【プレゼン・フォー・ユー!】冬優子はフライトに決して間に合わない
シャニマスの越境コミュと言えば、豊潤なメタファーを用いて、文学的に心的なものを表現する類の作品――代表としては『明るい部屋』――が思い浮かぶ。その中でも、最初に実装された、その類の作品は『きよしこの夜 プレゼン・フォー・ユー!』だろう。
迷える者である天井社長。彼の苦い過去と、アイドルたちのマラソンリレーの現在が混線し、過去にプレゼントを拒絶された天井社長の元に、現在のサンタとしてアイドルたちがプレゼントを届ける。そして、天井社長に幽霊の呪縛から解き放たれる希望が見えてくる。この中で、Pとアイドルの関係性や、アイドルとしての有り様について文学的に言及される。
解釈に開かれた作品であるものの、走りの作品であるため、あまり考察等はされていないように見える。実装はもう3年前(2022年現在)であるが、3年前の幽霊を見通してみよう。まずベースとなる、断片的に語られた社長の過去を簡単にまとめた後、シナリオのヒントを2点見ていこう。
1:天井社長の過去
天井社長は昔――他のコミュの話から見ても――かなり強引なプロデュース方針を用いていたことが伺える。アイドル本人の意向に耳を傾けることはなく、天井が掲示する”売れる”アイドルに最短で仕立て上げる。この越境コミュでは、社長と元担当アイドルとの出来事が掲示されており、彼の方針は(アイドルが)『靴に合わせること』だとメタファー的に言及される。
※この元担当アイドルは現時点では名前を推測はできるが、社長が複数担当したうちの一人かもしれないため、以降も「元担当アイドル」と呼称する。
物語はクリスマス当日。元担当アイドルが海外出張に出る予定だったが、アイドルは空港に現れなかった模様が伺える。社長は車内電話で第三者を介して状況を確認するが、どうも(社長が贈った)プレゼントを落として探していると言う。社長は一蹴し、空港脇の神社(鳥居)に18時に来るように元担当アイドルに求める。しかし、18時に現れることはなく、日も暮れたころに元担当アイドルは神社にやってくる。
元担当アイドルは社長からのプレゼントである”靴”を一度捨てたが、そのままにしておくことができずに、返却しに来たという。今までそうしてきたようにお前なら合わせられるはずだという社長に対し、彼女はもう『靴に合わせること』はできないと泣き崩れる。決別の時である。
この出来事を通して、社長は「何が正解だったのか」という問いを抱えていくことになる。
ここでの会話で押さえておきたい違和感は、プレゼントを河原に(一度)捨てたということを社長が知っていることだ。車内での電話では「プレゼントを落とした」としか聞いていなかったはずなのに、である。
2:時間の混線のあらわれ
このコミュでは時間の混線が見られる。まず現在の無線に、過去の社長の車内通話が断片的に流れてくる。物語はこの混線を元にあさひがサンタを会おうとすることから始まるのだが……。シナリオにおいて、この”無線の音”のあらわれは時間の混線があったことを示す兆候と言っていいだろう。
過去の社長の車内通話や、過去の回想に入るときを除いて、3回ほど特徴的なタイミングで”無線の音”が鳴っている。
チーム一番星が河原でプレゼントを落とした後
神社であさひが社長と別れた後
コミュの冒頭。めぐるの中継チームへの呼びかけ
3:チャールズ・ディケンズ『クリスマス・キャロル』
過去、現在、未来を見せる幽霊の話。冒頭での”スクルージ翁”への言及からして、このコミュの社長の話はチャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』をベースとしていることが示される。簡単にあらすじを述べると、冷酷無慈悲のスクルージ翁がクリスマス・イヴに幽霊に出会い、過去・現在・未来の旅をした結果、改心をするという話だ。
ここからは現在の話を見ていこう。話のラインは2つある。社長と冬優子の話。まず社長から見ていこう。
4:社長の出会った幽霊、あさひたちの出会った幽霊
サンタへ落とし物を届けるべく、あさひたちは空港脇の鳥居(神社)に向かう。18時前に到着したが、その際に思いかけない人物と出会う。それが天井社長だった。
なぜここにいるのか。それを聞いても、天井社長は煮え切らない返事をする。その回答はまるで元担当アイドルを待っていた時の状況のようである。
また去り際にクリスマスの幽霊に対して悪態をつく姿が見られる。そんな話は一切していないのに関わらず、ひとりでに。
上で述べたようにこのコミュは『クリスマス・キャロル』をベースにしている。その話では冷酷無慈悲のスクルージ翁はクリスマスの幽霊に出会う。つまり、もし社長がクリスマスの幽霊に出会うとするならば、冷酷無慈悲な時期、つまり、現在ではなく強引なプロデュース方針を取っていた過去であるはずだろう。
そしてあさひが去った後、”無線の音”が聞こえるのだ。
ここから推測されるのは――状況証拠からになるが――社長は過去のクリスマスに元担当アイドルを神社で待っていた際に、クリスマスの幽霊に出会った。そして、幽霊に連れられて見せられた未来が、今あさひのいる読者視点の現在であるという状況である。”無線の音”はおそらく元の時代に戻ったのだろう。
一点だけ異議を唱えるとすれば、神社での社長の第一声が、あさひたちを知っているかのような態度だったということだ。ただ幽霊に連れられたのだから、事前に幽霊に状況を教えられたと考えられる。
社長が幽霊に出会っているならば、元担当アイドルとの会話での違和感も解消できる。なぜ車内電話から元担当アイドルに会うまでの間に、プレゼントを河原に捨てたという情報を知っていたのか。待っている間に幽霊に出会ったからだろう。幽霊を通して(当時の現在を見せられて)知ったか、未来であさひたちと邂逅時の10分間ほど間に聞いた話+幽霊からの情報で仕入れることができたと思われる。
神社の邂逅は、社長から見ると幽霊によって未来に連れられ、幽霊みたいなあさひたちに出会い、あさひたちから見ると、過去の社長という幽霊みたいな存在に出会ったという話なのである。
5:サンタからのプレゼント
もし仮に社長はクリスマスの幽霊によって未来に連れられてきたとしたら、幽霊は一体何を社長に見せたかったのだろうか。その答えは18時に現れると言われるサンタに求められる。
コミュの第6話の題名「17:46 PM」。この6話は神社についたタイミングから始まる。そして、もう到着から13分経った、タイムリミットだと摩美々はあさひを急かす。つまり、次の発言がサンタの現れる18時の発言である。
わざわざ『』で示される言葉。この状況は、つまり、18時に現れるサンタとは、過去の社長にプレゼントを届ける、あさひたちだったと見える。ここでのプレゼントは『みんな待っている』『サンタが来たら、プレゼントはわたしたちが持ってるって伝えてほしいっす!』という言葉である。この言葉は、元担当アイドルと破局した状況に対して「何が正解だったのか」を思い悩む社長への(神託的な)答えであると言えるだろう。
過去の社長は、元担当アイドルとの一件の後、283プロを再出発させたと言う。それは、おそらく『みんな待っている』という(曖昧な)言葉を導きにして、ではないだろうか。
この社長の問い(「Pとアイドルの関係性は何が正解だったのか」)への答えは、冬優子側の話で示される。冬優子側の話をしよう。
6:神社から空港までの長すぎる激走
神社での邂逅後、あさひたち(チーム まりあ)は18時に神社を出発し、橋で冬優子たち(チーム ヘルメス)にプレゼントを渡す。そして、冬優子たちは空港を目指し激走する。しかしながら、19時の搭乗に間に合わず、Pは荷物検査口に消える。
実はプレゼントリレーのルートは有志によって特定されており、神社からは「大師稲荷神社 ⇒ 大師橋 ⇒ 羽田空港」というルートだと言われている。しかし、歩く速度が4~5km/h 軽いジョギングで6~8km/hという点を踏まえると、(信号等もあるだろうが)間に合わなかったことにかなりの違和感がある。
また作中でも神社を出た時点で予定より3分ビハインドだとしても、元々めぐるも「絶対無理なタイム(の予定)じゃない」と事前に言っており、冬優子たちの、妥協しなかった激走の姿からも、より一層間に合わなかった理由が釈然としないのである。
空港に至る第六区間、ここにクリスマスの幽霊の力、言葉の力が働いているように思える。
7:現在と過去の重なりからのメタファーの流れ
クリスマスの幽霊によって、現在と過去は重ね合わされている。それは神社での邂逅の副作用と言ったところだろう。過去と現在の状況を整理しよう。
過去。アイドル(元担当アイドル)が海外行きのフライトに間に合うということは、社長の『靴に合わせた』ということを意味する。また海外に行くという表現自体も、見慣れた土地を離れ、見知らぬ土地の文化に自分を合わせると言える。それは『靴に合わせる』とも言えるだろう。
現在。アイドル達(冬優子たち)は海外ロケのためにフライトに間に合わせようと激走している。
『アイドルたち(チームヘルメス)がフライト、引いては海外への切符に間に合う』という出来事は、過去と現在を重ね合わせると、メタファー的に『靴に合わせる』ということと同義なってしまうのだ。
8:ゼノンのパラドックス、冬優子のパラドックス
チームうさちよかめのVTRでは、ゼノンのパラドックスを扱っていた。
ゼノンのパラドックスは誰でも耳にしたことがあるだろう。「アキレスは亀に追いつかない」「放たれた矢は的に当たらない」。ゼノンさんも真面目にこの空間のことを考えていたわけではなく、あくまで頭だけで考えると変なことが起こるよねという(頭でっかちへの)反証のために例示したものだ。私たちも面白いと思うけど、実際には起こるわけがないと思っている。しかし実はこの「なぜか追いつけない」という状況に私たちは出会うことはある。それは夢の中や(物語での)心的な表現でである。つまり、心の中の世界では起こりうるものなのだ。
最初に言ったことだ。『きよしこの夜 プレゼン・フォー・ユー!』は豊潤なメタファーを用いて、文学的に心的なものを表現する類の作品の走りだと。橋から空港までの第六区間で起きた出来事、それはゼノンのパラドックスならぬ、冬優子のパラドックスである。
冬優子の人物像については、ここを読んでいる方ならご存じだろう。アイドルとしては「ふゆ」という仮面を被り、あくまで冬優子としての内心は他人にはおいそれとは見せない。つまり、「ふゆ」は『靴に合わせた』姿だと言える。
橋から空港までの第六区間で起こったことを見ていこう。
まず第六区間を走ったチームヘルメス(咲耶、めぐる、樹里、冬優子)について。この人選は(シナリオを踏まえると)かなり分かりやすい。一言で言うと、アイドルとして『靴に合わせる』というよりも、人として『靴に合わせる』ことを無意識的にしてしまうタイプを集めていると言える。つまるところ、冬優子以外に(今事象に対しての)ストッパーはいないチームだ。
※またチーム名も他のチームと比べるとあまりにも(意味が)重く、由来の分かりにくいチーム名である。邪推してしまうと、このシナリオのために、空港までの第六区間を走らせるために、まずこの越境チームが組まれたのではないかとさえ思える。
第六区間を出発してすぐ、ヘルメスのメンバーは露骨に冬優子を姫(ふゆ)扱いしようとしてくる。また姫(ふゆ)らしく、休めばいいじゃないかと提案さえしてくる。また冬優子自身、メイクも落ちてきた”こんな顔”を晒してまで(走らないといけないのか)……と半ば折れそうになるが、もう何も考えられない極限状態において、「大丈夫……走れ……るから………っ」と発し、「ふゆ」として振る舞うことを忘れて、ただ心の赴くままに、走り続ける。
冬優子のパラドックス。つまり、『フライトに間に合うこと』=『靴に合わせること』である以上、冬優子が「ふゆ」ではなく、冬優子らしく走り続けるならば、(靴に合わせないのだから)フライトに間に合うことはない。冬優子は決してPにたどり着けないのである。逆に言えば、もし冬優子が「ふゆ」らしく諦めていれば、きっとフライトに間に合っただろう。このことはPが動いた後に、空港にたどり着いた際にも言及されている。
ここで一点謎を解こう。コミュ冒頭にある、めぐるから中継チームへの呼びかけ時の”無線の音”である。おそらくこの第六区間を走っている最中にめぐるから発せられた言葉であると考えられる。
ゼノンのパラドックス。アキレスが亀に近づけば近づくほど、客観的に第三者から見て何が起こっているのか。「亀が前に出る。その間にアキレスが前に出る。アキレスが前に出る間に亀も動き、また前に出る。そしてアキレスもまた……」と無限に表現される文章。この文章を実際に再現して、第三者から見るとどうなっているのか。結論から言うと、アキレスが亀に近づけば近づくほど時間が遅くなり、追いつく極限では時間がほぼ止まるのである。一度数学的にグラフを書いてみると良い。時間が止まると追いつけなくなるのは当然だ。
チーム ヘルメスは冬優子のパラドックスに遭遇し、Pに近づこうと走り続ける限り、時間が遅くなり、極限では時間がほぼ止まった空間にいたのだろう。それは現在とは違う時間軸にいるとも言える。だからその声が現在に聞こえた時、”無線の音”が聞こえたのだ。
そして時間が(ほぼ)止まっている空間からの声だから、挿入される場所はコミュの最初であるという理屈だろう。
9:「プレゼン」から「プレゼント」へ
冬優子のパラドックスが起こった第六区間。ここで(文学的に)表現されているのは「ふゆ」も大事だけど、冬優子も大事にするという、冬優子の肯定である。また、”こんな顔”は「いい顔」だと言及される。
そして、冬優子たちが空港にたどり着いた後、アイキャッチが「プレゼン」から「プレゼント」に変わる。
「プレゼン」。それは人に見せるための私の顔である。つまり『靴に合わせる』ことである。それでは「プレゼント」とは何か。それはきっと私の核となる何かである。「ふゆ」側にはなく、冬優子側にある何かである。プレゼントと形容するのは、それは神様から与えられた一人一人のギフトという意味合いもあるだろう。この「プレゼント」の性質としては、既に走り出しているものであり、チーム青春ジャージのVTRが一番ぽさがある。
そして、このコミュにおいて、アイドルたちがリレーで運ぶのは(本来)19個のプレゼント+プレゼン資料である。1つ1つのプレゼントは一人一人のアイドルの、核となる何かを表したものとも捉えられるだろう。
そう考えると、もう1つの謎、河原でプレゼントが増えた(ように見えた)ときの”無線の音”も解釈できる。元担当アイドルが河原に(一度)捨てたというプレゼント。それは元担当アイドルのプレゼントである。そしてそれが現在のプレゼントとあの”無線の音”のタイミングで(中身が)入れ替わったのではないかと思われる。そして、あさひたちがそのプレゼントを持っている状態になった。そして、あさひサンタは18時に言っていた。
『プレゼントはわたしたちが持っている』
元担当アイドルとの関係で、何が正解だったのかと悩んだ天井社長。Pとアイドルの関係性への(シャニマスの)答えは、(アイドルのあるべき姿は)『プレゼンではなく、プレゼントである』だろう。そして、プレゼントが花咲くために(Pは)『みんな待ってる』。例えば「ふゆ」ではなく冬優子として動き出せるように。それは、一人一人を”売れる”理想的なアイドルとして育てることではなく、それぞれの内側から湧き上がってくるものを核として成熟していくことを見守り続けること、とも言えるだろう。
※この「みんな」には19人が困っているかもしれないサンタを助けることを自主的に選択した際の心の動きも含まれるような気がするが、私は解釈しきれていない。
10:プロデューサー
最後に社長の話に戻ろう。答えが見つかったのかと毎年問い詰めてくる過去の幽霊に対して、社長はもう脅かされるのは今年で最後かもしれないと述べる。そして、空(飛行機)にいるPのことを念頭にして、答えが見つかりそうだと言う。社長にとってもPは『プレゼンではなく、プレゼント』を大事にする方針の象徴なのだろう。
以上だ。
メリークリスマス、クリスマスの幽霊。
良い作品をありがとう。成仏しろよ。
――2022年12月24日
蛇足:『サマー・ミーツ・ワンダーランド』が本当の走りじゃないか?
『きよしこの夜 プレゼン・フォー・ユー!』が走りと言ったが、同じように不思議なことが現実的な世界観の中で起こる作品としては『サマー・ミーツ・ワンダーランド』が確かに先にある。『サマー・ミーツ・ワンダーランド』もおそらくメタファーを読み解けば、何か見つかるかもしれない。しかし、ただ不思議なことがアイドルたちに起こっただけで、その話の中に何かを見つけ出そうと(解釈しようと)する力を呼び起こすには至らなかった作品だなという印象があり、そういう力を伴った作品としては『きよしこの夜 プレゼン・フォー・ユー!』が走りだと私は思っている。
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