愛情不足

自分の考え方と似ている人の特徴をみると、愛情不足や家族との関係性がよくなかったというのを時々目にする。

私は両親の関係が悪かったわけではないし、幼い頃に虐待されてたわけでも、過度にプレッシャーをかけられていたわけでもない。

思い当たることとしては、愛情を受ける側ではなく与える側に回るのが少し早かったこと。

幼稚園に入る前にはすでに妹がいて、私はよく意地悪していたと聞いた。

小学校低学年で弟が生まれて、私は必死にお姉ちゃんを頑張った。オムツを替えて、お風呂に入れて、(母が作ったものだが)ご飯を食べさせて。泣いたら抱っこして、母が出かけた時には一緒にお留守番もした。

家の手伝いもたくさんした。お風呂を洗って、食器を洗って、洗濯物をたたんで。

頼まれたことももちろんあるけど、自主的にやったこともあって、赤ちゃんが可愛かったことはもちろんだけど、それ以上に褒められることが嬉しかった。

「いいお姉ちゃんだね」「弟のお世話して偉いね」「〇〇ちゃんありがとう」

母からも親戚からも学校の先生からも褒められた。

小学校高学年になると、また妹が生まれて私はもっと頑張った。弟と外遊びをして、お散歩に行って、歯磨きをしてあげて、寝かしつけるために本を読んだこともあった。補助輪がない自転車に乗れるように一緒に練習したもの私。

この頃はやるのが当たり前、誰にも言われたわけでもないけど自分がやらなければいけないと思っていた。当時はそんなに深く考えてはいないけど、今思えばそうすることが私の役目であり、周りに評価され、認められる、存在意義だと思っていたのだろう。

でも、これが母から受ける愛情が自分に注がれる期間を短くしたのかもしれない。

お姉ちゃんだから。しっかりしているから。そう言って、そう思われて、何でも1人でできる自立したしっかりした、手のかからない子と思われた。もともと母のことが大好きでいつまでも後追いをしていた私は寂しがりやで、初めの妹が生まれたときからもっと甘えたい、そう思っていたのだろう。それにも関わらずどんどん兄弟が増えていって、自分が愛情を受けていることを感じる時間が少なくなっていった。

思い込みだろう。勝手に都合がいいように解釈してる。自分の問題だ。甘えだ。

言われたらそれまでだけど、だけど当時の自分に言ってあげたい。

よく頑張ってるね。でもそんなに頑張らなくてもいいよ。あなたが頑張っていることはわかっているよ。もっと自分が好きなように生きていいんだよ。いいお姉ちゃんじゃなくても、しっかりしていなくても、あなたはそれでも愛される権利があるんだよ。


過去は変えられない。これに気づけた今は、どう乗り越えるかは自分次第。



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