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『フライデー・ブラック』著者ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー インタビュー


「僕たちは遠く離れてはいるけれど、誰もが人間で、みんな繋がっている。これは、愛のムーヴメントだということも忘れないで欲しい」


 ミネソタ州ミネアポリスで起きた不幸な事件(警官による黒人男性への不適切な拘束とそれがもたらした男性の死)をきっかけに、全米へ、そして世界へと波及したBlack Lives Matter(以下BLM)運動。日本でも関心が高まり、関連する書籍が注目されている。2月に刊行したナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤーの『フライデー・ブラック』も、その流れの中の一冊。そこで、本作の翻訳者でアメリカはワシントンDCに在住する押野素子さんが、著者のナナさんにコンタクト。今の心境やBLMについて、話を聞いた。


コロナ禍、そしてBlack Lives Matter運動の最中で


 ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤーに会ったのは、2020年1月22日。新型コロナウイルスの影響で武漢が閉鎖される1日前のことだ。ジャーナリストの堂本かおるさん、イラストレーターのJAYさんとともに、ブロンクスにあるナナの自宅を訪れ、ゲームや音楽、日本のアニメを楽しむ28歳の素顔を垣間見ることのできた、おだやかで和やかな時間だった。

 それから2ヵ月もしないうちに、コロナ禍は地球を覆い、ニューヨークも、私が住むワシントンDCもロックダウンされてしまった。なお、ナナはこのパンデミックを題材として、短編フィクション「Everything is Lava」を発表している。
「俺もすごく怖いよ。いつもね。これが起こる前から、怖かった。この事態で、自分がほぼ普通になってる気がする。というのも、俺が常に感じていることを、今ではみんなも感じてるんだろうし。それでも、みんなの方が俺よりはマシな気分だろうから、やっぱり違うんだろうけど」なんて台詞に、余韻を感じる作品だ。

 そして5月下旬、ミネソタ州ミネアポリスの警官によるジョージ・フロイド氏殺害をきっかけに、Black Lives Matter運動(以下BLM運動)が全米で巻き起こった。2013年から2016年頃まで盛り上がりを見せていた同運動の参加者は黒人が大半だったが、今回はあらゆる人種を包含した巨大なムーヴメントとして、世界的な広がりを見せている。

 『フライデー・ブラック』所収の「フィンケルスティーン5」は、第1次BLM運動のきっかけとなったトレイヴォン・マーティンの殺害事件(およびジョージ・ジマーマン被告の無罪判決)にインスパイアされた作品だ。また、マイノリティの殺人を疑似体験できる暴力的テーマ・パークを描いた「ジマー・ランド」のタイトルも、トレイヴォンを殺害したジマーマンの名前を彷彿とさせる。自分の周囲やSNS上でBLM運動が勢いを増すに連れ、私の中で、この2作品を思い出すことが多くなった。

 ある日、白人男性がデモ行進をする人々にチェーンソーを向けている動画を目にした。「フィンケルスティーン5」に登場する白人男性そのものじゃないか。フィクションとリアルが交差する。BLM運動についてナナの意見を聞いてみたい、と思った。

 6月最後の週末。ナナにテキストしてみた。
「いくつか訊きたいことがあるんだけど、時間取れる?」返事が来た。
「いつでも大丈夫だよ」
「じゃあ、今から、いい? 5分くらいだから」
 電話をかけた。深夜12時近かったけれど、相変わらず爽やかな好青年だった。
「元気にしてた?」と尋ねると、「何とかやってるよ。いろいろあるけど……」と言いながら、この日がお父さんの一周忌であることを教えてくれた。そんな時に、ごめん。
「でも、大丈夫。忙しく動いて、今起こっているこの状況の中で、自分が何らかの役に立ってるって思えるように過ごそうと、最善を尽くしてる」

ほんの4問だけ。でも、ナナの答えには、アメリカに住む市井のブラック・ピープルの思いが凝縮されていると思う。


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今は、システムに対する考え方や正義の意味を
考え直し、より健全な生活様式へ移行するチャンス


──Black Lives Matterのデモには参加してるんだよね?

「うん、ニューヨーク市内でも、郊外(彼の出身地)でもデモには参加している。強調しておきたいのは、この運動は愛に基づいてるってことだ。愛こそが、BLMの核にある。全てが愛のために行われているんだ。僕たちが失ってしまった人たち(警察の暴力で亡くなった人々)も、人々を愛していた。愛は集合体となることで、より素晴らしいものになる。僕はこれからもデモに参加し続けて、この運動の役に立ちたいと思っているよ」


──Black Lives Matter、今後の展開はどうなると思う?

「今は、集団の意識が急速に高まっているんじゃないかな。ここからシステムに対する考え方や、正義の意味をしっかりと見直すようになればいいと思ってる。はっきりとは言えないし、僕も分からないけれど、警察に対する考え方を根本から変えることが重要だと思ってる。そのためには、刑務所についての考え方を変えなければならないし、コミュニティについての考え方を変える必要がある。これこそが、僕たちのスペースを変えていく第一歩となって、この懲罰的で秘かに権威主義的な生活様式から、より健全な生活様式へと移行していくだろう。そうなって欲しいと思っているよ」


──なぜ今回は、黒人でない人々の参加者が多いと思う? 2014年のBLMと今回との違いは何だろう?

「あの長くて残酷なヴィデオ(ジョージ・フロイド)が出たけれど、ああいったヴィデオは過去にもあった。今のアメリカ大統領が誰かを知っているってところで(*1)、不満が鬱積していたことと、(新型コロナウイルスの影響で)ずっとみんな家に籠っていたことが、一番の違いじゃないかな。こうしたことが重なって、みんなのフラストレーションが溜まり、同時に、みんな(新型コロナウイルスの影響で)仕事に行っていないから、これまでにはなかったような形で抗議行動に参加するチャンスがあったんだと思う。スポーツもないし、熱中できるものがない中で、この事件が起こった。こうしたことが、今の状況を作り出した理由の一端になっていると思う」


抗議行動をしている人たちのメッセージに
きちんと耳を傾けることが大切だと思う。



──Black Lives Matterに関して、日本人ができることは何だと思う?

「これについて自分の意見を話せることを光栄に思ってるよ。というのも、僕は日本文化(アニメ)が大好きだからね。日本には豊かで興味深いものがたくさんある。
 僕が思うに(日本人ができることは)、抗議行動をしている人たちのメッセージにきちんと耳を傾けることが大切だと思う。こうやって団結した人々に対して、すべての人がネガティヴな点にばかり注目せず、品位と愛をもってきちんと対応すべきだと思う。世界中で反響を呼んでいるリアルで目的のある運動を弱めるために、ネガティヴな点が使われてしまうだろうからね。
「Black Lives Matter」と言っているけれど、世界的にも、肌の色が濃い人たちの方がどの社会でも劣悪な扱いを受けていることを知っているから、僕たちはそれに反発しようとしているんだ。
 でも、それと同時に、あらゆる種類の権威主義的な取り締まりにも反発しようとしてる。こうした権威主義的な警察活動は、白人至上主義の手先となっているからね。僕たちはそれを解体しようとしている。日本のみんなに覚えておいて欲しいことは、僕たちは遠く離れてはいるけれど、誰もが人間で、みんな繋がっているってことだ。そしてこれは、愛のムーヴメント(movement of love)だということも忘れないでほしい。日本でも、この愛を感じてもらえたらいいと願ってる」


 Black Lives Matterは、愛のムーヴメント。その言葉に共感した。Black Lives Matterというフレーズにも、その根底には愛がある。ブラック・ピープルはアメリカ社会の中で、明らかに自分たちの命の重みが違うことを幾度となく痛感させられてきた。心が折れ、魂が死にそうになっても、「黒人の命は大切だよ」とお互いに励ましあい、支え合っているのだ。そしてその想いが、いまや人種を越えて、大衆の心を動かした。  

 コーネル・ウェスト博士は、アンダーソン・クーパーとのインタヴュー(*2)でこう言った。「黒人は、400年ものあいだ慢性的かつ制度的に憎まれながらも、愛について多くを世界に教えてきました。これは、正義と愛の問題です。私たちには、世界が奪うことのできない愛があります」
 確かにこの運動には、一部の過激な行動に対する批判もあれば、陰謀論まである。でも私は、「愛」を信じたい。私がこの目で見たデモ隊の大半は、愛と正義を求めて、心から声を上げている市井の人々だったから。ウエスト博士とナナの言葉を借りれば、Black Lives Matterは、「Love Warriors (愛の戦士たち)」が繰り広げる、「愛のムーヴメント」なのだ。


*1:今のアメリカ大統領に対して、と言ってもいいと思います(筆者
   より)。
*2:ジョージ・フロイド氏の葬儀が行われた2020年6月9日、CNNの
   アンカー、アンダーソン・クーパーの番組に出演したアメリカの
   哲学者でプリンストン大学教授のコーネル・ウェスト氏が、その
   葬儀、そしてBLM運動が、憎しみではなく、いかに愛と正義に満
   ちたものであるかを語った。


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ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー Nana Kwame Adjei-Brenyah
1991年、アメリカ・ニューヨーク州オールバニー出身。両親はガーナ移民。十代から文学に親しみ、ニューヨーク州立大学オールバニー校を卒業後、シラキュース大学大学院創作科で修士号を取得。2018年秋にアメリカで刊行された『フライデー・ブラック』が新人作家としては破格の注目を集め、恩師のジョージ・ソーンダーズやロクサーヌ・ゲイ等が称賛。多くのメディアでも高評価を得て、今後が最も期待される作家の仲間入りを果たした。表題作は映画化も決定している。

押野素子
翻訳家。東京都江東区出身。米・ワシントンD.C.在住。青山学院政治経済学部卒業後、レコード会社勤務を経てハワード大学ジャーナリズム学部卒業。訳書に『ヒップホップ・ジェネレーション[新装版]」(リットーミュージック)、『MARCH 1 非暴力の闘い』(岩波書店)、マイケル・ジャクソン裁判』(スペースシャワーネットワーク)、『プリンス録音術』(DU BOOKS)等、著書に『禁断の英語塾』(スペースシャワーネットワーク)、『今日から使えるヒップホップ用語集』(スモール出版)がある。

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『フライデー・ブラック』ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー著
 押野素子訳 (駒草出版)
2200円+税


 このナナさんのインタビューを初回分とする連載企画「ブラックカルチャーを探して」を始めます。『フライデー・ブラック』の刊行後に起こったコロナ禍と新しいワーク~ライフスタイルへのシフト、そしてBLM運動の勃興。多くの方からの反響や感想をいただき、この作品を生み出したアメリカ、そしてブラックカルチャーを形づくる市井の人々の素顔を知りたい、と思い、今回の執筆者である翻訳家の押野さんの協力をいただきました。
 押野さんと同じようにアメリカで暮らし、ブラックカルチャーをこよなく愛する日本人の方々が、音楽、映画、写真、ファッションなど、それぞれの分野での話題を、月替わりで提供してくださる予定です。どうぞご期待ください。



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