見出し画像

宗教化するワクチン論争(6)短絡的な科学者のリテラシー

 専門家=科学者ではありません。医師や弁護士は専門家ですが,科学に関するトレーニングを受けているわけではないので,科学者とは呼べないでしょう。大学に職を持っていても,必ずしも科学的トレーニングを受けているとは限りません。しかし,長年大学に勤務し,何本も学術論文を書いて,評価されている方なら科学者と呼んでもよいでしょう。新型コロナワクチンを巡る論客の中で,大阪大学招聘教授(名誉教授)の宮坂昌之氏は,そのような方で,コロナワクチンを巡っても積極的に発言し,テレビにも出演するなど,大きな影響力を持っています。

 その宮坂氏が,「免疫学の第一人者が,すべての疑問に答える」と銘打って,「新型コロナワクチンの本当の「真実」」という本を8月に講談社現代新書として出版しました。「本当の「真実」」というタイトルが二重になっていますが,それはおくとして,新型コロナワクチンに関する一般向けに日本語で書かれた最高水準の本であることは間違いないでしょう。宮坂氏は,ワクチン懐疑派から,突然推進派に変わったことでも有名ですが,この本ではワクチンの問題点についても幅広く検討していて,その点では学者の良心を感じさせます。

 しかし,この本は新型コロナワクチンの説明については優れているのですが,データの解釈の点で大きな疑問の残る書籍です。論点はいくつもあるのですが,ここではADE(交代依存性感染増強)についてだけ詳しく見ていきたいと思います。ADEは,ワクチンを接種することによって,かえってコロナウイルスに感染した場合の病態を悪化させてしまう現象で,宮坂氏も「私が最も危惧していたのがADEである」(p.152)と述べているとおり,ワクチンの最大の問題のひとつです。ADEは,ワクチンの副反応とは違って,接種することによって,かえってウイルスに対して脆弱になってしまう現象なので,もし発生するとなると,これだけ国家を挙げて接種を推奨しているだけに,極めて重大な問題になります。

 宮坂氏もADEについて理論的に発生しないと言うことはできません。むしろ,理論的にはADEの発生を否定できないというのが,現在の科学の通説と言ってよいでしょう。しかし,宮坂氏は,だからADEに注意しなければならないという結論を導くのではなく,ADEについては,「mRNAワクチンは強力な感染予防効果を持つので,2回接種ではほぼ感染が起きません。したがって,万が一悪玉抗体を持っていても,ADEの起こりようがないのです。」(p.152)と説明しているのです。

 つまり,接種者は感染しないのでADEは起こらないという理路なのですが,驚くべき短絡的なデータの解釈ではないでしょうか。すでに,2回接種者の感染が相次ぎ,ブースター接種が避けられない現状では,すでにその前提が崩壊していることは明らかです。宮坂氏は,7月下旬までのデータで執筆しているようですが,ワクチンの感染予防効果の低減を考慮せずに,ADEの危険性を否定するのは,あまりにも短絡的で慎重さを欠いています。そのため出版してからわずか一か月でADEに関しての説明は論理的に破綻しています。

 実際,宮坂氏は,9月4日にテレビ出演し,「おそらく我々が当初鎧と思っていたのが意外に薄くて、まあレインコートぐらい、あるいはトレンチコートぐらい」(デイリースポーツ)と発言しています。もし,レインコートだったのなら,宮佐氏の著書の理路をたどれば,当然ADEは防げないかもしれない,という結論になるのではないでしょうか。この点だけでも,ベストセラーになっている著書の改訂を至急出すべきだと思うのですが,今のところそのような動きはないようです。宮坂氏は,FBでも熱心に情報を提供されており,それはそれで参考になるのですが,著書出版以降,ADEについての説明は見られません。

 しかし,それにしても驚くのは,世界的な科学者が,データを見ただけで,どうしてこんなに性急に判断してしまうのでしょうか。宮坂氏はワクチンに対して当初は懐疑派だったそうですが,接種開始から半年経過後のアメリカCDC(疾病対策センター)のデータを見て,推進派に変わったそうです。この点についても,,人類に対して初めて本格的に投与する遺伝子ワクチンの効果をたった半年で判断するなんて,私には短絡的過ぎると思います。当時は,宮坂氏はワクチンを鎧と思われたのでしょうが,その後の経緯は前述の通りです。

 なぜこうなるのかというと,世界的に評価されている科学者でも,データから実際の判断を行う点については,専門的な訓練がなされていないからではないでしょうか。彼らは,データから結論を出して論文を書く行為については専門家ですが,データから実際の判断を下す専門家ではありません。この2つは全く別です。論文は,間違っても次の論文で修正すればよいだけですが,日常生活は判断を間違うと不可逆な被害を被ることがあります。

 私も学者の一員なので,良く分かるのですが,学者と呼ばれる職業の人間はデータからすぐに結論を付けたがる傾向が強いです。そうでないと大量の論文は書けませんから。しかし,それは学界という失敗の許された世界での話です。その調子で,実社会の判断をされてはたまりません。科学者は学界という狭い範囲での判断は専門家かもしれませんが,実社会ではひとりの素人に過ぎません。

 したがって,科学者という専門家に,遺伝子ワクチンという人類にとって未知の薬剤の接種の判断を任せるのは,極めて危険と言わざるを得ません。「メリットがリスクを大幅に上回る」なんて,自分に都合の良いチェリーピッキング的な証拠の利用であっても,時間がたてばそれこそ数か月で変わってしまうようなものであることが,すでに世界的に明らかになっています。専門家や科学者なんて,本当にごく僅かのことしか分かっていません。したがって,彼らを全面的に信用して行動することは,人間の倫理に悖る行為です。職業としての専門家である私が断言します。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?