トラウマケアの基礎理論⑧ ポリヴェーガル理論 概論(後編)
ポリヴェーガル理論について解説していきます。後編です。
今回も、こちらの文献から引用と要約をしていきます。
「前編」の前回記事はこちらからご覧ください
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1、なぜポリヴェーガル理論が必要だったのか?
自律神経について、交感神経と副交感神経と2つあることは知られてきましたが、副交感神経がさらに2つに枝分かれすることをポージェスは提唱しました。
なぜそのような理論だてをしたのか?について、「セラピーのためのポリヴェーガル理論(デブ・デイナ著/春秋社)」によれば、ポージェスが「迷走神経パラドクス」の問題を考えるためである、と指摘しています。
ポージェスはこれに答えるために、
①(3つの自律神経の)階層、
②ニューロセプション、
③協働調整、
の3点を原則として重視しました。
(この記事では紙幅の都合上、①のみに言及しています。)
この迷走神経パラドクスのもつ、リスクの側面について述べているのが今回紹介する、「背側迷走神経」です。
2、背側迷走神経系 〜不器用で原始的なシステム
曰く、潜水哺乳類では、海にもぐったら酸素を無駄に消費しないよう温存すべく、必要でない機能を全て停止し、大きな筋肉の使用を抑える。
人間を含め、空気呼吸をするすべての脊椎動物には「潜水反射」というものがいまだに残っているそうです。
私たちが危険を目の前にした時、この酸素消費を節約する強い反応を起こします。
3、背側迷走神経のポジティブな2つの側面
とかく凍りつきが強調されがちな背側迷走神経ですが、それ以外の機能も紹介されています。
(1)絆を強める行動を促すこと
(2)消化活動などの身体的機能を調整し健康を維持すること
(1)絆を強める行動を促すこと
安全感の基礎のある/なしで、2つに枝分かれ分かれるようです。
a.恐れを伴わない不動化
b.恐れを伴う不動化
a. 恐れを伴わない不動化
これはいわば「穏やかな不動化」で、たとえば乳児を抱っこしたり、あやしたりするときには、一種の不動化が必要になります。乳児がゆっくりとミルクを飲めるようにするには、その最中に母親がじっとしていなければなりません。これは背側迷走神経の「穏やかな」働きによって身体活動が低下することで可能になります。
この状態は生き残りのための生理学的凍りつきとは異なり、適切な範囲内で不動化がおこり、穏やかな繋がりの中で栄養を取ったり満足を味わうことを可能にします。
穏やかな不動化では、ストレス性の化学物質を分泌することなく身体的資源を温存し、安全とつながりの感覚を強めることができるほか、愛着行動に関する神経科学物質であるオキシトシンは、穏やかな不動化による絆形成を下支えしていると言えます。
b. 恐れを伴う不動化
c. 恐れのない不動化に至るためには?
(2)消化活動などの身体的機能を調整し健康を維持すること
安全な神経基盤は、健康な身体を支えることでもある。トラウマのある方の多くは、心理的苦痛と共に、同時に身体的不調をきたしていることが多いことが思い起こされる。
4、親子の交流が安心基盤の雛形になる
ここの記述はほとんど愛着の成り立ちと重なっている。
安定した愛着スタイルは、健全な神経機能の発達をブーストすると思われる。両者がうまく噛み合って、社会的な相互交流への準備がなされていく、と言えるのだろう。
一方、不安定な神経基盤の身体的な負荷についても本書では述べている。
5、不安定な神経基盤は、身体の負荷が大きい
またポージェスは、この状態を「生き残るための対価」とも表現した。
では、背側迷走神経系の負荷はどうなるのだろう?
ACE研究については、また別稿で触れたいと思います。
まとめ① ではどう生き延びていくべきか?
身体へのリスク面の言及が多くなってしまいましたが、私たちの課題は
「腹側迷走神経系をいかに育て、心身を消耗するサバイバルモードから脱するか?」
にあると思います。
そのためのヒントは、「自己調整」「協働調整」にあるのだと思います。
私はよく「気づくこと」を第一歩のステップと伝えていますが、まずはこうした知識のレンズを通して、自分の日々の生活を調整していくことが大切だと思います。仕事や家事、人付き合いの中で、交感神経や背側迷走神経の現れている瞬間に気づき、自分をいたわり、行動を今までと変えていく試み。それが自己調整です。
そして今回、文章をまとめて非常に大きなインパクトを残したのが、「腹側迷走神経の存在」です。腹側迷走神経は省エネであり、身体に優しい。腹側迷走神経系が、私たちが人生の負荷を減らし、生きやすくなるための逃げ道なのかもしれません。
それには協働調整が必要で、本来は安全な養育の中でそれを培うのが最初なのですが、それが難しかった場合、安全な第三者を探す必要があります。
「相談すること」はそこに繋がると思うのですが、相談自体ができたらそもそも苦労しません。そこは焦らずに、まずは情報を得て、自己調整を積み重ねることから、でもいいのかもしれません。
人間には、後天的に「獲得された安定型愛着」を得ることができうることが示唆されています。たとえ始まりが苦難でも、第三者との間で「安心・安全」をじっくり味わい、信頼することのできる関係を持つことができたら、協働調整への道が開けてくると私は考えます。
まとめ② 感想
ここまで「レジリエンスを育む」の写経を終えてみて、思ったのは「人の進化ってすごいな」という、ちょっと素人っぽい感想でした。
「背側迷走→交感神経→腹側迷走」という、ヒトの進化の階段を登っていくことは、「エネルギー効率がだんだん上がっていく」ことを意味していて、神経伝達物質を使わずとも心臓の心拍をコントロールできるヴェーガルブレーキのおかげなんだ、ということを今回理解しました。すごい発明やな、と思います。身体を動かすのにノルアドレナリン不要、ってことですよね。。
身体も楽ちんに、かつ難しい課題を何なくこなしていく仕組みが腹側迷走神経、と。
…書き終えてすぐには、まだ概念が落とし込まれていなかったため、少しぼんやりしていたんですが、ふと夕飯を食べながらYoutubeの旅動画なんかを見ていて、ふと、「あ゛っ!!!!!」と閃いたことがあります。
トラウマをもつ人は「疲れやすい」という特徴があります。
私の知り合いでも、同じだけ睡眠をとっても、同じだけの量を活動したはずなのに、一日終わる頃には、相手だけがぐったりしているんです。私はこれが頭ではわかっていても、不思議でした。
でもこれの謎が解けました。
ずっと交感神経か、背側迷走で動いてるから、神経伝達物質を物理的に出すか、背側を使って身体に制限をかけて動いているから、身体に負荷がかかり、エネルギー効率が悪いんです。おそらく。俗な言葉で言うなら、燃費効率が良くない。
腹側迷走神経は育てるのに、時間がかかるんです。
その点、背側迷走は早くからあるし、交感神経までは備わっている。
トラウマのある方は確かにそもそもの安心を感じたことがほとんどない中で育ってきた方も多く、腹側迷走を十分に発達させられなかった可能性がある。そのため、人混みの中に入っても、恐れを伴う不動化としてしか腹側が働かず、ヴェーガルブレーキが崩壊しているためにすぐ交感神経→背側迷走…と退行せざるを得ないのだ、と。
また、こうした多くの方が、コーヒーや紅茶などのカフェインや、エナジードリンク・炭酸水を好んで飲まれますが、それも納得できる気がします。
ご本人たちとしては、化学物質で覚醒水準を引き上げて、身体を動かすために飲んでいることが多いのですが、腹側~による省エネ駆動が手段としてないとき、物理的な供給をしないと本当に動けないし、主観的にはそれなしで身体を動かす、というイメージ自体が持ちづらいのだと思います。
(その逆向きの鎮静の仕方が、自傷行為であったり、市販の風邪薬を沢山飲む、爆食い、飲酒、過剰な性行為…などといった各種の依存症(アディクション)でもあるわけです。これらはトラウマへの前向きな対処なのです。)
こう考えるとポリヴェーガル理論は臨床所見と噛み合いまくる…、いや、噛み合いすぎてこわい、と言うことがわかったのです。
おそらくぼんやり過ごしていくと、こうしたアハ体験がまたポツポツと出てくるのでしょう。
これでこそ写経した甲斐があるってもんです。
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※ここまで書いてから、写経の足りない部分に気づき、後からさらに「不安定な神経基盤は、身体の負荷が大きい」の章と「まとめ① ではどう生き延びていくべきか?」の2章を加え、大幅に文章を追加したのでした。
(文体のテンションが微妙に違うのはその為です。)なので、まとめ①が最後に書いた私の本当のまとめです。
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以上でございます。本当に長々とした文章にお付き合いいただきありがとうございました。
今後も自分のためにも何度も立ち戻り、思考していくための参照枠になる文章ができたかなと思います。
わからない隙間があるからこそ考えるって楽しいですね。
では、皆様にもいくらかの参考や発見になることを願っております。
それでは。
※ココロンでは、このようなポリヴェーガル理論を視野に入れた臨床心理士による心理カウンセリングを行なっております。
「生きづらさを解消したい」「自己嫌悪から抜け出したい」「トラウマを何とかしたい」という方、自分ではもう手詰まりだ、と言う方がいましたら、ご相談ください。
1人で考えることとは別に、「誰かと一緒に考えること」ことが、腹側迷走神経を育てることにつながります。こういう専門家もいるんだな、と片隅に置いていただけたら幸いです。
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