コロニーが生み出すもの

フランスで、警官が発砲し少年が死亡した事件をきっかけに暴動が発生しました。
先日たまたま、フランスから日本にやってきた方がこの暴動について(彼は「戦争」という表現をしていました)解説している動画を見ました。
彼は、この背景にはフランスの移民政策があると話していました。フランスでは伝統的に、移民の居住地を決める政策をとっており、それが分断を生んだのだ、と。
それを見て、司馬遼太郎がフン族について書いた文章を思い出しました。いま手元に原本がないので、私の脳裏にある記憶だけの言葉なのですが、彼はハンガリー等東欧のなりたちについて、侵略戦争が起きて、侵略する側とされる側がひしめき合ううちに恋が生まれ子どもが生まれ、やがてそこに民族と国が出来た、といった趣旨の表現があったように思います。

大陸にある国家にとって、移民問題は日本では想像もつかないくらい深刻です。受け入れるけれど隔離する。その結論に至るまでには、さまざまな国としての、民族としての体験があって、それがベターだという結論になったのでしょう。でも、残念ながらそれが分断を呼んでいる。難しいなと思いました。

王道以外の生き方をするひとを排除しようとする社会も、いつかその分断に喚起された怒りの炎を浴びることがあるかもしれない。
そうならないために、どんな社会をつくればいいのかな。

ニュースを見ながら、そんなことを考えます。

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