落語(43)源内盛衰記
◎エレキテル(静電気発生装置)でおなじみ、平賀源内先生の登場です。医者、発明家、コピーライター、画家、作家、陶芸家、一級建築士(?)とマルチな才能を発揮し、江戸の有名人だった源内先生ですが、その最期は殺人を犯して獄死という実に淋しいものだったようです。順風満帆だったはずの彼の人生を何が狂わせたのか。実はある中古物件に入居したことがきっかけとなったようで…。
源内「千三、いるか?」
千三「ああ、これはどうも源内先生。どうですか、エレキテルの方は。売上は順調ですか?」
源内「いやぁ、エレキテルはもうすっかり飽きられてしまって、最近はさっぱりだ」
千三「さいですか。流行りすたりの早い世の中ですからねぇ。まあ、先生ならまたすぐに次の一手を思いつくでしょう。なんたって天才発明家ですからね」
源内「そこなんだが、今日来たのは他じゃないんだ。環境を変えて、心機一転また新たな研究に打ち込みたいんだが、いかんせん金がない。そこでお前さんに相談なんだが、神田近辺で月々五百文で借りられる一軒家なんてのはないものかね」
千三「源内先生、五百文ったらそこら辺の長屋の店賃と同じですぜ。いくら私がこの界隈の家主連中に顔がきくとは言え、さすがに一軒家で月五百文てのはありませんねぇ」
源内「そこをなんとか頼む」
千三「いやぁ、困りましたねぇ…あ、そうだ。そう言えば一つありましたよ、安いのが。月三百文」
源内「三百文?」
千三「ええ。ただねぇ、ここは曰く付きなんですよ」
源内「ほぉ、どんな曰くだ?」
千三「出るんですよ」
源内「出る?ネズミがか?」
千三「いやいや、それだったら猫を置けばいいだけでしょう。違いますよ、丑三つ時にヒュードロドロドロってやつですよ」
源内「ああ、幽的か。それなら構わん。むしろ見てみたいもんだ」
千三「本当に大丈夫ですかぁ?ものすごい凶相の家ですよ?まず、玄関が北向いてますでしょ?で、北東の鬼門に便所があって、西に台所と井戸がある。おまけに向かいが二階建ての大店でもって年中日当たりが悪い。風水的には最悪ですよ」
源内「そんなものは気にしない。第一、日本列島自体が北東に伸びてるじゃないか」
千三「いや、しかしね源内先生。この家に暮らした者には代々みな不幸が訪れてるんですよ。たとえば最初に暮らした浪人は何があったか割腹自殺してますし、次に入った金貸しもこれまたすぐに商売が行き詰まってます。おまけにその子供は井戸に落っこちてお陀仏になっちまうし、本人だってその後まもなく家主に追い出されて野垂れ死にしてます。だから、今じゃ夜になると亡霊が出るってんで、近所では有名なんですよ」
源内「構わん。むしろその亡霊たちを助手にして、新たな研究にいそしもうじゃないか」
なんてんで、源内先生迷うことなく賃貸契約を結びまして、いざ曰く付きのいわゆる"事故物件"に越してまいりまして…。
源内「ふぁ〜あ…さて、そろそろ寝るか。無事引越しも終わったし、あとは幽霊が出てくるのを待つだけだな…おやすみなさいっと…(いびきをかく)グガー、グガー」
浪人「うらめしや…」
源内「グガー、グガー」
浪人「うらめしや」
源内「グガー、グガー」
浪人「うらめしやーっ!」
源内「わあっ!びっくりしたぁ!…お?出たな、幽霊。ん?腹が血まみれなところを見ると、例の切腹した浪人か。待ってたよ。早速だが、お前さんにひとつ提案があるんだ。裏飯屋もいいけど、このウチを飯屋にしてひとっ稼ぎしてみないか?」
浪人「ここめしや?」
源内「ああ、そうだ。夜中にやってる鰻屋ってのはどうだ?ここなら河岸も近いし、市場に出入りする人間がちょいと腹ごしらえするのに重宝するはずだ。お前さんなら自分の腹ぁかっ捌くくらいだから、鰻の腹ぁかっ捌くくらいお手のものだろ?ぜひ、鰻屋の板前として頑張ってもらおうじゃないか」
浪人「いや、しかし開業資金はどうする?」
源内「それなら心配ない。まあ、見てろ。今に金貸しが来るから」
金貸「うらめしやー」
源内「ほら来た。やあ、お前さんが二番目に住んでたっていう金貸しの幽霊か。ひとつ相談があるんだ。このお化け屋敷を深夜営業の鰻屋に改装したいんだが、元手になる金をちょいとばかり貸してほしいんだ。店が繁昌すりゃあ、いくらでも返してやるから。後になって過払い金がどうのこうのなんてしみったれたことは言わない。どうだ?悪くない話だろ?」
金貸「いいけどよぉ、鰻はどうやって仕入れるんだ?夜中じゃまだ市場にも魚が並んでねぇだろ」
源内「それなら心配ない。まあ、見てろ。今に子供が来るから」
子供「うらめしやー」
源内「ほら、来た。この坊ずは自分から井戸に飛び込んで死ぬくらいの玉だから水に潜るのは慣れっこだ。こいつを川に潜らせて捕らせればいい」
金貸「おう、何でい。誰かと思ったら金坊じゃねぇか。そいつぁ俺の息子でい」
源内「そうか。金坊、お前が鰻を大量に捕ってくりゃ、お父っつあんの商売も上手くいくんだ。ひとつ親孝行だと思ってしっかり潜るんだぞ」
子供「うん!」
源内「よし、これで話はまとまった。さっそく明日の晩から営業だ。店の名前は『エレキテルうなぎ』…いや、『電気うなぎ 平賀』だ。土用の丑の日も近いことだし、こりゃあ幸先がいいぞ」
さすがアイデアマンの源内先生、幽霊を使って夜だけ営業する鰻屋を始めましたところ、これが大当たり。新しい使用人の幽霊も雇い、自分はすっかり手が空いた。さて、次は何を始めようかと考えておりますところに舞い込んできたのが、とある大名屋敷の改修工事の依頼。知り合いの大工にも声をかけて共同で作業することになったわけですが、その前にまずは景気付けに一杯やろうということになり、ある晩、源内先生宅にその大工らがやってまいりまして…。
源内「丈さん久さん、まあ、今日はひとつ朝まで楽しくやろうじゃないか。ささ、飲みねぇ(酒を注ぐ)」
丈「(受けて)おっとっとっとっと…じゃあ、ゴチになるぜ(飲む)…あー、こりゃいい酒だ」
源内「丈さん、それは酒がいいんじゃないんだ、器がいいんだ。なんたってあたしが考えた源内焼だからね」
丈「源内焼?へぇー、源さんこういうのも作るんだねぇ」
源内「あたしは地質学者でもあるからね。焼き物に適した土ってのを見分けることが出来るんだ」
久「先生、ひょっとしてあの絵も先生が描いたのかい?」
源内「その通り。いい絵だろ?自慢の絵なんだ」
丈「(絵を見て)岩の上から男が小便して、それを別の男が頭からひっかけられて喜んでら…おいおい源さん、何だいあの絵は」
源内「見て分からないか?山水画だよ」
丈「ひえーっ。源さん、あんたやっぱりブッ飛んでらぁ」
源内「最近は店の方もお化けたちがうまく回してくれてるからね。おかげさまで、あたしもこうして趣味に時間を費やせるんだよ」
久「最初っからそのつもりでこのお化け屋敷に越してきたってんだから、先生あんたやっぱり策士だね」
源内「へっへっへっ。エレキテルの銅線を頭に繋げて電流を送るってぇと、頭から火花がパチパチッと出ていい発想が浮かぶんだ」
丈「なるほど、さすが源さん。凡人とはやることが違うね」
源内「まあね。ところで丈さん久さん、これが今度の改修工事の設計図なんだ。まあ、見てくれ」
丈「どれどれ…屋根瓦は源内焼、天井と壁には虎板…源さん、この虎板ってのは何だい?」
源内「出羽の鉱山で採れた石膏に石綿を混ぜて作った『燃えない建材』だ。火事にも地震にも強いっていう優れものだ」
久「じゃあ先生、この天井からぶら下がってる竹とんぼのデカいやつみたいなのは何だい?」
源内「それは空気を循環させて家の中の温度を一定に保つための装置だ。それもエレキテルで動く仕組みになってる」
丈「何もかもが源内づくしの家だね。さしずめ大工の源さんだ」
源内「まあね。ゆくゆくは職人を雇って平賀組ってのを立ち上げてもいいかもしれないな」
久「先生、勘弁してくれよ。それやられちゃうと、ウチら大工は商売あがったりだい」
源内「そうかい?まあ、他人様の恨みを買っちゃ、こちらもあまりいい心持ちじゃない。ここら辺が天才のつらいところさ」
丈「まったくだ。わっはっはっはっはっ!」
酒宴は未明まで続きまして、気分がいいのか普段はあまり飲まない源内先生も、この時ばかりは大いに飲みました。やがて途中で一人が抜け、最後は大工の久五郎と源内先生のサシ飲みとなり、二人ともベロベロに酔っ払ってそのまま大の字。明け方、目を覚ました源内先生がふと見ますてぇと、夕べ久五郎たちに見せた例の設計図が見当たらない。「何処だ何処だ?野郎、盗みやがったな」ってんで、久五郎の仕業と決め付けた源内先生、怒りにまかせて奴さんを叩き起こしますてぇと、凄まじい剣幕で問い詰めます。
源内「やい、久五郎!お前、設計図を何処に隠しやがった!」
久「ふぇ?設計図?設計図なんて、あっしゃ知らねぇよ」
源内「野郎、とぼけやがって!てめぇ、人の仕事を横取りして自分一人だけの手柄にしようって魂胆だな?太てぇ野郎だ、この大工の坊!」
久「知らねぇったら知らねぇよ、先生!信じてくれよ!夕べ盃交わした仲じゃねぇか!」
源内「散々っぱらタダ酒かっ食らった挙句っぱてにコソ泥して知らぬ顔の半兵衛たぁ、どこまでも面の皮の厚い玉ねぎ野郎だ!てめぇでてめぇの顔面掻きむしって涙にむせびやがれ、この土方人夫!」
久「ちきしょー、言いやがったな!もう頭にきた!だいたい俺が盗ったとして、そんなことあんたに喋るかってんだ、べらぼうめ!」
源内「おのれぇ…えーい、堪忍まかりならん!二尺八寸段平物で、うぬが脳天叩き割ってくれるわ!えーいっ!(叩く)」
久「(頭を押さえて)うぎゃあーっ!…ちきしょー、やりやがったな…先生、あんたまた新しいエレキテル作ったろ!」
源内「んぁ?何の話だ?」
久「とぼけるな!目から火花が出たぃ」
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