20歳春、東京-9

彼が帰ってきたのは夜中を過ぎた頃だった。

卒業式あとのどんちゃん騒ぎだから、明け方になるかと思っていただけに随分早く帰ってきたなと驚いたのを覚えている。


白と緑で統一した、わたしの小さな家。

彼の芝浦の家は数日前に引っ越しを終えて、今はもうもぬけの殻だった。




私の家と彼の家をつなぐ、三田線の終電。

一人で家にいるとき、ああ彼の家への終電の時間が終わってしまったと時計を見て独り言つ夜があった。

やることを終えて、芝浦に向かう夜は、地下を進む人の少ない閑散とした薄暗い都営線に乗って、彼に近づいていく実感を噛み締めていた。

内幸町、御成門、芝公園、そして三田。


大好きで心から惚れていた人と好きなだけ過ごした時間だった。


その一方で、二人で過ごす時間に終わりが見える、砂時計の砂が刻一刻と落ちていくことを実感する、そんな時間でもあった。




先に寝ていた私の横に彼が潜り込む。

大学生、最後の夜。

そして彼の、東京最後の夜。


おかえり、と声をかけるといつものように彼は私をぎゅっと抱きしめて穏やかな声で呟いた。


「明日から、離れ離れになるけど。」

「たくさん会いにきていいからね。」


彼の仕事は、年に数度しか赴任地を離れることができない仕事だった。だから、春からは私が彼の元へ通うことを約束していた。


「君が大学を卒業して二年ぐらいしたら、結婚しよう。」彼はそう呟いた。


先日二人で買いに行った指輪が絡めた指の間でカチャリ、と静かな音を立てた。


私が大学を卒業するまで24ヶ月。

きっと私はこれから、その期間を指折り数えて過ごすんだろう。2年間。24ヶ月。720日。20歳の私には、あまりにも長すぎる歳月だった。



翌朝の出発は早かった。

朝靄の立ち込める中、朝日が差し込む巣鴨の街を駅まで二人でゆっくり歩いた。

春先とはいえまだ寒くて、彼の手をギュッと握っていたことを覚えている。

マンションの下には花桃が溢れんばかりに咲いていて、その桃色の花から連想して、ハナミズキの歌を歌いながら歩いたのも覚えている。


君と好きな人が100年続きますように......


私たちも100年続くかなあ?そんなことを言い合いながら、なんてことないいつもの通学のように、駅までの道のりを歩いていた。


あっという間に駅につき、山手線の改札の前で抱き合いキスをして、小さなバッグとニット帽をかぶった彼が改札をくぐったのを見届けた。


改札をくぐった彼が、振り向くことなく手を挙げて別れの合図をした後、その手をそのまま目元に運んだのを目にした。


わたしは、彼の姿が見えなくなるまで改札の外で立っていたが、彼の姿がエスカレーターの奥に消えた後、その場に蹲み込んだ。


誰もいない巣鴨駅の改札でただただ止まらない涙を流しながら、わたしは彼がついに旅立ってしまったことを実感していた。





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