20歳冬-東京7

1月の大学生はにわかに忙しくなる。

学年末試験、卒論の提出。

それが終わると四年生はバタバタと卒業旅行に出かけだすし、在校生もバイトだ旅行だと一気にキャンパスからいなくなる。


彼が東京を旅立つ日が決まった。

3月23日の卒業式の翌日。

東京から1200kmも離れた地で、彼は社会人生活を始める。


一緒に寝ている夜、春からの生活を思って涙が止まらなくなることがあった。こんなに毎日一緒にいるのに、彼は遠く離れた地に行ってしまうという。

最初からわかっていたことではあったけれど、大学二年生だった私には就職なんて遠い未来の話で、彼が一足先にそのフェーズに足を踏み入れることで置いていかれる気がして、遠距離の始まりもあいまって寂しさに押しつぶされそうになっていたのだった。


わかっているけど寂しくてたまらないの。


でもこれからも一緒にいるし、これは長い人生のなかのあくまで変化のひとつに過ぎないからとわかっているんだけどね。涙が出てきてしまって、と精一杯背伸びをして、途切れ途切れに言葉を紡ぐ私をみつめ、都度、彼は静かに涙を拭ってくれた。


1月も中旬を過ぎたある日、芝浦の家でご飯を食べ終えたあと散歩がてらに三田キャンパスまで足を伸ばしたことがあった。


所々電気の灯る大学院校舎、メディア棟。

静まり返った中庭は真っ暗で、シンと冷え切った冬の空気が張り詰めていて、二人ぼっちの世界のようだったのを覚えている。


なんだか別世界みたいだね、と、彼が呟いた。

今ならなんでもできちゃうな。なにかリクエストは?


彼からの提案に私は少し考え込んだ。

幸せな一方日々募る、環境が変わることへの不安。

未来の約束が欲しい、と思った。

「そうだなあ、じゃあ跪いてプロポーズしてくれる?」


思い切ったお願いをした私を無邪気に笑いながら抱き寄せた彼は、そっとキスをして跪いた。

そして、真っ直ぐ目をみつめ、言葉を声に乗せた。


「近い将来、私と結婚してくれますか?」

静かなキャンパスに穏やかな彼の声が、優しく響く。


「はい、喜んで。」心から、そう答えた。




人影のない三田キャンパスの中庭でひとしきり笑い合って、ハグをした。寒さの中に感じる彼の温かさが、とても心地よかったことを覚えている。


彼が23歳、私が20歳の冬の夜だった。










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