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文化人類学をビジネスで活用する。大川内直子さんが見つけた、文系学問を社会に役立てる方法

文化人類学は、世界の人びとの社会や文化を比較研究する学問。変化の激しい現代を生き抜くヒントが見つかるかもしれないと、近年特に脚光を浴びている分野です。そんな中で、2018年より文化人類学の手法を用いて企業の課題解決を行っているのが、株式会社アイデアファンド。代表の大川内直子さんに、歩みと実践、文化人類学から得られる学びについて、聞きました。

お話を聞いた人:大川内直子さん

佐賀県出身。2012年に東京大学教養学部を卒業後、同大学大学院総合文化研究科に入学し、2015年に修士課程を修了。みずほ銀行での勤務を経て、株式会社アイデアファンドを設立。現在は国際大学GLOCOM主任研究員を兼任しながら、企業向けのリサーチやコンサルティングに従事。著書に『アイデア資本主義──文化人類学者が読み解く資本主義のフロンティア』がある。


インテルには文化人類学者がいる

文化人類学と聞いて私たちが想像するのは、世界の少数民族を訪ねたり、フィールドワークをして日本の社会との差異を学ぶ、といったものではないでしょうか。しかし本稿の主役・大川内直子さんは、もう一歩踏み込んだ実践をしています。彼女が2018年に立ち上げた株式会社アイデアファンドでは、企業をクライアントとし、ニーズに応じて文化人類学のメソッドを活用しながら、リサーチやコンサルティングを展開しているのです。文化人類学をビジネスに役立てるとは、一体どのように行うのでしょうか。

大川内さんの事例を紹介する前に、欧米の先行事例を見てみましょう。米インテル社は、1998年に文化人類学の博士を研究開発ラボに迎え入れ、人々が何に興味を持ち、何をストレスと感じるかを、エスノグラフィー(行動観察)の手法を使って調査。結果、さまざまな商品開発に繋がり13の特許を取得しただけでなく、「未来のテクノロジーのあるべき方向へ企業を導いた」として高く評価されました。米インテルだけでなく、メーカーや広告代理店などでも文化人類学者が起用され、活躍した例があります。しかし、アイデアファンドが設立された当時の日本では、そのようなアプローチを試みる企業はほとんどありませんでした。

「私自身は大学院時代の海外リサーチの経験から、アメリカやヨーロッパで人類学者がビジネスにどういうインパクトを与えられるかを理解していたこともあり、日本でも同じことができるんじゃないかと思いました。国内ではまだほとんど事例がなかったとはいえ、海外から仕事を取ればいいという考えもあったので、起業に迷いはありませんでしたね」

社員の潜在意識にアプローチ

大川内さんの読み通りに、起業後はさまざまな依頼を受け、企業活動の支援を行っていきます。例えば、組織文化調査。大手企業グループから、組織改革の一助とすべく、自社の組織文化の調査を依頼されました。大川内さんらは、社員に無意識下で変化を望まないようなカルチャーないしパラダイムがあるのではと推測し、エスノグラフィーの手法を用いて調査を実施。組織文化の客観的な理解に繋がったと同時に、組織改革の停滞を打開する有効な施策にもなったと言います。

「1対1で対象者の語りを引き出すデプスインタビューや、組織やコミュニティーと行動をともにしながら対象を観察するエスノグラフィーといった文化人類学の手法を用いて、じっくりとデータを収集します。それによって、アンケート調査のような一般的なリサーチと比べて、より深く、多様なデータを集めることができるんです。また、文化人類学者が調査にあたることで、もともと想定していた問題設定自体に潜む問題が見つかり、物事の捉え方がガラリとリフレーミングされることもあります」

また、結果の報告だけで終わらせないことも大切と語ります。

「報告書を出すだけだと、その知見が上手く咀嚼されず『面白いことがわかって良かったね』で終わってしまうこともあります。そういう時は、得られた知見をさらに浸透させるためのワークショップを開催したり、導出されたインサイトの活用法やアイディエーションも含めたコンサルティングまで担当させていただくことも。この後工程にも、文化人類学的なアプローチを用います」

このように、文化人類学という専門領域を社会に役立てる活動をしている大川内さん。彼女が今に至るまでの歩みは、また一段と興味深いものでした。

大の人嫌いが、人類と向き合う学問を選んだ理由とは

東京大学で文化人類学を学んだ大川内さん。幼い頃から文化や人に興味があったのかと思いきや、実は大の人嫌いだったと言います。

「3歳の頃に、ヨーロッパで酸性雨の被害が話題になっていました。環境問題の原因や脅威について知った私は、幼いながらも人間の経済活動が地球環境に与える影響の大きさに憤り、人間に対する憎悪まで感じてしまって。加えて他人とコミュニケーションを取ることが苦手だったこともあり、できるだけ人間と関わらないほうが幸せだという結論に(笑)。だから将来は理系の研究者として、研究室にこもりたいと思っていたんです」

そんな大川内さんが、人類学を学ぶことになったのは、なぜなのでしょう?

「人嫌いの延長なのか、自然豊かで、野生動物と比して人が少ないアフリカに住みたいと思い始めたんです。アフリカで研究をするなら、動物学かな? でも解剖は苦手だし……。どうやったらアフリカに住めるかと考えた時に、文化人類学があったと思って。文化人類学は、長年にわたってアフリカを主要なフィールドに研究が進められてきた学問ですから、この学問に携われば私の夢見てきたアフリカライフが手に入るかもしれないと考えて、大学3年への進級時に専攻することに決めました。今思うと随分偏った思考ですが(笑)、当時は私なりに必死だったんだと思います」

そして大学院で本格的に文化人類学を学びますが、その時点までは「面白くてロマンは感じるが、直接的に社会の役には立たない学問」と感じていたとか。ところが、不意に転機が訪れます。

「米Google社から、日本で調査を行うために文化人類学者を探しているという相談が来たんです。それが、私が学んでいた研究の手法をビジネスに応用する初めての機会でした。Googleという、世界中のデータを集めて世の中の全てを解明できそうな企業が、泥臭い文化人類学者の知見を必要としているなんて、とても新鮮に思えて。そうか、文化人類学は今の社会に役立てるんだと、気づきを与えられました」

学部生時代には学生ベンチャーに関わり、企業経営も経験していた大川内さん。将来の起業を見越しながら、実務経験を積むために大手銀行で3年働き、ついに2018年、株式会社アイデアファンド設立に至りました。

具体と抽象を行き来する

当初は「役に立たない」と思いながら文化人類学の世界に飛び込み、結果的にその経験や知見をビジネスに昇華させている大川内さん。彼女は今の社会における学びをどのように捉えているのでしょうか。

「忙しい現代人にとって、暇な時間や学びの時間は、特別で高級なものになってしまっていると思います。暇は本来タダのはずですが、お金を払って暇を買うようなことが起きていますよね。私も『学ばなければ』『有意義な時間の使い方をしなければ』と焦りを感じることもあります。しかし他方では、“学び”を特別なものと捉え過ぎなのでは? と思うこともあります。実は日々の生活の中で、私たちはもっと学ぶことができるはず。それが最近考えていることなんです」

「文化人類学では、具体と抽象の行き来を頻繁に行います。目の前の具体的な事象から、ある法則性を見つけだしたり、それを抽象化して考え、他の例に当てはめてみたり。私自身も思考のクセのように、友達の話を聞いて人間存在について考えたり、銀行で働く同僚を見て資本主義について思いを巡らせたりといったことをしていました。つまり、もし本を読む時間が取れないとしても、自分が今ある場から何らかの知見を見出す姿勢さえあれば、本質的な意味での学びが得られるのではないかと。そう思っています」

日本政治・経済・文化に関する国際比較と政策研究、学際的研究を行う組織、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)の研究員としても活動。自身の知見をアップデートしたり、アイデアファンドの案件で得た知見を講演や研究発表で社会にフィードバックしたりもする。

大川内さんは現在の事業を磨き上げ、幅広く展開していくことが、学びとビジネスが高次元で融合していくことに繋がれば、と考えています。

「大学で文系の学問を学んだとしても、それを直接仕事で活かせるような機会は、まだまだ少ないですよね。でも、もしアイデアファンドのような組織があって、自分の知見を活かして研究も実社会へのフィードバックも両立できれば、働き方としても、本人の充実度も高いと思うんです。今はまだ、企業の中に文化人類学を持ち込むことにピンと来る人は多くありませんが、私たちが解決の事例を増やして世の中に伝えていければ、文化人類学者が世の中で活躍できる場が増やせるかもしれません。私自身、文化人類学を学び始めた当初は、今のような結果を予想もしていませんでしたが、結果的には、過去の知見を生かした仕事ができて、それを面白いと感じている。これもひとつの『学びの形』なのではないかと思います。でも可笑しいですね、あれだけ人嫌いだった私がいつの間にか、人のより良い生き方について、想いを巡らせているんですから」

株式会社アイデアファンド

執筆:溝口敏正 / 撮影:中村圭介 / 編集:佐藤渉

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