イヤな記憶は成仏させる
もう、20年くらい前のこと、H市の老舗料亭を利用した時のイヤな話をします。
その料亭は、過去に家族と利用したことがあり、料理はとても美味しく、素晴らしいものでした。その後、毎年お正月に利用するくらい、皆、気に入っていたのです。
ある日、遠くから知人を迎えることになり、私は、その料亭に知人を招くことにしました。早速二週間後の予約を電話でしました。知人がH市に到着する兼ね合いで、午後6時半に予約したかったのですが、その日は7時からしか承れないということだったので、それで予約しました。どこかで時間を潰せば大丈夫だろうと、それにあわせて計画を立てました。
近くの海が見えるカフェで、夕日を眺める時間を過ごし、さあ、間もなく7時ということで、その料亭に予約時刻数分前に着きました。ここはおいしいんですよなどと話しながら笑顔で玄関を入った途端、女将が苦虫をかみつぶしたような顔で、いきなりこう言ったのです。
「どうして連絡を下さらないのですか?遅れるなら遅れると連絡を頂かないと困るんですよ。それは最低限のマナーではありませんか?」
は?どういうことだろう?
しかも、いらっしゃいませもなく、いきなりです。
「え?予約は7時ですよね?」
「いいえ、6時半です」
唖然。
「まあ、今回はいいですけどね。今後、お気を付けくださいね」
あまりの状況に、驚きを隠せません。知人の前で、こんな言い方をされて、立つ瀬がありませんでした。
初めの希望は6時半が良かったという予約の過程もあるし、自分が間違ったとは思えません。私は仕事柄、口頭の危うさも理解していたので、かならず最後に復唱します。しかも、今回は知人を招いているし、知人都合の時刻もあります。予約の電話は、女将ではなかったので、行き違いがあったのかもしれないと思いましたが、その時の私の手元に、証拠はありません。間違っているとは思えず、釈然としないまま、食事を終えました。
帰りのことです。
なぜか、受付の女性が、済まなそうな表情を浮かべて、挨拶をしました。明らかに、申し訳ないといった顔です。女将の態度は、相変わらずでしたが、でも、初めに私に向けた怒りは、職業的な訓練で収めたとは思えない鎮まり方でした。察するに、自分たちの方が間違っていたと気づいたと思われます。でも、謝罪する気はないらしく、逆に、素っ気なく追い出された感じでした。
帰宅して、当時のメモを探し出しました。メモ紙を重ねて使っていたので、手帳に転記後も残っていたのです。やはりそこには、7時と書いてありました。
なんという料亭でしょう。考えてみれば、それ以前に利用していた時も、サーブしてくれる女将には、多少、つっけんどんな・・・いや、多少ではないですね、プライドが鼻にぶら下がっているような態度でした。でも、老舗であるという歴史と、料理がおいしいという事実の前に、そのことは気にならなかったというだけの事でした。
その料亭も数年前に店を畳みました。
このご時世という言葉が、伝家の宝刀みたいに抜かれる昨今ですが、続かなかったのは、けっしてそれが理由ではないと思います。むしろ、個室だけの料亭は、頑張りようはあったのではないでしょうか?
今の私の心情ですか?
申し訳ないですが、溜飲が多少下がりました。
料理がまずいとか、店側になにか不手際があったというのは、流しようがありますが、自分のミスを客のせいにして、もしかしたら事故で遅れた可能性もあるのに、いきなり詰ったというのは、許せません。
自分も若かったので、まくしたてられて、思うように返せませんでした。しかも、私の憮然とした表情を見ていながら、「まあ、今回はいいですけどね」と勝手に終了させたのです。
もう亡くなっているでしょうね、あの女将。当時も相当な年齢のようにお見受けしましたから。いい経験をさせてもらいました。それは事実です。
理不尽というのは、あたりまえにそこら辺に散らばっていて、現在、鈴木大拙先生の本を読んでいる私は、その時こそ悟る絶好の機会だったのにと、今は思います。
終わり
現在、「自分事典」を作成中です。生きるのに役立つ本にしたいと思っています。サポートはそのための費用に充てたいと思います。よろしくお願いいたします。