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トラウマケアの基礎理論⑧ ポリヴェーガル理論 概論(後編)

ポリヴェーガル理論について解説していきます。後編です。
今回も、こちらの文献から引用と要約をしていきます。

いい本です。治療者にもクライエントにもおすすめ


「前編」の前回記事はこちらからご覧ください
↓↓↓↓↓↓


今回もこちらの全体マップを参照しながら、ご覧ください

1、なぜポリヴェーガル理論が必要だったのか?

自律神経について、交感神経と副交感神経と2つあることは知られてきましたが、副交感神経がさらに2つに枝分かれすることをポージェスは提唱しました。

なぜそのような理論だてをしたのか?について、「セラピーのためのポリヴェーガル理論(デブ・デイナ著/春秋社)」によれば、ポージェスが「迷走神経パラドクス」の問題を考えるためである、と指摘しています。

ポリヴェーガル理論は、神経系の一つである迷走神経とその緊張が、レジリエンスを表す指標である一方、新生児の生命を危険に晒す因子であるという矛盾への注目から生まれました。ポージェス博士は、迷走神経の計測を行なっており、その矛盾に気づきました。現在「迷走神経パラドクス」として知られているこのパズルを解く過程で、ポージェス博士はポリヴェーガル理論を作り出しました。

「セラピーのためのポリヴェーガル理論」P4〜
こちらはどちらかというと、セラピスト寄り。

ポージェスはこれに答えるために、
①(3つの自律神経の)階層、
②ニューロセプション、
③協働調整、
の3点を原則として重視しました。

(この記事では紙幅の都合上、①のみに言及しています。)

この迷走神経パラドクスのもつ、リスクの側面について述べているのが今回紹介する、「背側迷走神経」です。

2、背側迷走神経系 〜不器用で原始的なシステム

背側迷走神経系は、副交感神経のもう一つの神経枝である。
生理学的反応をスローダウンさせる働きをするが、腹側迷走神経系ほど精妙ではない。この神経枝は、脳幹の背側運動核に起始し、主に横隔膜より下の器官を支配している。さらには心臓にも作用する。

腹側迷走神経系とは異なり、背側迷走神経系は無鞘のままである。従って、腹側迷走神経系より反応が遅く、正確さに欠ける。ポージェスは背側迷走神経系のことを「不器用な神経枝」と呼ぶこともある。

背側迷走神経系は、系統発生学的にはより古く、原始的なシステムの名残りであると考えられている。
これは、海の哺乳類である、潜水哺乳類の中で発達した。彼らは何分も呼吸せずに水の中に留まることができる。背側迷走神経系は、凍りつき反応と関係する。(中略)これは環境に反応したり、活動したりする必要がない睡眠時に、最も支配的になる副交感神経系の内の一つの神経枝である。

「レジリエンスを育む」p.110-111

曰く、潜水哺乳類では、海にもぐったら酸素を無駄に消費しないよう温存すべく、必要でない機能を全て停止し、大きな筋肉の使用を抑える。

人間を含め、空気呼吸をするすべての脊椎動物には「潜水反射」というものがいまだに残っているそうです。

潜水反射」とは、冷たい水に顔をつけると、心拍数が急速に下がり、生命維持に必要な器官を優先して、大きい活動的な筋肉群よりも、心臓と脳に優先的に血液を循環させる働きのことである。

「レジリエンスを育む」p.111

私たちが危険を目の前にした時、この酸素消費を節約する強い反応を起こします。

このような状況では、心拍数と呼吸数が急激に下がり、筋肉が不動化され、痛みの閾値が上がる。こうした生理学的状態では、我々は傷の痛みを感じないようにするために、痛覚を麻痺させ、鎮痛性の物質を分泌し、生き延びる可能性を少しでも増やそうと反応する。

捕食動物の多くは、動いているものに向かって捕食行動を起こす。したがって「擬死(シャットダウン)」とも呼ばれる不動化反応が起き、体が動かなくなると、生き延びる可能性が高まる。これが古典的な「擬死」あるいは「凍りつき反応」で、背側迷走神経系の典型的な働きである。

「レジリエンスを育む」p.111-112

3、背側迷走神経のポジティブな2つの側面

とかく凍りつきが強調されがちな背側迷走神経ですが、それ以外の機能も紹介されています。

(1)絆を強める行動を促すこと
(2)消化活動などの身体的機能を調整し健康を維持すること

(1)絆を強める行動を促すこと

安全感の基礎のある/なしで、2つに枝分かれ分かれるようです。
a.恐れを伴わない不動化
b.恐れを伴う不動化

  a. 恐れを伴わない不動化

これはいわば「穏やかな不動化」で、たとえば乳児を抱っこしたり、あやしたりするときには、一種の不動化が必要になります。乳児がゆっくりとミルクを飲めるようにするには、その最中に母親がじっとしていなければなりません。これは背側迷走神経の「穏やかな」働きによって身体活動が低下することで可能になります。

この状態は生き残りのための生理学的凍りつきとは異なり、適切な範囲内で不動化がおこり、穏やかな繋がりの中で栄養を取ったり満足を味わうことを可能にします。

穏やかな不動化では、ストレス性の化学物質を分泌することなく身体的資源を温存し、安全とつながりの感覚を強めることができるほか、愛着行動に関する神経科学物質であるオキシトシンは、穏やかな不動化による絆形成を下支えしていると言えます。

  b. 恐れを伴う不動化

それとは逆に、「恐れを伴う不動化」は背側迷走神経系を刺激して、心拍数の急激な低下など、潜在的に危険を伴う生理学的な状態を作り出す。もちろんこちらは安心安全を伴う愛着形成とは関与しない。

「レジリエンスを育む」p.113

  c. 恐れのない不動化に至るためには?

恐れを伴わない不動化を体験できるような神経基盤を作り上げるためには、腹側迷走神経系を活用し、社会交流システムを通して安全で信頼できる感覚を味わうことが必要である。こうした安全感覚を持たなければ、不動化するのは危険だと感じられる。そうすると「無防備に身を任せる」ようなことができない。信用できないのだ。このような状態では、将来に渡っても他者との絆を形成することができない。(Carter, 2014: Kozlowska, et al., 2015)

「レジリエンスを育む」p.113

(2)消化活動などの身体的機能を調整し健康を維持すること

背側迷走神経系は、このような社会的つながりを支えるとともに、健全な恒常性(ホメオスタシス)維持に貢献する重要な機能の調整を助けている。適切に食物を摂取し、胃酸などの消化物質の分泌を促し、消化活動のさまざまな側面を調整する。また腸壁を健康に保つよう助け、腸の免疫反応を調節する。

「レジリエンスを育む」p.113-114

安全な神経基盤は、健康な身体を支えることでもある。トラウマのある方の多くは、心理的苦痛と共に、同時に身体的不調をきたしていることが多いことが思い起こされる。

4、親子の交流が安心基盤の雛形になる

子どもがストレスを感じ、交感神経系が優位な状態になったら、養育者は子供をなだめ、身体に触れ、安心させるような声をかけ、濡れたおしめを替えたり、肌の痒みにローションを塗ったりといった、世話をしてやらなくてはならない。

もしずっと泣いても養育者が来てくれないなら、子供は生理学的に限られた選択しか持たない。交感神経系が覚醒状態となり、かんしゃくを起こして大声で泣き続け、たとえ誰かがやってきてあやしても落ち着くことがなく、疲れて眠りに落ちるまで泣き続けるか、あるいは背側迷走神経系の生き残り反応に入り、生理学的には温存体制をとる。

そうすると、子供はおとなしく動かなくなる。これは恐れを伴わない不動化ではなく、身体的資源を温存し、命を保つための凍りつき反応である。恐怖は未解決であり、緊張を伴う不動化が起きている。この反応は、凍りつきと擬死を引き起こす背側迷走神経系の働きによる。

「レジリエンスを育む」p.114

ここの記述はほとんど愛着の成り立ちと重なっている。
安定した愛着スタイルは、健全な神経機能の発達をブーストすると思われる。両者がうまく噛み合って、社会的な相互交流への準備がなされていく、と言えるのだろう。

一方、不安定な神経基盤の身体的な負荷についても本書では述べている。

5、不安定な神経基盤は、身体の負荷が大きい

極端な交感神経系の覚醒状態であれ、背側迷走神経系による凍りつきであれ、これはごく短時間の機器的状況を何とか生き延びるための反応である。こうした生理学的反応は、とっさに生き延びるために、ごく短時間の防衛反応として引き起こされる。したがって、長期にわたることは想定されていない。慢性的にストレスを受け、こうした防衛状態が長期に渡ると、体の内なる機能のバランスをとって健康を維持する恒常性の機能がじわじわと損傷を受ける。

マクワエンとステラーは、これを慢性的にストレスにさらされて起こる生理学的状態であるとして、「アロスタティック負荷(Allostatic,ストレス適応負荷)」と名付けた。(McEwen and Steller,1993)

「レジリエンスを育む」p.115

またポージェスは、この状態を「生き残るための対価」とも表現した。

交感神経系が覚醒した状態が長い期間続くと、多くの酸素や栄養素が失われ、多量のストレス関連の化学物質が分泌される。交感神経系が優位になると、身体中に「今は命を懸けて戦っているのだ」と言う生理学的なメッセージが送られ、消化や免疫反応などが抑制される。長い年月健康に生きていくための機能は脇に追いやられ、今を生き延びるために身体的な資源が多量に使われる。

「レジリエンスを育む」p.116

では、背側迷走神経系の負荷はどうなるのだろう?

生き残りをかけた反応で、交感神経系の働きとある意味対極にあるのが背側迷走神経系の活性化である。(中略)ただしそのメカニズムは交感神経系の過覚醒とは少し異なる。背側迷走神経は身体資源を温存する。最も極端な反応は擬死を起こして究極の温存状態に入ることである。潜水哺乳類の例を思い出していただきたい。

家のたとえで説明すれば、職を失い、全財産を使い果たしたので、ペンキの塗り替えなどをしている場合ではない、と言うわけである。(中略)身体資源の「余り」が出てくるまでは、メンテナンス作業は脇に追いやらねばならない。このように背側迷走神経が究極の節約モードに入っている時も、メンテナンスをする余裕はなく、ここでも高いアロスタティック負荷が作り出されているのである。

「レジリエンスを育む」p.116

生き残りをかけた生理学的な状態を維持することはアロスタシスを増すことでもある。こうした状態で、免疫反応や消化による栄養素の摂取、休息といった生理学的なメンテナンス機能が慢性的に制限されたら、心身に重大な支障が生じることは明白である。

発達性トラウマが、時を経て深刻な病を引き起こす理由がこれでお分かりいただけただろう。ACE(小児期逆境体験)研究はこの相関を明らかにした。

「レジリエンスを育む」p.116−117

ACE研究については、また別稿で触れたいと思います。

発達性トラウマがのちに健康問題を引き起こす理由としては、一つには子供はストレスに対して交感神経系の過覚醒か、または背側迷走神経系の極端なエネルギー節約状態でしか対応できないことが関係している。

このような状態は、生理学的な負荷がかかりすぎる。さらにそれよりも重大なのは、幼い時を逆境の中で過ごした子どもは、安全であるという感覚を持つことができなかったため、社会的交流と恐れを伴わない不動化の両方に使われる神経基盤が十分に発達していないことである。

その結果、身体を万全に整え、レジリエンスを強化するために必要な、免疫活動、消化、睡眠といった機能が健全に働かなくなってしまう。

「レジリエンスを育む」p.117

まとめ① ではどう生き延びていくべきか?

身体へのリスク面の言及が多くなってしまいましたが、私たちの課題は
「腹側迷走神経系をいかに育て、心身を消耗するサバイバルモードから脱するか?」
にあると思います。

そのためのヒントは、「自己調整」「協働調整」にあるのだと思います。

私はよく「気づくこと」を第一歩のステップと伝えていますが、まずはこうした知識のレンズを通して、自分の日々の生活を調整していくことが大切だと思います。仕事や家事、人付き合いの中で、交感神経や背側迷走神経の現れている瞬間に気づき、自分をいたわり、行動を今までと変えていく試み。それが自己調整です。

そして今回、文章をまとめて非常に大きなインパクトを残したのが、「腹側迷走神経の存在」です。腹側迷走神経は省エネであり、身体に優しい。腹側迷走神経系が、私たちが人生の負荷を減らし、生きやすくなるための逃げ道なのかもしれません。

それには協働調整が必要で、本来は安全な養育の中でそれを培うのが最初なのですが、それが難しかった場合、安全な第三者を探す必要があります。

「相談すること」はそこに繋がると思うのですが、相談自体ができたらそもそも苦労しません。そこは焦らずに、まずは情報を得て、自己調整を積み重ねることから、でもいいのかもしれません。

人間には、後天的に「獲得された安定型愛着」を得ることができうることが示唆されています。たとえ始まりが苦難でも、第三者との間で「安心・安全」をじっくり味わい、信頼することのできる関係を持つことができたら、協働調整への道が開けてくると私は考えます。

まとめ② 感想

ここまで「レジリエンスを育む」の写経を終えてみて、思ったのは「人の進化ってすごいな」という、ちょっと素人っぽい感想でした。

「背側迷走→交感神経→腹側迷走」という、ヒトの進化の階段を登っていくことは、「エネルギー効率がだんだん上がっていく」ことを意味していて、神経伝達物質を使わずとも心臓の心拍をコントロールできるヴェーガルブレーキのおかげなんだ、ということを今回理解しました。すごい発明やな、と思います。身体を動かすのにノルアドレナリン不要、ってことですよね。。
身体も楽ちんに、かつ難しい課題を何なくこなしていく仕組みが腹側迷走神経、と。


…書き終えてすぐには、まだ概念が落とし込まれていなかったため、少しぼんやりしていたんですが、ふと夕飯を食べながらYoutubeの旅動画なんかを見ていて、ふと、「あ゛っ!!!!!」と閃いたことがあります。

トラウマをもつ人は「疲れやすい」という特徴があります。
私の知り合いでも、同じだけ睡眠をとっても、同じだけの量を活動したはずなのに、一日終わる頃には、相手だけがぐったりしているんです。私はこれが頭ではわかっていても、不思議でした。

でもこれの謎が解けました。

ずっと交感神経か、背側迷走で動いてるから、神経伝達物質を物理的に出すか、背側を使って身体に制限をかけて動いているから、身体に負荷がかかり、エネルギー効率が悪いんです。おそらく。俗な言葉で言うなら、燃費効率が良くない。

腹側迷走神経は育てるのに、時間がかかるんです。
その点、背側迷走は早くからあるし、交感神経までは備わっている。
トラウマのある方は確かにそもそもの安心を感じたことがほとんどない中で育ってきた方も多く、腹側迷走を十分に発達させられなかった可能性がある。そのため、人混みの中に入っても、恐れを伴う不動化としてしか腹側が働かず、ヴェーガルブレーキが崩壊しているためにすぐ交感神経→背側迷走…と退行せざるを得ないのだ、と。

また、こうした多くの方が、コーヒーや紅茶などのカフェインや、エナジードリンク・炭酸水を好んで飲まれますが、それも納得できる気がします。

ご本人たちとしては、化学物質で覚醒水準を引き上げて、身体を動かすために飲んでいることが多いのですが、腹側~による省エネ駆動が手段としてないとき、物理的な供給をしないと本当に動けないし、主観的にはそれなしで身体を動かす、というイメージ自体が持ちづらいのだと思います。

(その逆向きの鎮静の仕方が、自傷行為であったり、市販の風邪薬を沢山飲む、爆食い、飲酒、過剰な性行為…などといった各種の依存症(アディクション)でもあるわけです。これらはトラウマへの前向きな対処なのです。)

こう考えるとポリヴェーガル理論は臨床所見と噛み合いまくる…、いや、噛み合いすぎてこわい、と言うことがわかったのです。

おそらくぼんやり過ごしていくと、こうしたアハ体験がまたポツポツと出てくるのでしょう。

これでこそ写経した甲斐があるってもんです。

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※ここまで書いてから、写経の足りない部分に気づき、後からさらに「不安定な神経基盤は、身体の負荷が大きい」の章と「まとめ① ではどう生き延びていくべきか?」の2章を加え、大幅に文章を追加したのでした。
(文体のテンションが微妙に違うのはその為です。)なので、まとめ①が最後に書いた私の本当のまとめです。
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以上でございます。本当に長々とした文章にお付き合いいただきありがとうございました。

今後も自分のためにも何度も立ち戻り、思考していくための参照枠になる文章ができたかなと思います。

わからない隙間があるからこそ考えるって楽しいですね。

では、皆様にもいくらかの参考や発見になることを願っております。
それでは。

※ココロンでは、このようなポリヴェーガル理論を視野に入れた臨床心理士による心理カウンセリングを行なっております。
「生きづらさを解消したい」「自己嫌悪から抜け出したい」「トラウマを何とかしたい」という方、自分ではもう手詰まりだ、と言う方がいましたら、ご相談ください。
1人で考えることとは別に、「誰かと一緒に考えること」ことが、腹側迷走神経を育てることにつながります。こういう専門家もいるんだな、と片隅に置いていただけたら幸いです。

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