トラウマケアの基礎理論⑥ 「三位一体脳」
トラウマ治療で最もよく使われる脳のモデルは、神経科学者のポール・マクリーン(1967)に由来します。
現在から見れば時代遅れのモデルとされていますが、脳をシンプルに3つの領域に分けて考えやすいという点で有用なため、セラピストと当事者の間でよく使われています。
このでモデルでは、脳を「爬虫類脳」「哺乳類脳」「思考脳」の3階建てで考えます。
トラウマに遭った時の脳の反応
危険は爬虫類脳と哺乳類脳を過剰に刺激し、前頭前野をシャットダウンさせるので、トラウマを受けると学習などの特定の作業が難しくなることが多いです。
たとえば、子供の場合衝動性や反応性が高まり、ADHD(注意欠陥多動性障害)や、イライラ&攻撃性が高まっているように見えたり、またやる気をなくしているように見えることがあります。
虐待的な環境では、脳の下層の部分が脅威と過去の危険を思い出させるような刺激に晒され続けるため、前頭前野の成熟が促進されにくくなります。
反応の段階を以下に見てみましょう。
1、脳幹と大脳辺縁系で反応(感情的・生理的)
大脳辺縁系は記憶に反応し活発化します。
特に脳のいわば煙探知器である扁桃体の活動が活発になります。
扁桃体は、あたかも私たちが煙に包まれ、今まさに危険の真っ只中にいるかのように警報を発します。
扁桃体の警報に対し、爬虫類脳は本能的に反応します。
心拍数は増加し、呼吸は停止するか、過呼吸がみられます。
筋肉は緊張し、加速するか、シャットダウンを選択することになります。
(下図を参照)
2、前頭前野のシャットダウン
脳スキャンの研究によると、トラウマとなる出来事を思い出すと、前頭葉の記憶中枢が停止し、出来事を思い出す代わりに感情や衝動に圧倒されることがわかっています。
→集中力・記憶力の低下、言葉を扱う機能が制限される
トラウマ直後で相談に訪れた人、あるいは長い期間の不登校や引きこもり状態の明けた後から来られた来談者の中には、この状態にある人が時にみられます。
つまり以前は普通に話せたはずなのに、言葉がうまく出てこず、どんな風に喋ってたのとわからない、という感覚になるようです。
もちろん危険に反応しての一時的な反応なので、安全・安心感を確保すると以前のようにスラスラと喋れるようになります。
※ちなみに、これらの反応になるのは動物の本能上、危険を目の前にして考えてる暇があると、敵にやられるからです。「考えるよりもまず戦うor逃げろ!」が脳の指令なのです。
身体がトラウマを記憶する
危険の去った後、人は何が起こったのか断片的にしか話せなかったり、その明瞭な物語がないときもあります。
トラウマは脳に影響を及ぼすので、他の出来事と同じように思い出すことができないことを知っておくことが重要です。
仮に「何も覚えていない」としても、こんなサインが出てくることがあります。
<突然驚く、恐怖、体がこわばる、引っ込む、恥や自己嫌悪、震え出す、わけもわからず涙が出てくる>
これらは言葉としては思い出さなくても、とりも直さず、身体が体験を覚えているということなのです。
なぜそんなことが起きる?
トラウマとは言葉の形式で記憶されるよりも、感情的・身体的に記憶されるものの方が多いからです。
ご本人が理由もわからず、まるで混乱したり、圧倒される、気がおかしくなりそうになるのはそのためです
言葉や映像のような記憶がないため感じたことを記憶として認識できないことがあるのです。
言語化されない記憶の例
・愛情ある人のことを考えると、温かい気持ちになる
・脅やかされる人に会うと、身体が萎縮する
→これも非言語の記憶です。
「前に来たことがある気がする」「なぜか見覚えがある気がする」
のような、実は、デジャブ体験も言語化できない記憶の一種と考えられます。
今ある生きづらさは過去のネガティブな記憶の影響なのかもしれない。そう考えると…
「あなたは怖がり屋ではないのかもしれません」
ただ、おびただしい恐怖の記憶を体験しているだけかもしれません。
「あなたは怒りっぽい人ではないのかもしれません」
不当な扱いや拒絶を受けたときの、正当な怒りの記憶を思い出しているのかもしれません。
皆さん、ご自身のことを弱い人間だと責められたり、こんなことを思う自分がおかしいんだ、自分なんていない方がいいんだ、と思われることが多く、しんどい思いされていたと思います。でも記憶の反応だとしたら、その咎はあなたにあるのではなく、記憶にあるのかもしれないのです。
したがって、トリガーされた感情を、人生の中の(今目の前の)特定の出来事と結びつけるのはやめましょう。
感情記憶は一つの出来事だけでなく、多くの経験の総体である可能性があります。
対処の仕方として
1、まず知る・気づくことから。
今あるしんどさが記憶の影響である可能性があることを知らない方がほとんどです。
大事なのは「気づく力」で、これは前頭前野が担当しています。
シャットダウンした前頭前野を再起動させるためには、「気づく」ことが第一歩なのです。前頭前野が「気づきの脳」とも呼ばれるのはそのためです。
2、思い出しているだけなんだな、 と一旦、脳のせいにしてみる。
気づいたら、その次にその由来を一旦「脳に丸投げ」します。
その時すぐには収まらないものも多いとは思いますが、矛先が自分に向くよりはマシです。
むしろ自分を責めて恥や罪悪感の感情を刺激することが、さらに別な記憶を掘り出して出られない沼ループにハマることは多くありませんか?
そのループについていかない、ことが重要なのです。
あなたはいつもと違う行動を選択できます。
それは「気づきの脳」が動いている時だけなのです。圧倒されてシャットダウンされているとまず無理なのです。
気づきの脳は、実は脳の脳幹や大脳辺縁系といった深い部分に直通で神経回路がつながっていることが指摘されています。
なので、脳に一旦全投げして「ダメな時はダメだ、しゃーない!」と達観することも、私は一度はしてみることをおすすめしています。
3、過度に自分を責める必要が本当はないかもしれないと考える。
これは先にすでに書きましたね。上述と重なります。
ちなみに何度も出てくる「自分を責める」考えの正体。
それは「否定的認知」です。
自分で自分に対して抱いているネガティブな信念のことを指します。出元は認知行動療法から生まれた概念です。
これは、脳の中で、記憶をすぐに呼び出すためのブックマークの機能を果たしていると言われています。
つまりすぐに「ネガティブな記憶へひとっ飛び!ジャーーンプ!」
してくれる「ふっかつのじゅもん」であり、大変ありがたくない機能なのです。
「私は〜〜だ」(「愛される資格がない」「いつも間違う」「安全じゃない」など)
が出てきたら、要注意。これらは否定的認知です。
4、なにが引き金になっているかを特定する
このように、私たちの周りには気づかないところに勝手に引き金をひき「ふっかつのじゅもん」を唱えさせようとする罠がたくさんあります。
必要があるとき以外、不用意にそれに近づかないことがまずは第一です。
引き金を引く刺激のことを、「トリガー」と呼びます。
引き金が特定できれば、対策をたて、「気づきの脳」を使い、それに出会わないよう行動を選択することができます。
それが、安定化への道標です。
感情コントロールへの、地道だけれど、確実に続く道です。
ココロンでは、オンラインカウンセリングで、あなたに合った安定化・感情コントロールの方法を臨床心理士と一緒に考えていくことができます。
どうしても自分だけでは限界がある、行き詰まっている、そんな時はぜひご相談くださいね。
最後までお読み頂きありがとうございました!
参考文献:サバイバーとセラピストのためのトラウマ変容ワークブック 第2章より(ジェニーナ・フィッシャー著、浅井咲子訳、星和出版)
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