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フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』感想

結局タイトル何なんという感じではある。電気羊も出てくるしアンドロイドも出てくるけど、アンドロイドが夢を見る描写などないし、そもそもアンドロイドは夢を見ることができるかどうかも不明。

論点は、〈人間〉vs. 〈機械〉。人間とアンドロイドは何が違うのか、主人公リックはその違いを自覚するとともに、アンドロイドとの共通点も感じ始める。それはアンドロイドの「心」に触れたときである。結局感情の在り方が相違点ではあるんだけど、リックの感情が壊れつつあるとき、アンドロイドとの違いがわからなくなってしまって自分自身にアンドロイドかどうか判別するテストをかけるんだよね。なんというか、虚しいというか、言葉にならない感情を持ったね。

で、アンドロイドを銃殺する仕事(警察なんだけど)を辞めるかどうかみたいなところまでいって、…

自と他の違いを認識する、みたいな観点でいくと『闇の左手』みはちょっと感じるというか、感じることはできる。アイとエストレも違う人種、リックとアンドロイドも違う人種(というかモノ)。

それで、感情をコントロールできる機械があるんだけど、すごいね。あれは面白い。もしダイヤルを違うとこに回してたら?って考えるとわくわくするね。

あと、アンドロイドの人間社会への溶け込み方がすごい。賢い。さすが最新型。まあ人殺して火星から逃げてきてるんだけどね。

恋愛物としては読みづらいけど、強いて言えばリックと女性型アンドロイド(レイチェル)との交わり。そしてそれに至るまでとその後のリックの変化が見もの。妻いるのにな。レイチェルがアンドロイドじゃなかったら結婚してたかもとか言ってたよ。だめだよ。

強いアンドロイドに銃撃された警察官デイヴが回復しないまま終わる(たぶん死ぬ)んだけど、これはまあ何かしらを意味するんだろうなと考えてるとこ。リックとデイヴの違いはアンドロイドを見分けられるかどうか、瞬発力があるかどうかだけではない気がする。

以上。

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