落語(47)女郎蜘蛛奇談
◎昔から、『朝蜘蛛は 親の仇でも殺すまじ 夜蜘蛛はよしんば 親でも殺せ』『蜘蛛仏 雲の上より 出づと言ふ むやみに殺すな 久遠に 苦悶す』…などと言いまして(?)、蜘蛛…特に朝蜘蛛は縁起が良いとされてきました。別にスピリチュアルな意味でなくても、現実に蚊やGなどの害虫を捕食してくれる益虫である以上、やはり蜘蛛をみだりに殺してしまうのは、あまりよろしくないようでして…。
剪造「おはようございまーす!植木屋の剪造です!旦那いらっしゃいますかー!」
旦那「ああ、植木屋さん、よく来てくれた。今回も宜しく頼むよ」
剪造「へぇ。で、旦那、今日はどの辺りをお切りしましょうか?」
旦那「そうさね。ざっとウメ、サカキ、ボタン、ケヤキ、カエデ、ユズリハあたりを剪定しといてもらおうかな。ああ、サカキの葉は少し取っといておくれよ。あとで神棚にお供えするんだから。それからカエデの葉っぱが、いくらか散って池に浮いてしまっているから、それもすくっといてくれ。ついでに池の藻もすくっといてくれると助かるな。なんならその際、鯉に餌をやっといてくれると尚有り難い。それから、その鯉を狙って最近近所の野良猫がやってきてはフンを置いていくんだ。だから、それも綺麗に掃除しといてくれると助かるな。あと、カラスがつくばいの水を飲みにくるから、あそこも一回カラにしといてもらおうかな。それから、庭内のあちこちに蜘蛛の巣が張ってるから、それも取っといてくれ。あ、そう言えば最近キンモクセイの木にスズメバチが巣を作ったらしい。それも取っといてくれると有り難い。それが済んだら、今度は隣町の近江屋さんへ手紙を持って行きついでに、帰りに八百屋さんで大根、人参、玉ねぎ、生姜、椎茸、ごぼうを買って、そのあと魚屋さんでタイ、カツオ、秋サバ、アジ、イワシ、太刀魚、タコを買い、次に薬屋さんで牛黄丸、腎気丸、鮮地黄丸、痛散湯、回春湯、延命湯、清肺排毒湯、龍角散、恵命我神散、愛燦散、毛託散を買ってきてほしいんだ。まあ、とりあえず今はこんなところかな。また思い出したら逐一お願いするから、そのつもりで」
剪造「あのう、旦那…あっしは植木屋なんですけど…」
旦那「だから、何だね?」
剪造「いや、『だから、何だね?』って…今、聞いてますと、木を切る以外にも何か色々な用事が混ざってたような気が…」
旦那「嬉しいかね?」
剪造「その逆です。あっしは、あくまでも木を切るのが仕事ですから。それ以外のことは、また別の人に頼んで下さい」
旦那「なんだね。木は切るけど、気は利かないんだね…あ、いやいや、冗談だよ。ほんのちょっと、お前さんのことをからかってみただけだ。まあ、適当な頃合いを見て、ぼちぼち始めてっとくれ。お昼は鰻を頼んでおくからね」
剪造「へぇ、ありがとうございます。じゃあ、早速始めさせてもらいます。(歩きながら)いやぁ、驚いた。あの用事を全部やらされるのかと思ったら、冗談だって。ははっ、旦那もなかなか洒落っ気のある人だ。さーて、どの辺りから手をつけて行こうかなーっと…うわぁっ!(顔を触りながら)ちくしょう、顔から蜘蛛の巣に突っ込んじまった。ひえー、ベタベタだ。ん?女郎蜘蛛だ。おめぇか、やりやがったのは。こんちくしょう!(蜘蛛を払い落とし)踏んづけてやるっ!(踏み潰す)…へっ、クシュッとなってやがら。ざまあみろぃ!…さーて、じゃあ始めるか」
その日の晩のこと…。
お糸「(戸を叩く音)剪造さーん。もし、開けて下さい。剪造さーん」
剪造「誰だ、こんな夜中に…女の声だな…はいはい、今開けるから(戸を開け)…誰だ、お前さん」
お糸「夜分遅くに申し訳ございません。私は、お屋敷の旦那さまの姪っ子で『いと』と申します。このたび旦那さまより、剪造さまの所へお嫁に行くように言われ、やってまいりました。ふつつか者ですが、何卒可愛いがっていただきますよう宜しくお願い申し上げます…かしこ」
剪造「いやいやいや、何が何だか分からねぇけどよ、とりあえずここじゃ何だから、ひとまず中へ入んねぇ。ささ…」
寝ているところに突然、手足が長く大変に器量よしの娘がやってまいりまして、剪造あたふたしながらも、とりあえず娘と差し向かいで訳を聞くことに…。
剪造「で、何だって?お前さん、ウチに嫁に来たって?」
お糸「はい。お屋敷の旦那さまが『お糸、お前にいい縁談がある。ウチに出入りしている植木屋で剪造という男なんだがな。多少、遊び癖はあるものの仕事は真面目にやるいい男だ。奴さんには後できちんと話をつけるから、お前は早速今晩から押しかけて女房になっちまいなさい』と、言うのでやってまいりました」
剪造「おいおい、旦那そんなこと言ったのかい?随分強引だねぇ。こっちの都合は全然無視かい」
お糸「ご迷惑でしょうか」
剪造「いやいや、迷惑だなんてそんな…むしろ、あんたみてぇな綺麗な人が来てくれて、まるで夢を見てるみてぇだ。まあ何にせよ、今日はもう遅い。今晩はウチに泊まって、明日またゆっくり話そうじゃねぇか…と、言ってもウチ、布団一枚しかねぇんだよな…参ったなぁ…」
お糸「あの、お邪魔でなければ、ぜひ剪造さまと褥を共にさせていただきとう存じます」
剪造「えっ、あんたとあっしが同じ布団で?」
お糸「はい、だって夫婦ですもの…お嫌ですか?」
剪造「いやいや、とんでもねぇ。じ、じゃあ、一緒に寝るか?お、お糸さん、先に寝ねぃ」
お糸「いえ、剪造さまからお先にどうぞ」
剪造「そ、そうかい?じゃあ…(布団に寝て)…よ、よし、横へ来ねぃ」
お糸「では、失礼致します…(隣に寝て剪造を見つめる)」
剪造「…(明らかに動揺している)…」
お糸「剪造さま、こっちを見て下さい」
剪造「…(頑張ってようやく見る)…」
お糸「うふふっ。フゥーッ(顔に息を吹きかける)」
剪造「ヒァヘッ…ふぅ、あー、くすぐってぇ」
お糸「うふふっ、剪造さまったら可愛い」
剪造「よ、よしねぇ、可愛いだなんて。ガキじゃあるめぇし」
お糸「ねえ、剪造さま…(目を閉じて)お願い…」
剪造「な、何だよ急に、どうしたんだよ」
お糸「(目を閉じたまま)んもぅ、とぼけないで」
剪造「…???…ああ、分かった、接吻か。しょうがねぇなぁ…じゃあ…(ぎこちない感じで)チュッ」
お糸「剪造さま、抱いて…」
剪造「だ、抱く?こ、こうかい?(軽く抱く)」
お糸「もっと強く」
剪造「こ、こうかい?(少し強く抱く)」
お糸「んもぅ、違う。じゃあ、私が代わりに剪造さまを抱いたげる(強く抱きしめる)」
剪造「ん、んおお…す、凄い力だな…」
お糸「んふふ、もう剪造さまは私の物。絶対に逃がさないから(さらに強く抱く)」
剪造「い、痛たたたたたたっ!…(女の姿を見て)はっ、ひえーっ!ば、化け蜘蛛だぁーっ!」
お糸「へっへっへ、捕まえたぞ剪造!もう逃がさないからな!シャーッ!(噛み付く)」
剪造「ぎゃあーーーーっ!!」
*
女房「ちょいとあんた、起きな。起きなって」
剪造「はっ…。はぁー、何だ夢かぁ」
女房「随分とうなされてたけど、いったいどんな夢見てたんだい?」
剪造「いやぁ、それがな、夢ん中で俺がカミさんを貰うんだ」
女房「あら、やだ。あたしという女房がいる身で、そんな浮気な夢を見てたのかい?」
剪造「ああ、それがな、手足がスラーッと長くて顔の小さい、黒と黄色の縞の着物を着た大層な美人なんだ」
女房「ふんっ、悪かったわね。どうせあたしは短足ですよっ」
剪造「でな、その娘と早速一夜を共にするんだ」
女房「あら、随分と手の早いこと。あたしとはこの頃さっぱりだってのに」
剪造「けどな、その娘、実は化け蜘蛛だったんだ。はっと気がついた時にはもう手遅れ。俺はその化け蜘蛛に、布団の中で捕まったまま食べられちまうんだ」
女房「あら、怖い夢だね。ひょっとして、あんた最近、蜘蛛を殺さなかったかい?」
剪造「ええ?蜘蛛を?最近、蜘蛛を見たと言やぁ…あっ、そう言えば昨日の朝、旦那んちの庭をやった時に女郎蜘蛛を一匹踏み潰したなぁ」
女房「じゃあ、きっとその蜘蛛が化けてあんたの夢ん中に出てきたんだよ。ったく、馬鹿だねぇ。昔から朝の蜘蛛は殺すなって言うだろうに。じゃあ、早速その女郎蜘蛛を供養してあげな。でなきゃ、また今晩も夢に出てくるよ」
剪造「そいつぁ、困るなぁ。じゃあ、嬶ぁよ。お弔いするから、香典を一分ばかり包んでくれ」
女房「え?蜘蛛を供養するだけだろ?何でそんなカネがいるんだい」
剪造「廓行って、女郎を拝んでくらぁ」
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