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落語(40)三助の与助

◎ある世代以上の方はご存知の通り、昔は「三助さん」という人が何処のお風呂屋さんにもいて、別料金で15分間ほど背中を流したりマッサージをしてくれたりしたそうです。今で言えばスーパー銭湯のアカスリみたいなものでしょうか?今回は、この今や絶滅(特例を除く)してしまった「三助さん」の仕事ぶりを描いたお話です。ちなみに江戸時代の銭湯は基本、男女混浴だったそうで…。

ヤクザ「おーい、三助!おう、頼むわ。ちょいと背中流してくれ」

三助「へえへえ、ただいま…えー、桶を三つ置いて…へえ、お待ちどうさまで。そんじゃ、お背中お流ししますべ」

ヤクザ「おう、しっかり流してくれよ。クリカラモンモン(刺青)以外はな。はっはっはっ」

三助「(洗いながら)いやぁ、しかし立派な絵だっぺぇ。やっぱこういうのは葛飾北斎とか歌川広重あたりに描いてもらうっぺか?」

ヤクザ「なわけねぇだろ!ああいうのは絵師、こっちは彫師と言って、また畑が違うんでぃ」

三助「ああ、そうけぇ。畑で掘るっちゅうことは、お百姓さんが描いたっちゃね?百姓もなかなか絵が上手いべがや」

ヤクザ「駄目だこりゃ。お前とじゃ話になんねぇや、べらぼうめ。おう、足も洗ってくれや」

三助「え?洗っていいっぺか?あとで指無くなっても知らねぇさ?」

ヤクザ「足を洗うってそういう意味じゃねぇんだよ、べらぼうめ!この物質としての足を物理的に洗浄してくれって、そう言ってんでぃ!」

三助「あ、これはすまねぇすまねぇ…(足を洗い)ああ、足には龍がいるっちゃ。これがこう…すねから太ももにかけて巻きつくように昇っていって…最後にあの股間にぶら下がってる物をパクッといかねっか心配だっぺや」

ヤクザ「おい、なにブツブツ言ってんだよ。おう、もういいから肩揉んでくれや」

三助「へ、肩っちゃね?えー、肩揉みは朝鮮式に唐土もろこし式、吉田流に杉山流とあるっけ、どれにすんべ?」

ヤクザ「何でもいいからチャッチャとやれや!」

三助「へえ、そんじゃ我流でやらしてもらうべ」

ヤクザ「じゃあ、なんで聞くんだべらぼうめ!(肩を揉まれて)……お、おう、そこだそこだ……おー、なかなかいい塩梅じゃねぇか。これで明日もいいバクチが打てそうだぜ…」

三助「はい、おしまい。おつかれさん、綺麗になったっちゃ。また宜しく頼むべぇ」

老婆「ちょいとちょいと、三助さん。次はあたしにも頼むわ」

三助「へえ、毎度…えー、桶を三つ置いてと…じゃあ、お背中流すっちゃ」

老婆「頼んだよ。ついでにシミも落としとくれ」

三助「(洗いながら)いや、そらぁ出来ねぇ相談だっぺや。おばさんってば、もう毎回同じこと言うっちゃな?」

老婆「すまないねぇ。歳ぃ取ると忘れっぽくなってさ。もう七十だよ?何たってあたしゃ、お前がこんなに小さい頃から知ってんだから」

三助「いや、おばさん。それ、孫か何かと間違えてねぇっけ?おらぁ、このウチに奉公に来たのは十七の時だっちゃ」

老婆「すまないねぇ。ボケてるからいつも間違えるのさ。昔のことはよく覚えてるんだけど、最近のことはもう何が何だか…あ、三助さん、シミも流しとくれよ」

三助「いや、だからおばさん、シミは流せねぇってさっき言うたっちゃ。もう忘れたっかねぇ?」

老婆「すまないねぇ。年寄りと子供は養い難し、長生きなんてするもんじゃないねぇ。なんたってもう七十だよ?あたしゃ、お前がまだこんな小さい頃から知ってんだから」

三助「いや、だからそれもさっき聞いたっちゃ。(肩を揉み)まあ、おばさん、何にしても長生きしてくれっちゃ」

老婆「シミは流してくれたかい?」

三助「はいはい、流したっちゃね。はい、おしまい。足もと気をつけっぺ、ばいちゃ」

乞食「おーい、三助さーん!こっちも頼むよ!」

三助「へいへい、ただいま…あれ?お客さん、バカに黒いっけねぇ?髪はボサボサで結ってねぇし、髭もボーボー…ひょっとして異人さんけぇ?」

乞食「日本人だよ、一応ね。ただ、食う寝る所に住む所がねぇだけだ」

三助「ははん、分かった、乞食か。また、なして乞食が風呂なんか来たっちゃ?銭はどしたべ?」

乞食「銭は今日の日当だ」

三助「今日の日当って、仕事してねぇっぺよ」

乞食「ゴミ拾いが仕事だ。今日行った現場は大当たりで、小判拾っちゃったい」

三助「小判かぁ。そりゃまたバカ儲けしたべや」

乞食「ああ、だから今日は三年ぶりの風呂だ。すっかり綺麗にしとくれよ」

三助「ひえー、垢の下にも三年だ。こりゃあ、洗い甲斐があるってもんだ」

乞食「おう、頼むよ。阿蘭陀オランダ人くらい白くしてくれ」

 なんてんで三助さん、通常の倍の時間をかけて一所懸命洗いまして…。

三助「(背中をパンパンと叩き)はい、おしまい。これで阿蘭陀オランダに帰れるっちゃ」

乞食「おお、見違えたねぇ!この白い肌はドイツんだ?オランだ…なーんちゃってね、ハハ!」

三助「ふぅー、『垢で死ぬ者はなし』とはよく言ったもんだっぺや…」

美人「ちょいと、三助さん。次はあたしにもお願い」

三助「へい、喜んで…どうもお姉さん、お待たせだっちゃ」

美人「あら、お兄さん、近くで見るとなかなか男っぷりがいいじゃない。言葉は芋臭いけど」

三助「へえ、すいません。こればっかりは直んなくてさぁ」

美人「まあ、いいわ。ひとつ、二枚目のお兄さんの手技を堪能しようじゃないかしら」

三助「へ、恐縮で。んじゃ、始めるっちゃ」

美人「へぇー、あら、なかなかお上手ねぇ…上から下へと流れるように…お兄さん、なかなか慣れてるわねぇ。今まで何人くらいやったの?」

三助「へ、ざっと千人は」

美人「そんなにぃ!?そりゃ、上手いわけだわ」

三助「へ、今年でそれくらいなんで、実際にはもっとやってるっちゃ」

美人「お兄さん、どれだけ元気なのぉ?…あら、そんな所まで?あ、ちょいとそこは駄目、駄目よお兄さん…でも、お兄さんならもういいわ。もう全部委ねちゃう…ああ、変になりそう…あ、次はあん摩ね?ああ、これもお上手…ああ、そこよお兄さん…ああ、いい…お兄さん、いい!」

三助「はい、おしまい。お姉さん、とても綺麗だっちゃ」

美人「(猫なで声で)ねぇ、お兄さぁん。今晩どう?今度はあたしがお兄さんをスッキリさ・せ・た・げ・る」

三助「んぁ?お姉さんも同業者だっぺか?今晩?そんな遅くまでやってる風呂屋さんもあるっちゃなぁ。お姉さん、そこの湯女ゆなさんかぁ?」

美人「んもぅ、違うわよ。分かるでしょ?ね?(ウインク二回)」

三助「目にゴミが入ってるっぺや?悪りぃけど、三助は目の中までは流せねぇだっちゃ。ほれ、桶ぇ貸すから、これで目ぇ洗え」

美人「もういい!女の気持ちの分からん人は好かん!」

三助「あーれ?どうしたっぺかぁ?おらぁ、何かしくじっただかぁ?」

隠居「はっはっはっ、与助さんよ。あんたもなかなか堅いのう」

三助「ああ、こりゃどうも横丁のご隠居。今の見てたっぺかぁ?」

隠居「まあまあ、お前さんらしくていいじゃないか。何たって、お前さんにゃはらに決めた大きな夢があるんだもんな。目先の色恋沙汰に流されるようなタマじゃねぇ。どうだい、その後?独立資金は貯まったかい?」

三助「いやぁ、そういうことは全部ここの旦那に任せてあるっちゃ。おらぁ、お金のことは全く分からねぇで」

隠居「でもお前さん、ゆくゆくは自分の銭湯を構えたいんだろ?その為にこの十何年間頑張ってきたんじゃねぇか。もう、そろそろ旦那に相談してみてもいいんじゃねぇのかい?旦那だってきっとその時は、お前さんのことを快く送り出してくれるさ」

三助「はあ…まあ、そりゃそうなんだっぺが…」

 なんてんで実はこの三助の与助さん、将来は独立して自分の店を持ちたい、その一心で今日まで頑張ってきたんですね。ただ不器用ですから自分からああしてこうしてなんて動ける人間ではない。ただただ真面目に働いてさえいれば、そのうちきっとお天道様がよい方向に導いてくれる、とそう信じてきた…どうやら、お天道様はちゃんと見てくれていたようで、与助さん報われました。

店主「おい与助、今日もおつかれさん。実はお前にちょっと話があるんだ」

三助「へ、旦那さん。おらに何の話だっぺか?」

店主「まあ、いいから。ちょっとこっちへ来な」

店主「お前さんもこの三月で、ウチへ来てから十五年になる。もう、風呂屋の番頭として何処へ行ってもやっていける程まで成長した。今年でお前も三十だ。どうだ?そろそろ独立して、自分の店を構えてみないか?」

三助「え?旦那。おらぁ、自分の湯屋を出せるっぺか?」

店主「ああ、金はもう充分貯まった。加えてそこに私が、この切餅(金貨の束)を五十個ばかりお前さんに持たそうじゃないか」

三助「切餅?…ああ、建前の時にこれ撒けってか」

店主「そうじゃないよ、まいったね…まあ、いいや。とにかくお前さんは、あとひと月でこのウチを巣立ち、一国一城の主となる。長いこと本当によく頑張ってくれた。おつかれさん、そしておめでとう」

三助「(泣きながら)はぁー、もう旦那…本っ当にありがとうごぜぇます。おらぁ、もう感激で感激で…涙がちょちょぎれだっちゃぺちょっぺらさぁ、ずらぼんべどんべらくちぇだんべがやぁ…」

店主「おいおい、何を言ってるんだお前さんは困ったねぇ、全くどうも…お前さんもねぇ、これからはこの江戸に根城ねじろを構えるんだ。折も折、その訛りだけは何とかならんかね」

三助「すまねぇ、旦那さん。おらぁ、他人様ひとさまの体ぁ流すばっかりで、手前てめえはなかなか垢抜けませんで」










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