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サイバーパンク

21世紀もあと数年で終わりを迎えるとなった頃、新たな娯楽が人々の間で流行り始めていた。
その名も、デジタルドラッグ。
現実空間に居ながら最新鋭のAR技術によって、ヴァーチャル空間さながらの自由を得られる代物で、人々は視覚から、聴覚から、快楽物質を取り込めるようになり、世界が大きく変わりつつあった。
そんな電子ドラッグがまだ合法だった時に、技術屋だった俺は売れる物を作って一山当てた。
当時はまだグレーゾーンだったこともあり、違法スレスレどころか、今じゃ一発アウトで即刑務所行きのドラッグが流通する中、俺は敢えてそこそこの物を作った。
敢えてそこそこの物を。つまりドラッグとしての刺激もそこそこ。だから安価に大量生産出来たし、一手間加えた改良もやり易い。
加えて人々は浮かれ返っていた。
もうすぐ22世紀がやって来る。
1つの時代が終わり、新たな時代が始まる。
発展した科学技術によって、寿命を延ばした人類は常に興奮と刺激に飢えていた。
そこに丁度、電子ドラッグが当て嵌まった。
だから俺の作った電子ドラッグは飛ぶように売れた。特別な効果なんてのは薄くても、一度流行に乗り始めたらあっという間に世間へと浸透していった。
そしてあんまりにも流行ってしまった物だから、グレーゾーンだった電子ドラッグ業界にも規制が設けられてしまった。
電子薬物取締法。
正式名称はもっと長いが、通称DDLの名で法による線引きは痛く浸透し、界隈を斬り込んで正していった。
電子ドラッグ業界からしてみたら迷惑な話だ。規制を超えた商品は表立って売り出せなくなり、電子ドラッグ業界全体のイメージダウンにも繋がった。
『電子ドラッグはよくないもの』
そういったレッテルを貼られて、人々の手元から年々徐々に遠ざけられていった。
法改正後、業界の最大手や新進気鋭の企業達が悲鳴を上げて徐々に数を減らし、次々と倒産していった。
俺は規制を作ったお咎め役として、電子ドラッグ業界からは忌み嫌われる有名人となり、数年後には業界から追い出された。
仕事も、人間関係も、あんなに得た大金も、一瞬で瓦解して消え去った。
揺蕩ったかと思ったら、すぐに霧散してしまった煙草の煙のように。気付いた時には、掴めなくなってしまった。
そんな出来事も、もう数年前。
俺は海を眺めながら煙草を蒸していた。
時刻は日が落ち始める夕暮れ時。フィッシャーマンズワーフの海岸沿いの道で一服するのが、仕事終わりの最近の日課だ。
「よぉ、エンダー。お前も上がりか?」
そんな俺の背後から、聞き慣れた合成音声が鳴った。振り返って見ると、いかついロボットが片手を上げて、呼び掛けていた。
「あぁ。丁度ついさっきな」
俺も手を上げ返す。
ロボット……と前述したが、こいつは元人間だ。
名をパドック。今の俺にとって、数少ない友人の一人だ。全体的にいかつい機械のボディは滑らかな流線形を保ち、上腕部や胸筋、大臀部が人間の膨張した筋肉の様なデザインをしていて、白金色に眩いカラーは遠くからでもよく目立つ。
「いつも通りだな。なら良かった」
そう言ってパドックは笑う。厳密には彼の胸の中心に付いた液晶に、笑顔の絵文字が浮かんだ。音声も胸元のスピーカーから発せられている。
「今日もこの後、一緒にメシでもどうだ?」
「あぁ……行こうか」
俺はそれまで吸っていて、短くなった煙草の火を指で擦って消した。
もう熱いとも感じない。機械の指で。

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