国の在り方

特定技能の14業種にコンビニは含まれないという決断をしたのに、今になって含めようとしているのはなぜ?

日本人だと働いてもらえないから、海外から人を呼び寄せて働いてもらおうという考えが丸見えすぎる。
そして、目先の困難の解消だけになっていないのか疑問を持つ。

そもそも、AIの発達によって多くの仕事がなくなると言われている。
その中にコンビニ定員は含まれないのだろうか。
レジが自動化になったら、そんなに店員はいらないのではないか。
人口が減っていく中でコンビニの数も減るのではないか。
将来のことまで考えてコンビニの人手不足は深刻なのか…

理不尽な社会に違和感を覚えるから、様々な人に門戸が開かれることには肯定的な意見を持てる。
でも、先を見据えずに新しい取り組みをしたところで不幸になる人が多いことは明確。

ネットでのこのニュースに対するコメントを見ていると、
私の観点とは異なる
・円の流出
・日本人の仕事が減る
・治安の悪化
・もはや誰の国かわからない
という視点で特定技能にコンビニを加えることに反対する声。

これを受けて、視点が特定技能の在り方から、そもそも国の在り方とは何かに変わった。

そこに暮らす人がクニを作る。
こう考えると少し違う考えができそう。

地球の中に人々が生きやすくなるための単位としてクニがある。
クニのルールは暮らす人が作る。
そこに住む人全員が選挙権を持って、投票も候補もできる。

そうしたら、
日本政府は日本人を守るべき
外国人に日本がとられる
外国人のせいで治安が悪化する。
こんな考え方にはならないのではないか。


何年以上住んだら選挙権が与えられるのか。
移動する人はクニの運営に関われない。
手厚い社会保障等魅力がある場所に人が集まる。
まとまりがなくて、争いが起こる。

突っ込みどころはたくさんある。

「○○人という人が集まり、同じ価値観を共有し、○○という国を作り運営する」
上手くまとまりを維持するために生み出された方法が今の国家の在り方なのだろうけど。

ここで国籍について考え始めた。
国籍は集団をまとめるために必要な分類方法。
生まれた場所、親の国籍で付与される。
でも、ハーフの人は今の仕組みの中で「自分は何人なのか?」と思わされる場面があって、
出身国と育つ国が違う人もいる。
必ずしもすべての人が生まれた国の言語が話せるわけでも、その国の文化に親しんでいるわけでもない。

どこに生まれるかは選べない。
それなのに受けられる社会保障や与えられる環境は異なる。
希望すれば国籍を変えることもできるけど、そんなに簡単ではない。
だったら自由に選べるようになったらいいのにという安易な発想。

まとまりを維持するためには多少の犠牲も必要。
すべての人に平等は不可能。
自分に与えられたカードの中でどれだけ幸せを見つけて生きるか。

頭の中ではわかっているけど、考えてしまった夢物語。

○○人が○○国を作る。
この概念が変わると、
人種や差別についての問題が解消される気がする。
もちろん、考えなくてはいけない新たな問題が増えるけど。

この件ひとつで
国家とは、人種とは、自由とは、平等とは、幸せとは、
話を広げすぎるくらい広げて考えた。

当たり前に受け入れていたことに、疑問をもって考え直す。
答えはなくてもやもやするけど、自分で考えて判断することは大切にしたい。


#COMEMO #NIKKEI

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