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気候変動の罠(8)進むべき道

 では,気候変動問題に対して,日本はどういう戦略を採ればよいのでしょうか。東洋の島国で,海を隔てて,アメリカと中国に挟まれている日本は,極めて難しい立場に立たされていると思います。

 かつては省エネ技術で世界リードし,環境先進国といわれた時代もありましたが,今や,先進国の中では世界の最後尾からついて行って,やれる目途も覚悟もないまま,2050年カーボンニュートラルを宣言し,それがさほど注目もされない状況です。

 資源という面からみれば,自国の資源の乏しい日本は,化石燃料への依存を減らすことは重要な意義がありますし,自ら既得権益を解体することの大変苦手な国ですから,気候変動政策の名目のもとで,新しい社会変革を目指すことは日本にとって大きなプラスのはずです。

 しかし,社会システムを転換させるめども立たないのに,欧州に追随してカーボンニュートラルまで宣言してしまうのはやりすぎです。欧州の例を見ても分かるように、社会改革のための公正かつ包括的な視点がないと、社会の歪みを大きくしてしまいます。短慮な政治家が人気取りのために宣言するとろくなことは起こりません。

 しかも,欧州も,若者たちの突き上げによって,世間への「脅し」が自らに振りかかるようになって,どんどん過激化し,困った状態に陥りつつあります。一方では,太陽光発電や風力発電による環境破壊も批判されるようになってきていますので,これ以上急激な政策の実施はますます難しくなりそうです。言葉だけが踊って,自らの首を絞めるという原理主義の終わりが,始まったのかもしれません。

 こういう状況ではまず原点に戻って考えるべきです。戻るといっても,そんなに昔ではなくても構いません。2015年に成立し,2016年に発行したパリ協定で十分です。パリ協定は,気候変動防止のための京都議定書が2012年に終了したのち,2020年からの地球温暖化対策をまとめたものです。

 京都議定書は,トップダウン型で罰則規定もある厳しい温室効果ガス削減が課せられたので,アメリカや中国が参加せず,実効性の乏しいまま終了しました。その後の世界全体が参加する新しい枠組みはなかなか決まらなかったのですが,当時のオバマ米大統領の指導力もあって,パリ協定がまとまったのです。

 パリ協定の京都議定書との一番の違いは,各国が削減目標をボトムアップ型で自由に決められる方法にしたことです。しかも,目標の達成は義務とされていません。これなら多くの国が参加できるということで,実際,パリ協定がまとまった翌年に発効したのです。ちなみに京都議定書が発効したのは2005年で,京都で会議があった1997年から8年もたっていました。

 京都議定書が難航したのは,参加国に義務としての削減目標を課したからですが,それは,各国の自由にしたら,どこも何も守らないだろうという考えからでした。しかし,パリ協定では,削減目標を自由に設定できるとしたら,今度は各国が競って目標水準を引き上げ始めるようになってしまったのです。

 日本は,当初2030年まで2013年度比26%削減としていたものを,菅首相がいきなり46%削減と20%もアップし,2050年のカーボンニュートラルまで宣言してしまっています。パリ協定では,「今世紀後半に温室効果ガスの排出量と吸収量の均衡(balance)を達成」を目指して努力せよと謳っていますが,2050年のゼロカーボンを要求しているわけではないのです。

 カーボンニュートラル思想が危険なのは,ゼロリスク思想と同じで,カーボンを減らすために,どんどん過激化しやすいことです。タバコが身体に悪いというになれば,喫煙者を徹底的に排除するように社会が進んだり,コロナが危険ということであれば,どんなときでもマスクをつけるように要求したり,社会は科学的根拠とは別に勝手に進んでいってしまう傾向があるのです。

 社会を権力から解放するために革命を志して集まったはずの若者たちが,結局,仲間をどんどん殺していってしまった連合赤軍事件は,そのもっとも極端で凄惨な原理主義の例ですが,それと同じような傾向が気候変動政策にもあります。気候変動の名の下に、多くの産業や技術が葬られてしまう危険が高まっています。

 とにかく,人間の恐怖を煽って行動を変えさせようとするのは,全体主義的扇動の特徴ですから,それだけで危険を察知しないといけません。脅しに惑わされることなく,状況を十分に調べつくしてから,自ら判断して行動を決めるべきです。脅しに便乗して、自分の権力を強めようとする輩を排除して、真実を見極めなければなりません。

 その意味でパリ協定はまだ自制が効いています。自らの国が自らの目標を設定することができるのですから。この大原則をもとに,もう一度幅広い視野からこの問題を考えなければなりません。

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