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【最も怖ろしく美しい幽霊小説】オリヴァー・オニオンズ怪奇小説集『手招く美女』を刊行します

このほど国書刊行会では、怪奇小説集『手招く美女』を刊行しました。
著者の名は、オリヴァー・オニオンズ
一度聞いたら妙に頭に残る、一風変わった名前の作家です。

オニオンズは、20世紀前半に活躍した英国の怪奇作家ですが、名前に負けず劣らず、一風変わった個性的な怪奇小説を手掛けた人物でした。
「斯界の名品」「最も怖ろしく美しい幽霊小説」として絶賛された、怪奇小説ファン必読のベストテン級の代表作「手招く美女」をはじめ、彼の風変わりな作品がいったいどのようなものなのか、簡単にご紹介したいと思います。

オリヴァー・オニオンズについて

まずは、オニオンズがどのような作家かご紹介します。

イギリスの作家。1873年生まれ、ヨークシャー州出身。本名Jeorge Oliver Onions。国立美術訓練学校を卒業後、雑誌でイラストレーターの仕事をする傍ら、怪奇小説、ファンタジー、ミステリーなどの作品を中心に発表した。著書は40冊以上あるが、最も知られているのは1911年に発表した怪奇小説集『逆回り』Widdershinsで、所収の「手招く美女」“The Beckoning Fair One”は心理的怪奇短篇の傑作として知られている。1961年死去。

オニオンズの作風を一言で表すと、「玄人好みの少し変わった作風」です。

オニオンズは、気難しい芸術家肌タイプの人間だったようで、表に出るのをあまり好まず、大衆に広く読まれる本よりも、自身が納得行く作品を生涯作り続けることに執心していたようです。

これまで邦訳されているオニオンズ作品には、

「手招く美女」(『こわい話気味のわるい話②』/『恐怖の愉しみ上』平井呈一訳)
・「事故」(『怪奇小説の世紀2』川本ゆかり訳)
「屋敷の主人」(『幻想と怪奇2 人狼伝説』高澤真弓訳)
・「『ジョン・クラドウィンが言うには』」(『怪奇礼讃』中野善夫訳)
「ローウムの狂気」(『怪奇幻想の文学Ⅶ』赤井敏夫訳)
「ふたつのたあいない話」(『怪奇文学大山脈Ⅱ』西崎憲訳)

があり、主に怪奇幻想系のアンソロジーの中で紹介され、脈々と読み継がれてきました。

『手招く美女 怪奇小説集』は、そんなオニオンズの本邦初となる傑作選です。

本書『手招く美女』の内容について

それでは、本書『手招く美女』の内容をご紹介しましょう。
まずは、表題作「手招く美女」について。

オニオンズの最も有名な作品である「手招く美女」は、英米怪奇小説紹介のパイオニア・平井呈一が手ずから訳し、「斯界の名品のひとつである」と絶賛しています
本作は同業作家からの評判も非常に高く、アルジャナン・ブラックウッドは「これまで書かれた中で最も美しく怖ろしい幽霊小説」、ロバート・エイクマンも「この方面での最も素晴らしい傑作の一つ」と賛辞を述べています。
あらすじは、以下のとおりです。

スランプに陥っていた作家ポール・オレロンは、長篇小説を執筆するために、たまたま散策中に見かけた古い屋敷を借り、そこに移る。
しかしオレロンは新居の探索とメンテナンスに熱中し、小説をあまり書けなかった。
時折訪ねてくるジャーナリストの女友達エルシー・ベンゴフは、オレロンを叱咤激励するが、オレロンはエルシーの親切を疎ましく思い始め、彼女をモデルにしていた長篇を書くのを取りやめてしまう。
その後、エルシーは屋敷に異常な気配を感じオレロンに忠告するが、オレロンは聞く耳を持たず、小説の中の理想の女主人公を求めるようになる。
やがて、屋敷に何かが存在する気配を感じ取るようになり、オレロンは徐々に狂気に憑りつかれていく……

古い屋敷に独り住むオレロンが、徐々に狂気に取り憑かれて精神を崩壊させていくのと同時に、幽霊が徐々に気配を現し”いる”ことを示していく。
読んでいると、小説が書けないだの、理解者であるはずの女友達と喧嘩してしまうだのと、比較的つらい話題が多いにもかかわらず、観察力に優れた人間描写と、「次に何か起こるかもしれない」と思わせる静かな怪異の兆候の描写を、テンポの良い構成で挟むことにより、頁を繰る手が止まらなくなります。
実に、複雑妙味な味わいに圧倒される傑作です。

本作は「心理的幽霊譚の頂点を極めるもの」(『幻想文学大事典』)と評されるように、繊細な感覚の人間を主人公に据えて、リアルな心理描写を徹底的に探求するという手法によって、語り手が味わう生々しく迫り来る異質な恐怖の感覚を、読者にもまた生々しく味わわせてくれるのです。

続いて、本書の収録作をご紹介します。

信条(エッセー) *
手招く美女
幻の船 *
ルーウム
ベンリアン *
不慮の出来事
途で出逢う女 *
彩られた顏 *
屋根裏のロープ *

*印の収録作、巻頭エッセー含む9編中6編が本邦初訳となります。
「手招く美女」のほか、「ルーウム」"Rooum” が「ローウムの狂気」、「不慮の出来事」”The Accident" が「事故」の旧題で邦訳されています。

「信条」において、オニオンズは「心理的幽霊譚」を至上とする自身の怪奇小説観を語っています。

屍衣をまとい、恐ろしい呻き声を上げ、骨と皮だけの指を突き出す幽霊たちが棲むこの区域をひと回り外れると、同じく幽霊が棲みついているものの、はるかに霊妙な恐怖を醸す領域がある。ここは幽霊がこれ見よがしに現れるのを遠慮し、なおかつその存在を如実に感じさせる特異地帯なのである。

そして表題作のほかには、以下のような作品を収録。

・沈没寸前のガレオン船が奇妙な船に遭遇する超時間的幻想譚「幻の船」
・異様に優秀な建設作業員の男が、魔物に憑かれていく恐怖譚「ルーウム」
・細密画家の青年が知り合った彫刻家のある奇妙な計画に巻き込まれる奇談「ベンリアン」
・仲違いした旧友と再会したことである男の身に起こる衝撃的な出来事を描いた短篇「不慮の出来事」
・十七世紀の実在の幽霊騒動の記録を語り手が読み解いていく異色の怪談「途で出逢う女」
・人格変容と古代幻想をテーマにした出色の幻想中篇「彩られた顔」
・戦争で顔貌を損ねた男が古城に隠棲することから始まる陰鬱な怪奇譚「屋根裏のロープ」

いずれも個性的なテーマ性と技巧に富んだ、一筋縄ではいかない賞玩に値する作品です。

翻訳は、怪奇幻想分野ではおなじみの、南條竹則さん(「手招く美女」)、高沢治さん(「信条」「幻の船」「ルーウム」「ベンリアン」「不慮の出来事」「途で出逢う女」「屋根裏のロープ)、館野浩美さん(「彩られた顔」)の強力な三名の翻訳陣に、分担でご担当いただいております。

さらには、怪奇幻想文学研究家・中島晶也さんによる解説を収録。
読みやすい翻訳とともに、本邦で最も詳細なオニオンズについての解説が加わり、これからオニオンズの作品を手に取る方には、またとない一冊となりました。

また作品選定から訳者の方への依頼に至るまでの編集作業は、すべて藤原編集室さんにご担当いただいております。

装幀について

本書の装幀は、山田英春さんにご担当いただきました。

表題と共鳴する手形のドアノッカーの写真を、またジャケットの欧文部分には、弊社でも初めて採用したクルツ社の半透明箔「LUMAFIN® 799 clear」をご選定いただきました。
下に印刷した地の色を生かせる透明箔でありながらも、光を当てるとホログラムのような複雑な虹色の輝きを帯びる、一風変わった箔です。

ドアノッカーの静謐な写真、風変わりな半透明箔、濃厚な緋色の扉も相まって、まさにオニオンズの作品と同様、魔処へと誘うがごとき妖しい魅力が立ち込める、堅牢重厚な装いになりました。
ご覧の通り、たいへん力の入った造本ですので、紙の本で入手されるのがおすすめですが、どこでも手軽にオニオンズの恐怖小説を味わえる電子書籍版もございます。

では本書『手招く美女』をお手に取り、ぜひ一度、「最も怖ろしく美しい幽霊小説」の衝撃を味わって下さい

『手招く美女 怪奇小説集』

オリヴァー・オニオンズ 著
南條竹則/高沢治/館野浩美 訳
中島晶也 解説
2022年2月25日刊行
四六変型判・総466 頁
ISBN978-4-336-07294-8
定価3,960円 (本体価格3,600円)


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