ヤギ、紙を食えないらしい
正確に言えば、化学的な処理を施された洋紙を食べることが出来ない。現代の紙は純粋な植物繊維ではなく、漂白や強度増強のために化学的な処理が行われている。そうして混ぜられた塩素系物質などが、ヤギの内臓にダメージを与えてしまうため、ヤギに本を食べさせることは出来ないのだ。

何ということだろう、白ヤギさんはお手紙を食べられないのである。

うーん、完全に詰んでしまった。
ヤギを持ち込んでもダメとなると、我々の前に残るのはどう足掻いてもほとんど栄養にならぬセルロースの山だけである。

4、仕方ない、テクノロジーに頼ろう。

人間はセルロースを分解する酵素を持たないが、自然界にはセルロースを分解する酵素を持つ微生物が数多く存在する。だからこそ、ヤギは木をもっしゃもっしゃと食って栄養にすることが出来るのである。
そして、それを使ってセルロースを分解し、バイオ燃料などに転用する技術は現在研究の進んでいるホットな分野である。
これを利用できることとしよう。

そして分解さえできるのなら、セルロースは我々のよく知っているあの物質になる。グルコース、すなわちブドウ糖である。
グルコースは、1gあたり3.35kcalの熱量を持つ。
70%のセルロースをグルコースに変換できるとすれば、
71t×70%=49.7tのグルコースが手に入るのである。

5、いよいよ結果を

1tは実に1000000gに相当するため、
49.7tのグルコースが持つエネルギーは、
49.7×1000000×3.35kcal=166495000kcal に及ぶ。
成人男性の一日の消費カロリーは約2500kcalなので、

166495000÷2500÷365=182年
これが、図書館の本からカロリーを摂取し生き延びられる時間である。

いやー、思ったより長い。
まぁ普通に読んでも73年分なので、それくらいの規模ではあるのだろうが。

6、余談、参考文献とか

今回の検証は、色々な前提を積み上げた先のものである。
まずインクと汚れのついた紙から純粋なセルロースを抽出することが難しいし、セルロースを分解する酵素を使ったとして、分解された果てのブドウ糖をどう酵素から分離するのか、そしてそもそも人間はブドウ糖の溶液だけを摂取していたら体を壊すという点、そもそも図書館の本を倫理的に食べてはいけないという点、色々な点を無視してこの検証は行われている。

それでも、こういう実験的な思考は楽しい。
皆さんも今度図書館に行ったときに、本を見てちょっとだけ「美味しそうだなぁ」と思って頂ければ、この記事を書いた甲斐もある。

参考文献
小宮英俊『紙の文化史』丸善ライブラリー,1992
和紙と洋紙の違い、パピルスの話とか。
トーマス・トウェイツ『人間をお休みしてヤギになってみた結果』村井理子訳,新潮文庫,2017
セルロースを分解する云々のところを考える上でとても参考になった本。人間が嫌になり、専門家の協力を借りながら全力でヤギになろうとする頭のおかしい男のサイエンスノンフィクション。

豊島区立図書館HP  https://www.library.toshima.tokyo.jp/contents?0&pid=40カロリーSlism https://calorie.slism.jp/103017/

木 材 パ ル プ の セ ル ラ ー ゼ 加 水 分 解https://www.jstage.jst.go.jp/article/fiber1968/4/1/4_1_22/_pdf

日本調理科学会誌(J. Cookery Sci. Jpn.) Vol. 53,No. 5,352~356
(2020) セルロース系資源と食,徳安健https://www.jstage.jst.go.jp/article/cookeryscience/53/5/53_352/_pdf


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