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「料理本の読書会」連載3回目は「紀元前のパン、21世紀のパン」!

双子のライオン堂書店の店主、竹田信弥さんとライターの田中佳祐さんのふたりによる連載、「料理本の読書会」の3回目です。今回取り上げるのは、ずばり、「パン」。シンプルながら、こだわろうとすればするほど奥深いメニュー。今回は、古代小麦を使った古代パンの再現と究極の簡単なパン作りに挑みます。古代小麦の難解な名称に悩みながら、6軒も食材店を探し回ったり、自分で製粉したりと、手間ひまをかけた竹田さん。また、田中さんとの作りながら、食べながらの実践の中で、話題は「物語とレシピ」に発展。今後のテーマや本のチョイスに期待ができそうです(次回以降も楽しみです!)。リラックスしてお楽しみください。

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「はじまり」


田中 みなさん、こんにちは! レシピ本から歴史の本まで、様々な料理本を紹介する「料理本の読書会」が今日も始まりました。ライターの田中と双子のライオン堂書店の竹田の二人が、わいわい本と料理のお話をお届けします。
竹田 とは言ってみたものの、今回はどんな本を紹介するか悩んでます。
田中 あれはどうですか? 物語の中に出てくる食べ物を紹介するみたいなやつ。
竹田 村上春樹の作品の登場人物が作るパスタとか、あと、『ぐりとぐら』(なかがわ りえこ 作 、おおむら ゆりこ 絵 福音館書店 1967年)の「かすてら」とか、みんな大好きですよね。
田中 ちょっとベタすぎるかなあ。
竹田 そういえば(紫式部の)『源氏物語』にもお菓子が出てきましたね。
田中 椿餅ですね。
竹田 そうそう。椿餅みたいに、ふだんの生活であんまり見たことのない料理を作るのも楽しそうですね。
田中 じゃあ、もっと遡って紀元前の物語に出てきそうなレシピを探しますか。
竹田 「ギルガメッシュ叙事詩」を解説しながら、古代のレシピを紹介する本がありますよ! 双子のライオン堂の雑誌『しししし』でエッセイを書いてくれている遠藤雅司さんが出された本です。
田中 この本に出てくるパン、見たことない食材が使われてる! 今回は古代のパン作りにしましょう。もう一冊、パンの進化を比べるために、簡単に作れる現代のレシピ本も紹介したいですね。
竹田 というわけで、今回紹介する本は『古代メソポタミア飯 ギルガメシュ叙事詩と最古のレシピ』(遠藤雅司(音食紀行)著、古代オリエント博物館監修 大和書房 2020年 ※以下『古代メソポタミア飯』)『はからない こねない まるめない  世界一自由で簡単なパンのつくりかた』(根岸 ひとみ著 ぶなのもり 2014年)です。
田中 さっそく準備しましょう!と言いたいところですが、僕は仕事があるので、竹田さん材料を買っておいてください。
竹田 はーい。現代のパンは、発酵に8時間かかるんですね。準備しておきます。
田中 パンに合いそうなビールとチーズでも買って、お腹すかせてから合流しますわ。

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『古代メソポタミア飯 ギルガメシュ叙事詩と最古のレシピ』
(遠藤雅司(音食紀行)著 古代オリエント博物館監修 大和書房 
2020年)

田中 さあ、改めまして、よろしくお願いします。
竹田 もう疲れました……。
田中 あれ? こねない、まぜない、はからない簡単レシピなのに、何があったんですか?
竹田 現代のレシピは本当に簡単でした。大変だったのは古代のパンの方です。田中さん、エンマー粉(*1)セモリナ粉(*2)ブルグル(*3)って知ってます?
田中 セモリナ粉は、デュラムセモリナ粉ってよくパスタ作りの本に出てきますよね。
竹田 さすが!
田中 でも、エンマー粉とブルグルはまったく知らないですね。
竹田 これが曲者で……エンマー粉はファッロ粉(*4)ともいうみたいで……さらにスペルト粉って言われたり……。お店で聞くたびに名前が違って、もう頭が大混乱です。
田中 謎解きゲームやってたみたいですね。
竹田 都内の海外食材を扱っているお店を6店ほど駆け回りました。「エンマー粉ありますか?」って聞いて、毎回店員さんに「何それ?」みたいな顔されて……。
田中 でも、結局揃ったんですよね?
竹田 大麦粉、セモリナ粉とブルグルはあったんですけど。エンマー粉はなくて。
田中 じゃあ、この粉は?
竹田 エンマー粉って、さっきも言いましたがファッロの粉らしくて、そのファッロ麦の粒状のものはあったので、麦粒から家のコーヒーミルで地道に製粉しました。
田中 まったく何の粉の話をしているのかわからなくなってきましたが、製粉したのはすごいじゃないですか。古代だったら大発明ですよ! 表彰ものですね。
竹田 ぜんぜん嬉しくないよ!

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写真上左はデュラムセモリナ粉、同右はコーヒーミルでの製粉の様子。

田中 『はからない こねない まるめない』の発酵はかなりうまくいってますね。
竹田 これはほんと簡単。ちょっと混ぜますけど。
田中 タイトルに「混ぜない」とは書いてないね。
竹田 『古代メソポタミア飯』の準備は一緒にしましょう。
田中 発酵も3時間と短いから、本の話でもしながら待ちましょうか。
竹田 『古代メソポタミア飯』のパンも、材料さえ揃えば簡単ですね。こっちは、しっかりこねる。
田中 今回は「バッピル」(麦酒の女神に捧げるビールパン)を作ります。ビールを作る時に素材として使ったり、ビールを作る過程で取り出して食べたりしていたパンだそうです。
竹田 そんな説明をしているあいだにこね終わりました、準備完了!
田中 レッツ発酵!
竹田 なにそのかけ声?!

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写真上は、『古代メソポタミア飯』のパン生地を捏ねている様子。同下は、
『はからない こねない まるめない』のパン生地を発酵させているところ。

*1 エンマー粉… メソポタミア時代から食べられていた古代小麦の一種で、マカロニ小麦やデュラム小麦等の2粒系の先祖に当たる。高エネルギーで消化しやすく、マグネシウムなどのミネラルを多く含む。
*2 セモリナ粉…強力粉や薄力粉よりも粒子が粗い粉のこと。主にデュラム小麦から作られる。たんぱく質がもっとも多い強力粉よりもたんぱく質含量が豊富。乾燥パスタやシリアルなどによく使われる。
*3 ブルグル…デュラムセモリナ小麦のひきわり小麦から作られる穀物。ビタミンB群やミネラル、食物繊維などが豊富。トルコをはじめ、ヨーロッパや中東などで広く食されている。
*4 ファッロ粉…殻付き小麦(古代小麦)の総称で、アインコルン小麦、エンマー小麦、スペルト小麦の3つの系統からなる。

ギルガメッシュ叙事詩と料理と石板?


竹田 発酵させている間に、本の紹介をしていきましょう。今回レシピの参考にした『古代メソポタミア飯』はどんな本ですか?
田中 世界最古の文学作品である「ギルガメシュ叙事詩」を紹介しながら、実在した古代メソポタミアの都市の紹介やそこで実際に食べられていた料理の再現レシピが載っている本です。
竹田 料理の本だと思って開くとギルガメッシュ叙事詩を紹介する箇所が本格的で、料理のこと忘れて席に着いてじっくり読みたくなりますね。この前、著者の遠藤さんと話したら、料理の話もそこそこに、ギルガメッシュ叙事詩について熱く語ってくれましたよ。
田中 遠藤さんは、食を軸に、音楽と歴史と知識の幅が広いですね。
竹田 僕は正直、ギルガメッシュ叙事詩について何も知らなすぎて、めちゃくちゃ勉強になりました。ギルガメッシュって人の名前だったんですね!
田中 えー!! 小学生のとき、ギルガメッシュごっこやらなかったんですか!
竹田 それはうそだろ!
田中 王様ギルガメッシュが放り投げた粘土から生まれたエンキドゥが、「パンとビール」を食べることで人間になるというお話が印象的でした。何かを食べることが人間になるキッカケとなるというのは面白いです。ちょっとニュアンスが違うかもしれないけど、創世記でもアダムとイブはりんごを食べることで、楽園追放されちゃって人間になるし。
竹田 神話に出てくる食べ物っておいしそうですよね。
田中 ギリシャ神話のネクタールが一番おいしそう。
竹田 それ、桃のジュースの「ネクター」が好きなだけでしょ!
田中 『はからない こねない まるめない  世界一自由で簡単なパンのつくりかた』もいい本でしたね。
竹田 ホームベーカリーとか、家でパンが焼ける家電が流行ってるけど、これはさらにカジュアルに作れる本でした。
田中 子どもとか友だちと一緒に作ったら楽しそう。分量も作り方も厳密じゃないから、僕みたいに調理に細かいことを言う人がいてもケンカにならない! 僕たちが分量の指示が細かいお菓子作りをしたら確実に裁判沙汰になりますよ。
竹田 アメリカかよ! レシピにもあるけど、パンがシンプルだから、いろんな物を混ぜられて、飽きないですね。あと「予熱がイライラするのは私だけでしょうか」とか、著者の正直な語り口が面白いです。
田中 あ、話に夢中になってて、予熱を忘れてました!
竹田 いやいや、さっき言った通りで「こねないパン」は、イライラしちゃうから予熱も不要なんですって。
田中 すごい簡単! それじゃあ発酵も終わったことですし、オーブンで焼きましょう。

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写真上は、オーブンで焼く前の「こねないパン」たち。同下は、『はからない こねない まるめない  世界一自由で簡単なパンのつくりかた』(根岸 ひとみ著 ぶなのもり 2014年)

パンを焼く


竹田 完成!!!
田中 さっそく食べよう。熱い! めっちゃ熱い! 持てない!
竹田 じゃあ、僕から食べますよ。ボーイスカウトだったんで、熱いの持てますから。
田中 ボーイスカウト怖い。熱した鉄球とか持たされたんですか?
竹田 それは古代の拷問! バーベキューとか、飯盒炊爨(はんごうすいさん)とかで、軍手を忘れがちだったから、がまんしてたら強くなったですよ。
田中 それ、ボーイスカウト関係ないじゃん。
竹田 まあまあ、ほら焼きたてを食べてみてくださいよ。
田中 うわ、うま! これ本当にこねたりしてないんですか? めちゃくちゃふわふわでうまいですよ。ちょっと重めのフォカッチャみたいだね。
竹田 田中さんが買ってきたチーズとかチョコチップを、焼く前に練り込んだのも、うまく溶けて食欲をそそります。
田中 焼きたての温かい状態だと、ちょっとしょっぱいかな。料理と一緒に食べたり、お酒と一緒に食べたりするのにはいいかも
竹田 はからないレシピは、何度か作ってみて自分で好みの割合を決めてねって書いてありました。
田中 経験を積んでいくことで、より簡単においしくなっていくんですね。
竹田 焼く前、けっこうダマになってて大丈夫なのかと思ったけど、ぜんぜん気にならないですね。
田中 古代パンのバッピルも食べてみましょう。
竹田 食感は硬いですね。塩とかも入れてなくて麦しか使ってないのに、深い味がしますね。
田中 おしゃれな創作料理のお店で出てくるパンの味がしますね。毎日食べるには味が強いかもですね。肉と一緒に食べたりしたいかな。
竹田 ジャムとかと食べる感じじゃないですね。
田中 ビールを作る過程で素材として使われていたようですが、ビールの缶を開けたときの麦の香りがするような気がします。気のせいかもしれないけど。
竹田 言われてみればビールっぽいニュアンスがある。でも、ビールを飲みながら試食してる人に言われても説得力がないよ!
田中 さっき発酵させてるときに、暇だったからコンビニでお酒買ってきちゃった。

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写真上は、焼き上がったこねないパンの断面の様子。同下は、古代パン、バッピルとビール。

「物語とレシピ」について本気出して考えてみた


竹田 お腹もいっぱいになったから、もう少し料理本の話をしましょう。今回の『古代メソポタミア飯』みたいに、物語とレシピがセットになった本って楽しいですよね。
田中 僕も書きたい。
竹田 どんな本にするんですか?
田中 やっぱり、食べ物が出てくる物語といえば、推理小説ですよ。
竹田 え? それって、毒が混ぜられてるやつじゃないですか……。
田中 そうですよ。でも、おいしそうな料理結構出てくんですよね。アガサ・クリスティーであれば、イギリスっぽいクリスマス料理とか。「コージー・ミステリ(*5)のジャンルでは、お菓子がよく出てくる印象があります。最近では、エリー・アレグザンダーという作家がビール職人が主人公のミステリ小説を出しています。古今東西の推理小説に出てくる料理のレシピをまとめた本を書いてみたいなあ。
竹田 おいしそうなレシピが集まるのかもしれないけど、やっぱり食べるのに勇気がいりますね。
田中 竹田さんは、作りたいレシピ本あります?
竹田 僕は、ドックフードとか動物の食べ物の本があったら面白いかなと思いますね。ドックフードって人間が食べて旨みを検証しているみたいなんですよ。
田中 え? 犬に聞いてるんじゃないの?
竹田 バウリンガルつけて?
田中 人間の味覚とちがうでしょ。
竹田 僕に言われても……ドックフードとかめちゃくちゃ種類あるけど、中身とかよくわからないですよね。そういうのを知りたいなぁ。
田中 動物の食事を手作りしたりするのはありそうですね。
竹田 しゃべりながら、作ったパンを食べてたらお腹いっぱいになってきちゃった。
田中 パンって本当においしいですね。古代からずっと食べられている理由が分かりますよ。
竹田 おいしすぎるから、村上春樹も『パン屋再襲撃』を書いたのかな?
田中 タイトルがパン屋って言うのが村上春樹っぽいですね。これ、襲撃先が牛丼屋や寿司屋とかだとニュアンスが変わっちゃう。実際は、マクドナルドなんですけど。
竹田 本屋だとどうですかね。
田中 本じゃ、お腹が満たされないからなぁ。
竹田 食いしん坊ですね。


次回もお楽しみに!!

*5 コージー・ミステリ…推理小説のジャンルの一つで、知的でユーモラスな主人公が、日常的な生活の中で遭遇した事件の謎を解く、というタイプの探偵推理小説。

文・構成・写真:竹田信弥(双子のライオン堂)、田中佳祐
イラスト:ヤマグチナナコ

著者プロフィール:
竹田信弥(たけだ・しんや)

東京生まれ。双子のライオン堂の店主。文芸誌『しししし』編集長。NPO法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。著書に『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著に『これからの本屋』(書肆汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)など。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J.D.サリンジャー。

田中 佳祐(たなか・ けいすけ)
東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。NPO職員。たくさんの本を読むために、2013年から書店等で読書会を企画。編集に文芸誌『しししし』(双子のライオン堂)、著書に『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)がある。出版社「クオン」のWEBページにて、竹田信弥と共に「韓国文学の読書トーク」を連載。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。好きなボードゲームは、アグリコラ。

双子のライオン堂
2003年にインターネット書店として誕生。『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーに2013年4月、東京都文京区白山にて実店舗をオープン。2015年10月に現在の住所、東京都港区赤坂に移転。小説家をはじめ多彩な専門家による選書や出版業、ラジオ番組の配信など、さまざまな試みを続けている。

店舗住所 〒107-0052 東京都港区赤坂6-5-21
営業時間 水・木・金・土:15:00~21:00 /日・不定期
公式HP https://liondo.jp/
公式Twitter @lionbookstore




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