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怪談④男子トイレの花子さん

翔くんの通う小学校には奇妙な噂がある。それは校舎3階の女子トイレ3番目の個室で扉を3回ノックし「花子さんいらっしゃいますか?」と尋ねると「はい……」と返事があり、中から現れたおかっぱ頭の女の子によって便器に引きずり込まれるというものーーいわゆる「トイレの花子さん」である。いつの時代も子供はお化けや怖い話が大好きなので、この噂は上級生から下級生へと代々受け継がれ、今もその信者は多く毎年生徒たちを震え上がらせている。

新一年生は入学すると必ず上級生から花子さんの話を聞かされるため、女子のほとんどは以後卒業するまで頑なに3階トイレの3番目の個室を使おうとしなかった。しかし、この噂はあくまでも「放課後に」という条件付きであるため、全授業が終わると順次生徒を帰宅させる方針の同校では実際に花子さんに会ったという子はこれまで一人もいなかった。ところが、ここ数年前から「どうやら男子トイレにも現れるらしい」との新説がにわかに囁かれるようになった。しかも今度は「昼休みに」という条件だーー。

翔くんの小学校は1〜3年生が2階に、4〜6年生が3階に教室がある。通常は自分のクラスがある階以外のトイレに入ることはないので、今年4年生になった翔くんにとっては満を持しての3階トイレデビューである。

授業初日、今日の昼休みに思いきってトイレの3番目をノックしてみようかなあ……でも一人じゃ怖いから誰かを誘って……などと想像しているうちに午前が終わり給食の時間に。翔くんはさっそく親友に打診した。

「ねえ健太くん。昼休みにさ、花子さん呼びに行こうよ」

「え、いきなり今日!?  いいよ……。でも怖えー!」

他にもあちこちから同様の会話が聞こえてくる。やはり皆この日を待ちわびていたようだ。チャイムが鳴り各自が食器を片付け終え、昼休みに向け気持ちを切り替えていると、

「おーい、お前らいいかよく聞け!  男子は全員グランドだぞ!」

6年生の大(まさる)くんが突然やってきて命令した。ガキ大将でわんぱく相撲をやっているので体が大きく腕っぷしが強い。翔くんも1年生の頃から彼のことは知っていたが、階が同じになったことでどうやら本格的に彼の占領下に置かれてしまったらしい。男子たるもの昼休みは外へ出て運動するべしーーこれが大くんの持論らしく、3階棟の男子生徒は特別に怪我や病気等の事情がある子以外は強制的に外へ追いやられるようだ。もちろん誰も逆らえるわけがなく皆渋々教室を出ていく。

「あ〜あ花子さん呼びたかったなあ……」などと誰かがボヤこうものなら「花子さんなんているわけないだろ!  いいからとっとと外行け!」と廊下で目を光らせる大くんの喝が入る。ここはナチスか。刑務所か。北朝鮮か……。

半年後、翔くんは諸事情により腕を骨折していた。ギプスで固めてある為、当然昼休みは外で駆け回ることなど出来ない。仕方ないので教室に残り、女子たちに混じって読書をすることにした。もちろん大くんの承認済みである。

普段は漫画以外、自主的に本を読むことのない翔くんにとって、案の定読書は退屈だった。頬づえをつきながら文章をぼんやり眺めていると、ふとあることを思いたった。

(そうだ。花子さんを呼んでみよう)

鬼(大くん)の居ぬ間に善は急げ。こんなチャンスはもう二度とない。翔くんはトイレへ直行した。腕は故障中でも足は動く。もし花子さんから返事があったら、その時は猛ダッシュで逃げればよい。誰もいない静まり返ったトイレに翔くんが足を踏み入れる。恐る恐る3番目の個室の前に立ち、扉を3回ノックする。トン、トン、トン。

「は……花子さんいらっしゃいますか?」

返事はなかった。

どこか安心した翔くんがフゥーッと大きく息を吐き、やっぱり迷信かと踵を返したその時だった。突然扉が開き、中から出てきた腕が翔くんを強引に個室の中へ引き込んだ。

「おまえ、俺がうんこしてたこと皆に言ったらぶっとばすぞ!」


花子さんの正体は大くんだった。彼は相撲をやっている手前、人一倍ごはんをよく食べる。その分、当然出る回数も多い。だから給食の後は必ず催すのだが、なにせ小学生男子の世界では学校で雲古をすることはご法度(笑われるから)である。従って腕力で皆を追い払った後、2〜3分でササッと用を足し、何食わぬ顔でグランドへ出ていくというのが常套手段だ。このルーティンは2年前から続いていて、当時は被害者のほとんどが上級生だったという武勇伝の持ち主である。

当たり前だが、トイレに引き込まれてしまった子は、その後一切そこであった出来事を誰にも話そうとしない。こうして「男子トイレの花子さん」は今なお虚像と偶像の上にかろうじて幽霊として存在し続けている。昔から言われるように、まさしく「"出"もの腫れもの所嫌わず」ということである。完

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