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一目惚れの足音

あらすじ
安藤は平凡な大学生。自閉症でピアノの才能に長けた兄を持つが、周囲には兄の存在を隠している。
ある日、安藤は大学の講義でゲストスピーカーとして登壇した小松蘭子に
一目惚れされる。しかし、蘭子は目が見えない視覚障碍者だった。
登場人物
安藤亮(19)大学2年生
小松蘭子(20)特別支援学校の学生
安藤大輔(23)安藤の兄・自閉症
河合芳香(20)蘭子の小学校の同級生

安藤亮は学力も運動神経も容姿も平均的で自分に自信が持てないネガティブな大学生。両親の心配の種はいつも自閉症の兄・大輔で、安藤のことはあまり気にしていない様子。また、大輔の将来を不安視した両親が兄の面倒を見させるために育てられた存在が自分だと思っている安藤。大輔が兄であることが恥ずかしく、周囲には一人っ子だと嘘をついている。大輔はサヴァン症候群でもあり、ピアノの才能に長けていた。ピアノ教室への送迎は今も安藤が行っており、自分と違って類まれな才能を持つ大輔に劣等感を抱いてもいる。

ある日、安藤は大学の講義でゲストスピーカーとして登壇した・小松蘭子に一目惚れされる。しかし、蘭子は目が見えない視覚障碍者だった。「足音が好き」と告白されたその日から始まった蘭子の猛アタックに戸惑う安藤。押しに負けて迎えた初めてのデートでは、明るく好奇心旺盛な蘭子に振り回される。視覚障碍者であることを全く気にしない様子で周囲の人に話しかける蘭子を見て、大輔と一緒に歩いている時と同じ恥ずかしさを感じ、嫌悪感を抱く安藤。しかし、蘭子が根っからの明るさで周囲の人々を楽しませたり、目に映るものを強制的に解説させられたりなど、蘭子のペースに巻き込まれることで、嫌悪感は次第になくなっていく。

その後もデートを繰り返し、蘭子に惹かれ始める安藤。しかし、まだ大輔の存在を打ち明けられていないことに後ろめたさを感じていた。そんな中、デート中、蘭子が改めて安藤に告白。大輔のことで引け目があり「俺は君が思っているような人間じゃない」と言う安藤に蘭子は自分が8歳まで目が見えていたと告白する。目が見えなくなった時は絶望したけど、良いこともあったと、足音の話を始める。目が見えない分、音に敏感で人の足音を聞き分けられ、足音にその人自身の性格も反映される。安藤は優しい人間の足音であり、優しいことは足音が証明していると言うのだ。蘭子の話に安藤は半信半疑で、自分が立派な人間でないことを証明するため、遂に兄の話を打ち明ける。兄の存在が恥ずかしくて周囲に隠していた、と。話を聞いた蘭子はなぜ恥ずかしいのかと聞く。何も答えられない安藤。蘭子はそんな安藤に「お兄さんに会わせてほしい」と頼む。

後日、安藤が大輔をピアノ教室へ送るときに蘭子も同行。出発前にピアノを見たいと言う蘭子を家に上げると、愛おしそうにピアノを撫でる蘭子。そんな蘭子を不思議そうに見つめる安藤。ピアノ教室へ向かう道中、蘭子と大輔はほぼまともに会話出来ないが、視覚以外の情報から大輔のことを汲み取る蘭子の姿に、二人だけで相通じるものがあるように感じ、一抹の不安を覚える安藤。ピアノの話にも興味津々で、時折、寂しそうな表情を見せる蘭子が気になる安藤。ピアノ教室に着き、大輔をピアノの先生に引き渡すと、練習を見たいと言う蘭子を制し、すぐに帰ろうとする安藤。そんな安藤を引き留め、先生が今週末に演奏会があることを告げる。蘭子は一緒に行こうと安藤に提案し、先生と大輔の手前、安藤は渋々承諾する。

演奏会にやってくる安藤と蘭子。舞台上にあるピアノの話を聞きたがる蘭子の顔はどこか切なそう。そして、蘭子は出演者の中に河合芳香という女性がいないか尋ねる。確認するが、そんな名前はなく、それを伝えると落ち込んだ顔をする蘭子。大輔の演奏が始まるが、なぜか予定されていた演目と違う。しかし、蘭子は大輔の演奏に魅了されていた。そんな蘭子の様子を見て、安藤の中で大輔への嫉妬心が湧き上がる。

演奏会の帰り道、蘭子は大輔の演奏をベタ褒め。安藤は面白くない。蘭子はそんな安藤を気にせず続け、素晴らしいお兄さんだ、もっと自慢した方がいい、と話し続ける。蘭子としては、安藤に兄をもっと誇りに思ってもらおうとしての発言だったが、安藤は嫉妬心が膨らむばかり。蘭子もその不穏な空気を感じ取り、話を変えて、どう帰ればいいかと安藤に聞く。が、そっけない答えしかしない安藤。蘭子は気にしないような素振りで道行く人に手あたり次第声をかけ始める。その様子を見て、安藤の頭の中に中学時代の嫌な思い出がフラッシュバックする。軽く鼻歌を歌いながら大輔と並んで商店街を歩いていると、前から中学の同級生が歩いてきて、隠れようとするも、安藤が歌っていた鼻歌を大輔が大声で歌い始め、同級生や周囲の人々に冷たい視線を送られたため、恥ずかしくて居たたまれず、その場を逃げ出した記憶だった。それが引き金で安藤は怒りにまかせ、思ってもないことを言葉にして、ぶちまけてしまう。「そういうのはやめろ。もうコリゴリ。本当はあんたと一緒にいるのが、ずっと恥ずかしかったんだ。でも障碍者のあんたを邪見に出来ずに一緒にいただけ」と。それに対し、「そんなことはない、本当は優しい人」と言いかける蘭子の言葉を遮り、「だからもうそういうのはウンザリなんだよ!そうやって俺をコントロールしようとするのはやめろ!言っただろ!俺はあんたが思ってるような人間じゃないんだ!」と。さらに「目が見えてたら、俺のことなんて好きにならなかったよ」と告げて去っていく。ショックを受ける蘭子。

帰宅した安藤、意気消沈している。

放心状態で道のベンチに座る蘭子。普通の小学校に通っていた小学5年の頃を思い返していた。仲が良かった友達・河合芳香はピアノが上手く、ピアノをキッカケに二人は仲良くなった。しかし、目が見えないことで他の生徒からイジメを受けるようになった蘭子。明るくいることでイジメを跳ね返そうと思っていたが、そんな甲斐甲斐しい蘭子を見かねて、都度都度かばってくれていた芳香が次のターゲットにされてしまう。日に日に元気がなくなっていく芳香に明るく話しかけ続けるが、ある日、芳香は爆発。「あんたのせいじゃん!」と泣いてしまう。蘭子は自分を責め、ろう学校への転校を決意したのだった。周りにどう思われようと、極力明るく振舞ってきた蘭子だが、そのせいでまた、かつての芳香のように安藤を傷つけてしまったのではないかと思い悩む。

家に大輔と両親が帰ってくる。大輔はすぐにピアノを弾き始め、その音が気になる安藤。耐えようとするが、我慢の限界となり、安藤は大輔の元へ行き、怒鳴って演奏をやめさせる。パニックになって叫び始める大輔。両親が慌ててやってくると、安藤を叱りつける。「俺は兄貴のなんなんだ!俺はあんたらにとってなんなんだ!」など今までの両親や大輔への不満を全て吐き出し、家を飛び出す。

無計画で街を練り歩く安藤は、気付くと蘭子と一緒にデートした場所に来ていた。

一方そのころ、ベンチに座る蘭子に誰かが話しかける。話しかけてきたのは、芳香だった。先ほどの演奏会を客として見に来ていた帰りらしい。芳香は蘭子に謝る。「蘭子は何も悪くなかったのにひどいことを言って悪かった。ずっと謝りたかった」と。さらに「蘭子はどんな時も無理に明るく振舞おうとしすぎる。それは目が見えない分、いつでも明るくしていなきゃ誰からも好きになってもらえないと思ってるから?もっと他人を信じていいんじゃないの。目が見えなくて可哀想だから蘭子と一緒にいるんじゃない。案外みんな、蘭子よりも蘭子のことが好きだよ」と言う芳香。蘭子は芳香の言葉に勇気を貰い、もう一度安藤に会えば分かり合える気がして、安藤の家へと向かう。

かつてのデート場所の商店街で蘭子との日々を思い返す安藤は、たくさんの幸せな時間をくれた蘭子にひどいことを言ってしまったと思う。さらに、ある店の前を通った安藤は店内の有線から聞き覚えのある曲が流れてくる。その曲は大輔が先ほどの演奏会で弾いていた演目にない曲だった。そして思い出す。その曲は一時期好きだった曲で、中学の頃、大輔と商店街に行った嫌な記憶の中で自分が鼻歌を歌っていた曲だと思い出した安藤は、好きだった自分の為に演奏会であの曲を弾いたのだと気づく。そして、初めて蘭子や大輔と一緒にいることが恥ずかしいのではなく、蘭子や大輔の存在を恥ずかしいと思ってしまう自分自身の汚さが恥ずかしくて認めたくなかったのだと自覚する。そして、蘭子や大輔の傍にいればいるだけ、その自分の汚さと真正面から対峙させられる気がして、そんな自分自身に耐えられなかったのだ。大輔に謝らなければと思った安藤は、家へ向かう。

蘭子は安藤の家を訪れていた。以前、大輔のピアノの送迎に付き合った蘭子は両親と顔見知りだったため、不在の安藤を待つために中に招き入れられる。ピアノを弾いている大輔。蘭子は静かにその曲に耳を傾ける。
蘭子はハッとする。足音が聞こえたから。そして、帰ってきたのは安藤。「やっぱり優しい足音」と言う蘭子。「俺は…自分で自分のこと、認めたくなくて…兄貴を傷つけた。君を傷つけた。ごめん。こんなこと言う資格ないかもしれないけど、君が好きだ」と告げる安藤。蘭子は「目が見えなくて良かった」と微笑み、「目が見えてたら好きになれなかったんでしょ?」と笑う。大輔は突然、ピアノを止める。驚いて大輔を見る安藤と蘭子。大輔は演奏会で弾いた曲を弾き始める。安藤と蘭子、微笑み合う。

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