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【スパニッシュ・ホラー文芸】奇妙で鮮烈な迷宮的悪夢を描く短篇集『兎の島』刊行!

編集部(昂)です。うさぎ、白くてふわふわでとっても可愛い生き物ですよね。

このたび国書刊行会より、〈スパニッシュ・ホラー文芸〉の旗手エルビラ・ナバロによる、11篇の奇妙で鮮烈な短篇を収めた怪奇幻想作品集『兎の島』(宮﨑真紀訳)を刊行します。

川の中洲で共食いを繰り返す異常繁殖した白兎たち、
耳から生えてきた肢に身体を乗っ取られた作家、
レストランで供される怪しい肉料理と太古の絶滅動物の目撃譚、
死んだ母親から届いたフェイスブックの友達申請……

現代文芸やホラー、あるいは「怖いうさぎの話」にご興味がおありの方は、こちらの一冊、大注目です。
面白そう!と、すでに話題の本書の内容はどのようなものか?
〈スパニッシュ・ホラー文芸〉とはどういうジャンルなのか?
日本では初紹介となるエルビラ・ナバロはどんな作家なのか?
そして大注目の手の込んだ特殊造本装幀はどのようなものか?
これよりご紹介いたします。

現代文芸の新潮流〈スパニッシュ・ホラー文芸〉とは?

近年、スペイン語圏の現代女性作家が、世界の文芸シーンの最前線で目覚ましい躍進を遂げています。
たとえば、
マリアーナ・エンリケス(『私たちが火の中で失くしたもの』)
ピラール・キンタナ(『雌犬』)
サマンタ・シュウェブリン(『口の中の小鳥たち』『七つのからっぽの家』)
フェルナンダ・メルチョール(『ハリケーンの季節』)
グアダルーペ・ネッテル(『赤い魚の夫婦』)
etc……

なかでも、現代的なテーマをふんだんに織り込みながら、現実と非現実の境界を揺るがす不安や恐怖を描いた〈スパニッシュ・ホラー文芸〉ともいうべき新感覚の作品群が特に高く評価され、日本でも近年、じわじわと紹介が進んでいます。
この〈スパニッシュ・ホラー文芸〉の作品群は三十か国以上で翻訳され、全米図書賞国際ブッカー賞など著名な文学賞の候補となって世界中で好評を博しており、世界の現代文芸シーンでも、現在最も注目すべき熱いジャンルの一角になっています。

さて、このほど本邦初紹介のエルビラ・ナバロElvira Navarroは、1978年スペイン生まれの〈スパニッシュ・ホラー文芸〉を代表する気鋭の作家です。

2004年のデビュー以来、長篇小説・短篇小説・エッセー・批評などの分野で旺盛に活躍し、2010年には世界最大の文芸誌『グランタ』のスペイン語圏ベスト若手作家にも選出されています。
作品に、短篇集『兎の島』(2019)のほか、長篇『冬の街』(2007)『幸福の街』(2009)『働く女』(2014)『アデライダ・ガルシア゠モラレス最後の日々』(2016)などがあり、長篇ではリアリスティックな作品を、短篇ではシュールリアリスティックなホラー作品を多く手掛けています。

11篇の鮮烈な迷宮的悪夢『兎の島』内容紹介!

このほど邦訳紹介するエルビラ・ナバロ『兎の島』(La isla de los conejos)は、2019年にスペイン・ランダムハウス社より刊行された、11篇の作品からなる現代ホラー文芸短篇集です。
『バートルビーの仲間たち』で日本でもよく知られた作家エンリケ・ビラ=マタスも、本作を賞賛(「この作家は生まれながらの文学的才能に恵まれている」と賛辞を寄せています)。
読者から、また批評家からも高い評価を受け、2020年にはアンダルシア批評家協会賞を受賞。
2021年に英訳版が刊行されると、ニューヨークタイムズ、ロサンゼルスタイムズなどの各紙誌でも絶賛されて話題となり、同年の全米図書賞翻訳文学部門ロングリストにもノミネートされました。

川の中洲で共食いを繰り返す異常繁殖した白兎たち、
耳から生えてきた肢に身体を乗っ取られた作家、
レストランで供される怪しい肉料理と太古の絶滅動物の目撃譚、
死んだ母親から届いたフェイスブックの友達申請……

本作では、こうしたシュールレアリスティックで奇怪な状況を物語として描き、不条理で不可解な、胸がざわつくような不安と恐怖を味わわされます。
軽めのホラーというよりも「文芸作品」らしい、鮮烈かつ斬新なイメージとクールな筆致が特徴と魅力で、海外のレビュー誌でも、「文芸評論家トドロフの定義する幻想小説そのものである」と評されるなど、まさしく怪奇幻想文学の系譜に連なる一冊です。

ですが、本作で「不安と恐怖」をもたらすのは、何も超自然的な存在だけではありません。他者との関係性がもたらす不安や恐怖、すなわち「人間の怖さ」をも描かれており、これこそ本作が、〈スパニッシュ・ホラー文芸〉「現代文芸らしさ」を感じさせる源泉の一つになっています。
たとえば恋人と結婚間際に感じた価値観の不一致や、娘への束縛的な愛……超自然的恐怖だけでなく、文学の真骨頂たる多彩な「人間」のあり方を描いた魅力が、本作には詰まっています。

また女性を主人公にした他者との関係性に生ずる違和感を描いた作品が比較的多く収録され、フェミニズム的な読み方ができるところも、日本を含んだ世界的な現代文芸シーンの潮流と大きく重なった特徴と言えます。

この『兎の島』の読み心地を例えるならば、最近話題の『LAMB』や『NOPE』のような、「ちょっとクセ強めでハイセンスな、不気味でシュールな海外ホラー映画」を観ているような印象です。
必ずしも万人向けではありませんが、不穏な雰囲気満点で、かつ少々のブラックユーモアやエモーショナルなところもあって、その手の海外ホラー映画が好きな人にも、楽しくてたまらないタイプの一冊かと思います。

本書の翻訳を先行公開したゲラ読みサイト「NetGalley」では、

「何なんだ、この奇怪な物語は!」
「変わった小説」
「不思議な読後感」
「自分も一歩間違えればこの不気味な世界に迷い込んでしまうのではないか」

などなど、たくさんのご高評をいただいております。
お読み下さった方、ありがとうございました!

訳者は、英・西二言語の翻訳により、創元推理文庫、ハーパーブックス、『幻想と怪奇』などのレーベルやムックを舞台にミステリやホラーをはじめとしたジャンルで、精力的に多彩な活躍をされている宮﨑真紀さん
原書の細やかなニュアンスを取り込んだ、丁寧で読みやすい訳文に仕上げていただきました。
さらには作者ナバロさんにも直々に、宮﨑さんからの原文中の疑問点の問い合わせについて、快くご回答いただきました(これができることがあるのが、現代文芸のいいところです)。

なお本書の企画の発端は、ピラール・キンタナ『雌犬』と同じく、スペイン大使館が日本における開催にかかわるスペイン語新刊書紹介プロジェクトNew Spanish Booksで紹介され、担当の目に留まったのがきっかけでした。

「何か面白い本はないかな……」
と、紹介されている本をチェックしていると、宮﨑さんが書かれていた本書のレポートが目に留まりました。

(ビラ=マタス賞賛の作家による、怪奇幻想短篇集……⁉)

そして
「共喰いする兎で溢れる川の中洲」
「死んだ母親から届くフェイスブックの友達申請」

というあらすじを見て、即座に
「これは絶対面白い!」
と思い、会場で宮﨑さんにお声掛けをして、本企画は始まったのでした。

大注目!『兎の島』の特殊造本装幀について

装幀は、『群像』をはじめとした文芸誌や文芸小説のデザインを数多く手掛けている、川名潤さんにお願いしました。
少し前に、リニューアルした紀伊國屋書店新宿本店に設けられた「今日の新刊」「昨日の新刊」を並べた棚が話題になりましたが、現在日本では年間約7~8万冊、1日約200冊もの大量の本が刊行されています。
しかし、スペイン語圏の書籍の翻訳は年間20冊前後と、英語圏の本と比べると非常に少ないのです。
こうした状況を踏まえて、
「せっかく出すのだから、埋もれないものにしたいですね」
という旨のことを、企画を進めながら、訳者宮﨑さんと話をしていました。そうしていろいろ考えた結果、全力で尖ったものにする方向に舵を切りました。
具体的な相談を川名さんに持ち掛けて、現代文学らしさとホラーらしさを両方盛り込んだ、インパクトと存在感のある函入デザインに仕上げていただきました。


*函から取り出すと、金箔押の兎が姿を現す

もちろん、ただ函に入れたり変わった加工をして目立たせればいい、というわけではなく、本の装いに「このデザインであることの必然性」が高い強度で備わっているのが、内と外の統一感を出し、ひいてはテクストを尊重するという点で望ましいものです。
そこで、
「テクストと同じく現代文芸らしさとホラーらしさを両立したものにしたい」
「造本レベルでもテクストと同じく生理的感覚に訴えるようなものにしたい」
という細かい希望をいろいろと伝えた結果、見事に川名さんに汲んでいただき、素晴らしいデザインに昇華していただきました。

たとえば「生理的感覚に訴える」という点では、手触りや質感が一つ一つ異なるものになるよう、用紙・加工を、オビ、函、表紙、見返し、扉、全て別の種類になるようにご提案いただきました。

(「生理的感覚に訴える」描写については、たとえば具体的に本書の中に、
 リゾート地で奇病にかかって変質し悪臭を放つ彼氏の歯茎、
 空中に浮かぶ友人のお婆さんから漂う焦げた茄子の匂い、
 耳から生えてきた肢のせいで身体が重くなり痛みが出てくる……
 などなど、奇妙なシチュエーションなのに強烈な生々しさを感じる描写が多々あります)

*窓付き函から覗く、表紙タイトルと兎の背中。


*オビの惹句「骨まで貪る 宴が始まる」。共食いを始める前の前菜として、兎たちは島に先住していた鳥の雛たちを骨まで貪り尽くす。


*濃紫のマーブル模様に金箔押しの兎の表紙。手にしっとりと吸い付く不思議な触感の「ソフマット」加工を施している(「ベルベットPP」加工と同系統のもので、貼合せ時に空気が入りにくい特長がある)。

さらさら、ザラザラ、すべすべ、ガサガサ、ツルツル。
『兎の島』の紙本を指で撫でていただくと、立てる音や質感が、パーツによってまったく異なることが分かります。
視覚・触覚の面から、生理的感覚に鮮烈に訴える迷宮的な〈スパニッシュ・ホラー文芸〉の世界へと誘う、「体験としての読書」にこだわったものになっています。
そして、絶妙にスタイリッシュなタイポグラフィ、独特な落ち着きと個性のある色味も、作品の冷たい筆致と現代的なテーマ・作風に、非常によくマッチしています。
印刷加工や函の制作にあたっては、印刷所の中央精版印刷さんと製本所のブックアートさん、ならびにその協力会社さんにも、こうしたアイデアの実現のための具体的な方法をご提案いただくなど、非常にお世話になりました。

*クールな函背表紙。函の取出口からも、兎の身体が姿を覗かせる。

今回は、装幀に一味どころか二味三味ほど力の入った紙版をお求めいただくのが非常におすすめですが、今回も電子書籍版があり、おまけに諸般の事情によりいつもよりさらにお買い得な定価設定(当社比)なので、こちらも非常におすすめです。

なお、国書刊行会の〈スパニッシュ・ホラー文芸〉は、実は半シリーズ的なプロジェクトで、秘密の続刊を予定しています。
訳者宮﨑さんとともに、「こういうジャンルがあることを目に留めてもらえるように、まとまった形でスパニッシュ・ホラーをしっかり紹介しよう」という意図のもと、『兎の島』に続く、〈スパニッシュ・ホラー文芸〉作品の超強力ラインナップをすでに準備しています。
都合紙版のみですが「刊行予告」を掲載していますので、お楽しみにどうぞ。

現代文芸シーンの最前線〈スパニッシュ・ホラー文芸〉の代表作『兎の島』。
本書をお手に取り、ぜひ、この生々しくも鮮烈な迷宮的悪夢を味わってみて下さい!

【イベント配信のご案内】翻訳家トーク 宮﨑真紀×村岡直子 女と動物のままならぬ関係――『兎の島』『雌犬』を中心に(2022/10/31まで)

さる2022年10月1日、西千葉(みどり台)の書店「プント 本と珈琲」さんにて、本書『兎の島』の訳者宮﨑真紀さんと、同じく弊社から出ているピラール・キンタナ『雌犬』の訳者村岡直子さんの対談イベントが、NPO法人イスパJPさんの主催で行われました。
「女と動物のままならぬ関係」をテーマに、同じく動物をテーマにしたスペイン語作品であるグアダルーペ・ネッテル『赤い魚の夫婦』訳者の宇野和美さんが司会をつとめ、『兎の島』『雌犬』の2冊を軸に、作家や作品の紹介、訳者による「読みどころ」翻訳出版にまつわるエピソード、プントの上野洋子さんによるスペイン語での原書朗読「次に読みたいスペイン語作家」の紹介などなど、盛りだくさんな内容の2時間でした。
当日ご参加下さった方、配信をご覧いただいた方、ありがとうございました。

そして、そのイベントのトークが聞けるアーカイブが、今月末まで配信されています!
『兎の島』『雌犬』にご興味おありの方、またすでにお手に取っていただいた方で、ここでしか聴けない翻訳者による深掘り裏話をお聴きになりたい方、ぜひ以下の配信をご覧ください。
10/31までの期間限定ですので、どうぞお見逃しなく!
★配信購入は
こちらから!

『兎の島』
エルビラ・ナバロ/宮﨑真紀 訳
四六判・総240頁
 ISBN978-4-336-07363-1
定価:本体3,200円+税



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