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サプリメントとアンチエイジング

 あるテレビ番組でアンチエイジングの特集をやっていた。最近とみに増えた医学エンターテインメントとでも言うべき番組で、各分野の医師が医学知識をわかりやすく解説し、一般の人の健康に役立てようというものだ。
 そこで興味をひかれたのが、ビタミンCの摂取量についての解説だ。
 ビタミンCはアンチエイジングの代表的な栄養素で、通常の食生活の中でも十分に摂取することができるという。厚生労働省の調査でも、男女ともに、推奨量の1日あたり100ミリグラムをほぼ満たしている。
 しかし、番組に出演した医師らによる推奨量は、1日あたり1,000ミリグラム、つまり1グラムだった。国の推奨量の10倍もの量が、ビタミンCのアンチエイジング効果を期待するのに必要な量なのだという。ビタミン・ミネラルの微量栄養素にあって、1,000ミリグラムというのは文字通りケタが違う。

 ビタミンCは果物や野菜に多く含まれるが、それらの食べ物だけで1日に1,000ミリグラムを摂るのはそう簡単ではない。
 たとえばレモン。
 レモン1個には、果肉と果汁に計100ミリグラムのビタミンCが含まれているので、1グラムを摂るには10個食べなければならない。
 果肉を食べず果汁だけだと、1個当たり20ミリグラムなので、50個という現実離れした量になってしまう。
 実はレモンのビタミンC含有量は、代表格として例示されるほど多くはない。ピーマンやパセリ、ブロッコリーの方が、地味な存在ながらずっと多い。
 ビタミンC=レモンという図式は、清涼飲料水のビタミンC添加量を「レモン○○個分」と表示していることから、飛躍してできあがった構図ではないだろうか。
 もしくは、初めにビタミンC=レモンというイメージがあって、それから「レモン○○個分」と表現されるようになったのか。
 いずれにしても、レモンでビタミンCを十二分に摂るのは現実的ではない。
 レモンでなくても、食べ物から理想的な量を摂ることが、別の理由で難しくなりつつあるようだ。野菜や果物の大量生産による、土壌の疲弊や劣化が進んでいて、そのために、収穫物に含まれる栄養素が減少しているという。土にも休養が必要なのだ。

 食べ物が難しいなら薬という選択肢がある。たとえば「ハイシー」。
 ハイシーは1961年に発売されたビタミンC製剤の古典で、酸味に加えて甘みがあるので、子供にとってはお菓子のラムネと同じだった。形もラムネそのものだった。
 そのハイシーを、私の叔母たちは美容のためにのんでいた。小学生だった私はおばたちにしょっちゅうハイシーをせがみ、そのたびに「食べ過ぎると女になっちゃうよ」と脅されたものだ。私はそれを信じて恐れながら、せびることをやめなかった。
 と、やや脱線したが、病気でもないのに薬を使用するのは、多くの人がためらうところだろう。

 こんなふうに、食べ物から摂ることができず、薬には抵抗があるから、サプリメントで補うことになる。

*  *  *

 海外通販でアメリカのサプリメントを購入している。ネット上で評判になっていたサイトで、最初の頃は英語版しかなかった。
 当時はヤフーに機械翻訳という機能があり、英語を自動的に和訳してくれた。海外のサイトを見る時に時々使っていた。そのサプリメントのサイトを見る時も利用したが、たまにおかしな翻訳があった。
 アメリカのサプリメントの中で、特に男性用のマルチビタミン・ミネラルは、鉄分が含まれていないものがほとんどだ。肉を多く食するアメリカ人は、肉に含まれる鉄分が体に取り込まれるので、食事だけでその必要量が十分に満たされているという。生理のある女性には当てはまらないが、男性はサプリメントで鉄分を摂ると、過剰摂取になる危険があるのだそうだ。
 ヤフーの機械翻訳は、その鉄分が含まれていないことを示す iron free アイアンフリー を、「自由にアイロンがかけられます」と訳していた。
 ヤフーのこの機能は不自然な訳が珍しくなかったようで、すでにサービスが終了している。
 そのアメリカのサプリメントのサイトは、現在は数か国語に対応している。日本語版もあり、日本人スタッフもいたようだ。

 そこでは多種多彩なサプリメントが販売されている。
 最初に購入したのはマルチビタミン・ミネラルで、注文してから1週間足らずで届いた。
 段ボールの箱を開けてみてまず驚いたのが、そのボトルの大きさだ。ネスカフェの大瓶くらいの大きさがある。そんなのが、今では amazon などで当たり前になった大雑把な梱包から、ゴロリと出てきた。日本のサプリメントに、こんなデカい容器のものはない。その中にタブレットがぎっしり詰まっている。
 次に驚いたのがその粒の大きさ。紡錘形を少し平たくしたような形で、長さが3センチくらいあるだろうか。日本人には呑み込みにくいサイズだ。実際に時々喉につかえて、息ができなくなるかと慌てた。
 必須栄養素はすべて十分に含まれている。ボトルに貼られたラベルには、栄養素ごとに、アメリカ人の推奨量の何パーセントを満たしているかが明記されている。そして、それが100パーセントを越えている、つまり推奨量を上回る量のものがほとんどだ。指定された通りの量を摂取すると、日本人の体格には多過ぎるかもしれない。
 さらに、ビタミンやミネラルのほかに、さまざまなポリフェノールのたぐいや、ハーブ・フルーツ・キノコ・海藻、その他聞いたことのないものがやたらと入っている。

 そして一番の魅力は、なんと言っても価格の安さだ。
 アメリカでは日本のような健康保険が普及していないので、普段から病気にならないよう注意するから、サプリメントが大衆化し市場も大きいのだという。競争原理が働いて低価格が実現されているということだ。
 日本のサプリメントが高いのは、一説には安いと売れないからなのだという。企業側の話なので、いくぶん割り引いて考えなければならないが、価格の高さイコール品質の高さという思い込みが、日本の消費者にはあるのかもしれない。

 サプリメントの本来の意味は「補足」、要するに「付け足し」あるいは「オマケ」で、あってもなくてもいいようなものだ。特殊な医療保険事情が背景にあるとはいえ、そんなケタ違いのオマケを量産し消費する、アメリカという巨人の余裕や豊かさを思い知らされたような気がした。
 初めてアメリカから届いた時、その圧倒的なボリュームとサイズに、こんな規格外のオマケを平らげる国と戦争をしても勝てるわけがないなと、いささかアナクロな感慨にふけったことを思い出す。

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 以前は歯茎から出血することがよくあった。歯磨きの際は歯ブラシが血まみれになり、すすいだ水が真っ赤になった。何もしない時にも出血することがあった。血管や粘膜がもろくなっているようだった。
 改善するにはビタミンCが有効だということは知っていた。そこで、市販のビタミンCサプリメントをのんでみた。だが、どのメーカーのものも、効果を実感することはなかった。
 ネットで調べていると、あるサプリメントメーカーに行き当たった。メーカーによると、そこで扱っているサプリメントは、たとえばビタミンCを人工的に合成したものではなく、また食べ物からビタミンCだけを抽出したものでもない。食べ物丸ごとを一粒に凝縮したもので、それゆえ人体にスムーズに吸収される。その栄養素のことを、合成や抽出という精製の過程を経ていないことから、無精製栄養素と呼ぶのだそうだ。
 食べ物丸ごとと言っても、それがサプリメントという人工物になるわけだから、厳密には「無精製」とは言えないだろうと思ったが、試してみた効果は覿面てきめんだった。歯茎の出血はぴたりと止まった。
 メーカーが示す摂取量は、1,000ミリグラムよりかなり少ない量だった。それでも効果があったのは「無精製」だからか。
 ただ、価格が他社のものより高かったので、ネットでさらに調べているうちに、アメリカのサプリメントを見つけたのだ。無精製(whole foodホールフード)はここでも割高だったが。

 whole food のビタミンCの、アンチエイジング効果となるとどうだろう。
 whole food ではない、安価な精製栄養素の1,000ミリグラムでは、効果は特に感じられなかった。
 whole food の1,000は試したことがない。たいてい100から200だ。「肌がきれいね」と言われることがあるが、「年齢のわりには」ということだろう。それがお世辞でないとしたら、1,000も摂ったら、叔母が言ったように「女になっちゃう」ことがないにしても、限りなく中性的になりそうで少し怖いのだ。
 サプリメントの劇的な効果は稀なことなのかもしれない。アンチエイジングその他の効果がはっきり実感できなくとも、現状維持という形で効いているのかもしれない。だから安心のためにのみ続けている。サプリメントとはそういうものだろう。保険みたいなものだ。

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 アンチエイジングは若返りという意味に解されることが多いが、正しくは「老化を遅らせること」なのだそうだ。
 しかし人は、日一日と老いていく厳然たる事実から目をそらし、少しでも若返ることを夢見て、しばしば涙ぐましい努力を重ねる。夢はおそらく叶わないが、努力は報われるはずだ。
 その努力の日々は、老いへの歩みを確実に遅らせてくれる。そして、そのゆるやかな歩みの中で、老いに対する抵抗感は薄らぎ、人は老いを受け入れていくのだろう。それは決してあきらめではなく、ありのままを生きようとするしなやかな意志だ。
 アンチエイジングとはだから、ただ肉体の老化を遅らせることではない。


記 事 索 引

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