【ロング・ログ・エンドロール】うたかたから上る
分かれ道にて祭囃子に導かれ、Pとアイドルたちは田舎の夏祭りに到着する。狐面を携えた参加者が異様に多く、また「とことわに」という聞きなれない挨拶が交わされる――のちに今はもう地元の人でさえほとんど知らない挨拶だと分かるのだが……。Pは異様さに気づくことなく、お祭りの出し物を食べる。この状況でのそれは、どこか黄泉竈食(ヨモツヘグイ)を連想させるものであった。やがてPとアイドルたちはそれぞれにおみくじに辿り着く。ここのおみくじは二種類ある。「とことわ」と「かなえ」。その選択は祭りに来る途中にあった分かれ道のような……。
読み終わったときの印象としては、重すぎるテーマは胃が重くなるから日常系のほんわか越境が見たいんだという視聴者側の(昨今の)要望と、しっかりとテーマを込めたい作成側の気概の、双方のバランスを取ったお手本のような作品だな、という印象であった。越境での、各アイドルの配慮や気遣いで胸がほっこりしたり、冬優子の立ち回りにあぁ……と漏らしたり。しかし、全体を通してどこかテーマの重低音が聞こえてくる。通底する、あの音はなんだったのだろうか。感じてくれれば良く、深く考える必要はない作りではある。が、少し見ていこう。
1:今が永遠になればいいのに
ホテルのキャッチコピー『ずっとここにいたくなる』。
アイドルたちは事あるごとに類似の台詞を繰り返す。ホテルで花火を見終わったあとに、愛依は「ずっと見てたかった」と言い、果穂は眠たくなってしまって名残惜しい気持ちを前に「『ずっとここにいたくなる』って(中略)スッゴく、わかります……」と漏らし、甘奈は朝の夏葉とのティータイムで「こんなに楽しいんだもん ずっとここにいたくなっちゃうよね……」と発する。また甜花も結華との出店巡り中「この時間、ずっと続けばいいのになぁ……」と独り言つ。またPも「昔は事務所のみんなでよく集まれましたよね」という言葉の裏に、はづきさんに寂しがっている気持ちを指摘されている。
2:永遠と刹那、岩と花
一日目の夜遅く、甜花と愛依は商店へ買い物に出かける。その際、道すがら石像を目撃した。あの石像は一体なんだったのだろうか。
日本のお祭。狐面の多い異様な空間。Pのヨモツへグイ。このあたりは日本神話を思い浮かばせる。またテーマ性や象徴的に扱われる「花火」という存在なども加味して、おそらく石像は「石長比売(イワナガヒメ)」だろう。
日本神話の女神姉妹「石長比売(イワナガヒメ)」と「木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)」。コミュでは、あくまで女神姉妹の物語ではなく、彼女らが持っている対比的な象徴――永遠と刹那の象徴としての岩と花――を持ってきているように見える。岩は永久を連想させ、例えば日本国歌『君が代』は「石長比売(イワナガヒメ)」がモチーフだったのではないかと言われており、国家の永久性を願い、何度も岩で例えられている。一方で、花は、一度咲くがその後は散っていくものとして(岩と比べて)刹那的な美しいものという象徴的な意味を与えられている。『ロング・ログ・エンドロール』では、花よりも、よりせつなさ(切なさ/刹那さ)が強調された「花火」がその位置を担っている。そして、また花と言えば「アルストロメリア」であり、実は、越境コミュではあるが、この視点で見ると甜花と甘奈がこのコミュの中心になっている。ただし、仲を(相対的に)引き裂かれる役として。
3:越境。それは、花が散っていくかのように
越境コミュではユニットの枠を超えて交流が行われる。しかし、甘奈と甜花が同時にいるコミュで、それぞれが別の人と交流しており、副次的に甘奈と甜花の仲が(相対的に)薄くなるような印象を与えるような交流になっている。
「河豚」を読めなかった仲間の甜花と愛依。一方で読めた甘奈。後に甜花と愛依は甘奈には内緒という約束の元、アイスを食べる関係までになる。
甘奈と夏葉。結華からの呼び方「なーちゃん」と「なっちゃん」繋がりから一緒に「たまや」と叫ぶ。また朝のティータイムも二人で過ごし、甘奈は(甜花のいない空間で)「ずっとここにいたくなっちゃう」とまで述べている。
甘奈、甜花、冬優子の三名で一緒に撮影するが、Pの撮影方法がダメなことに甘奈と冬優子は気づく。一方で甜花は気づかない。
出店巡り。甜花は結華と回り、甘奈は愛依と回る。経緯は一切不明だが、当たり前のように甘奈と甜花は分けられている。またそれぞれ相手と打ち解け合っている様が見られる。
またこのコミュ中にて千雪について言及するのは、チーム 青春ジャージ(夏葉と結華)だけである。千雪へのお土産の話をする青春ジャージに対して、大崎姉妹から千雪への言及が一切描かれない。この描き方は、まるでアルストロメリアから青春ジャージに千雪が取られたかのような印象さえ感じる。
越境コミュ。それは新たな交流ができるが、反面、元あった関係性が相対的に薄れていく感覚も感じさせる。そしておそらく意図的に、アルストロメリアが解体されていくかのような印象を与える描き方であった。
4:「とことわ」のおみくじ。知りせば覚めざらましを
物語が展開を見せるのは、Pが(話に乗せられて)「とことわ」のおみくじを引いた後から。皆の携帯は圏外になり、その後電源がつかなくなる。また周りは静かになり、誰に話しかけても返答が返ってこない状況に。さらに、もう花火の時間だと思うのだが、一向に花火があがってくる様子もない。
おそらく、おみくじの言葉の通り「今という永遠」に閉じ込められたのだろう。周りが静かになる(冒頭の騒がしい祭りの描写とは対照的に周りの会話が聞こえなくなる)という事象は、話すという行為は、時間の流れが必要な、通時的なものであり、時間の止まった世界では会話がないという解釈だろうか。
この閉じ込められた「とことわ」の世界で、甘奈は兎面の双子姉妹に出会う。姉妹の会話の口調から、彼女らは大崎姉妹の生き写しのような存在であることが伺える。
兎面の姉妹に映し出されているのは、このコミュでひたすら引き裂かれてきた大崎姉妹の関係であり、それは今まで(特にWINGで)甘奈が「失うのが怖い」と心に抱えてきた、「とことわ」に願ったことのある関係であろう。
兎面の少女の例から、Pが出会った狐面の少年はおそらく、心のどこかで「とことわ」への願いもある、迷いあるP自身だと考えられる。
またアイドル達の中でも甘奈だけが自身の分身のような存在と出会ったということは――多少メタ読みだが――越境の交流の裏で、やはり甘奈と(甘奈から見た)大崎姉妹の関係に暗にフォーカスが当てられていたと言えるだろう。
5:甘奈と兎面の少女
狐面の少年に尋ねられて、Pは自身の仕事を回想する。少年がPの分身だとすれば、それは自分で自分に聞くことであり、ある種の内省であるように思える。その中で「とことわ」を願う思いを垣間見た後、少年は立ち止まってしまう。そして少年は言う。
この台詞は、ファン感謝祭での、甘奈の、変わりたくないという思いにとても似ている。
ただし、上の台詞はファン感謝祭のときの甘奈であって、ファン感謝祭を既に経た、このコミュ現在の甘奈は「かなえ」のおみくじを選んでいた。甘奈は兎面の少女に「かなえ」を選んだ理由を聞かれる。その解答の後、兎面の少女は消え去ってしまう。
甘奈のこの解答は、愛依に聞かれたときとは一見違う回答のように見える。愛依には「愛依ちゃんとおそろいにしたかった」と答えていた。だが、個人的には一貫した解答だと思っている。あくまで兎面の少女への解答は「なぜ愛依とおそろいにしたかったのか」と、より深掘りしたときの解答だろう。
この空間では第三者との会話は基本できない。Pや甘奈がそれぞれ少年や少女と会話できたのは、会話のように見えて、その実、自分自身との対話だったように見える。そして、実際、甘奈は語尾の「かも……?」からして、愛依に合わせた理由を自分でもよくわかっていなかった状態だったことが伺える。それを言語化できたことによって、兎面の少女は夜に消えたのではないだろうか。
6:「とことわ」の世界から、花火の音の鳴る方へ
甘奈は兎面の少女と決別した一方で、Pは駄々をこねる狐面の少年に付き添い、この場所に留まることに同意する。この状態から抜け出すには何が必要なのであろうか。
先も上げたが、アルストロメリアのファン感謝祭では、甘奈も似たような状態に陥っていた。
この状況の打開のきっかけとなったのは、Pへの相談であり、Pは不安への対処法として、甘奈に「(不安を)考えるというより受け入れる」こと、「安心できるもの」や「大好きなものや大事なもので心を満たす」ことを述べたうえで、甜花や千雪さんらの存在を仄めかす。甘奈は彼女らに内心を打ち明けることを決める。
そして、甜花や千雪へ打ち明けた後、変わって行こうともしている甜花らから、みんなが前向きに取り組めるテーマにしたいという申し出があり、ファン感謝祭のテーマを変更することになる。テーマは「ハッピーエンド」から「私たちの未来」へと変更になった。甘奈は言う。「甘奈の未来はまだちょっと怖いけど、アルストロメリアの未来なら……信じられる」
『ロング・ログ・エンドロール』に話を戻そう。Pは狐面の少年のそばに佇む。「かなえ」のおみくじには「探しもの、探し人は、かならず見つかる きっと音の鳴る方にいる」と書いてあった。少年と話している際に、PはPを呼ぶアイドルたちの声を聞き、彼女らは怖くないと動き出そうとする。
そして、Pは果穂たちと合流し「とことわ」の世界から抜け出す。抜け出したタイミングから、花火の打ちあがる音が聞こえ始める。
かつてPは甘奈に「安心できるもの」や「大好きなものや大事なもので心を満たす」ことをアドバイスした。大事なもの、それはPにとってはアイドルたちである――ここをお読みの方は担当のアイドルがいらっしゃるのではないだろうか。Pの「とことわ」からの脱出劇にはある想いが込めらているように思う。かつて甘奈が千雪さんや甜花に手を引かれ、「変わって行くのは怖くない、アルストロメリアの未来なら信じれる」と踏み出せたように、Pもアイドルたちとの未来を信じ、踏み出せますように、と。
7:アルストロメリア
1つの花に複数の花言葉があるように、アルストロメリアの花にも複数の花言葉がある。しかし、シャニマスはその中でも特にある言葉を指定している。
永遠と刹那のそれぞれの象徴として示される岩と花。未来に散り行く運命であるのにも関わらず、その花には「未来への憧れ」という花言葉がついている。なぜユニット名として、他の花ではなく、アルストロメリアが選ばれたのだろうか。その命名にはどのような想いがあるのだろうか。
『ロング・ログ・エンドロール』のテーマは「アルストロメリア」命名への原点回帰およびその普遍化(甘奈たちの話からPの話への移行)であるように見える。
アイマスでは、Pは(ゲーム内の)プロデューサーを指すと同時に、時に(ゲームをしている)Playerをメタファー的に/メタ的に指しているように感じられることがある。アルストロメリアのファン感謝祭はアルストロメリアの内側、特に甘奈の内面を中心とする話だったが、『ロング・ログ・エンドロール』はその対象をアルストロメリアの外側(P=プロデューサー=Player)へ向け変えた話だろう。
8:変わってゆくもの。変わらないもの
『ロング・ログ・エンドロール』という題名は他の方が指摘しているように、4thライブの果穂の手紙から発想を得たと思われる。コミュのSSRも果穂だったし。
ただ私はこの「エンド」には「ハッピーエンド」も掛かっているのではないかと思う。それはかつてアルストロメリアのファン感謝祭にて当初立てられたテーマであり、甘奈の心が引っ掛かって「とことわ」に潜るきっかけとなった言葉。『ロング・ログ・エンドロール』では甘奈は変わって行くことをもう肯定できるようになっており、「ハッピーエンド」の先を歩けるようになっている。
「PANOR@MA WING 05」では、アルストロメリアの曲風ががらっと変わった。コミュ『Your/My Love Letter』に対応する楽曲が『Anniversary』であるとすれば、『ロング・ログ・エンドロール』に対応するものはこの「PANOR@MA WING 05」での変化ではないだろうか。
また昨今のシャニマスのPR活動からは、シャニマスが本来持っている自身の領域/立ち位置を超えて、裾野をとても広げようとしていることを感じる。例えば、先日シャニマスと環境省とのコラボが発表された。他明らかに空気感が違うトレーディングカード化など……。
一見がむしゃらに舵を取っているように感じられるが、『ロング・ログ・エンドロール』を読んで思うのは、このようなPR活動の裏にある意図は、アイドル達を通じて、アイドルを信じるPたちを「とことわ」の世界から、自分の枠を超えて、変わりゆくことのできる未来へと導こうとしているのではないだろうか。そう感じるようになった。変わってゆくことは怖くないよ、と。環境庁は導くいい方向だと思うけど、個人的にやっぱり空気が違うトレーディングカードはなぁ……と思うけど。
シャニマスも変わりゆく。とはいえ、すべてが変わってゆくわけではなく、中には変わらないものもある。「アルストロメリア」という命名に込められた想いはきっと変わらない。個人的にはファン感謝祭よりも――岩と花の対比から――「アルストロメリア」の命名に込められた想いをより強く感じられたコミュだったように思う。
EX:結華とPの「とことわ」と花火
岩と花の対比などはもう少し前面に出しても良かった気がするが、おそらく越境コミュにも関わらず、アルストロメリアのコミュ感が前面に出てしまうのを忌避したのだろう。そのため、あくまでその読み方ができる、ぐらいになっている。この考察もあくまで一つの読み方でしかないのであしからず。実際、私が最初に連想したのはアルストロメリアではなく、登場人物の一人である結華のコミュ群だった。蛇足的なので、思い出した場面だけ簡単に。
※以下結華コミュのネタバレがあります。
【♡コメディ】
『ロング・ログ・エンドロール』では「とことわ」の世界から帰ってきた際に花火が打ち上げられる。花火と言えば、結華では【♡コメディ】を思い出す。
【く ら く ら】
【♡コメディ】の花火の場面には、対となる題名の、過去のコミュがある。
【く ら く ら】で特に印象に残っているのは線香花火の場面で、Pは「ちょっとでも長く遊んでいたいから、大事に使ってほしい」と言い、二人で線香花火をする。その場面は直接は描かれないが、甘い「とことわ」の時間だったであろうことは想像できる。
実は結華の次のPコミュ【雨に祝福】で、この関係は別れを迎えており(「楽しいけど、もうお別れ」)、そののちに【♡コメディ】に至る流れになっている。それは「とことわ」から上がって、花火に至る物語であった。
アルストロメリアの「PANOR@MA WING 05」は、変わる様を見せてくれているけど、楽曲の歌詞が結華とPが既に上がった、愛の享楽のうたかたに沈めようとしているのが気になるんだよな……。
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