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古文は何を学ぶ科目なのか(教科書のねらいを俯瞰する)

 以前、教科書の「目次」を考えるというテーマで、国語総合の教科書から現代文の発問を全て取り出して分類してみました。今回は、古文について考えてみたいと思います。

 「古典を学ぶことに何の意味があるのか」という問いは、国語の教員なら誰しも一度は投げかけられたことのある問いだと思います。私も、生徒から申し訳なさそうに「古典って何を学ぶ科目なんですか」と聞かれたことがあります。試験前の放課後、「だって意味ないじゃんこんなんー」と本音(弱音?)を吐かれたこともあります。

 最近、Yahoo知恵袋で「古文・漢文は何のために学ぶんですか」「やる意味がない」といった類の質問が膨大な数あることを知って、興味本位でいろんな質問を巡ってみました。するとほとんどの質問において、質問者と回答者のやりとりが噛み合っていないことに気づきました。
 おそらく、質問者は(当時)現役の高校生です。それは質問者の多くが「英語のほうが役に立つ、古文は使う人がいない」とか、「日本の文化を教えたいなら現代語訳でいい・歴史でいい」といった視点に立っていることからも推察されます。
 それに対して回答者は「教える側」、「学び終えた側」「できる側」から答えているものが多い印象でした。個別には取り上げませんが、そこには「教養」や「感性」「心情」といった単語が目につきます。
 両者には大きな論点のズレがあります。質問者と回答者の立場(=視点)が違うのです。これでは解決しそうにありません。学ぶ意義を見出せない側が、なぜそのような思考に至ったかを観察する必要があるはずです。

 とはいえ、おそらく長い歴史を持っていそうな議論です。ここで私が自論を展開しても不毛ですので、この記事では、古文は何を学ぶ科目だと「されているか」を整理して、無限に繰り返される議論の前提を整理してみようと思います。
 それには、「学習指導要領」という便利なアイテムがあるのですが、それはやはり指導要領ですので、教員(教える側)が納得(理解)して終わるだけ、になってしまいそうです。高校生の質問に答えようと思うと、高校生にわかる資料、あるいは手元にある資料に当たる必要があるのではないでしょうか。

 そこで、やはり教科書を使ってみようと思います。今回は手元にある東京書籍の『精選古典B新版』(古B330)をその手がかりとします。というのも、この教科書の単元扉には、各単元で学習する主な目標が示されています。それらを見ることで、生徒にも示されている古文の目標を確認する事ができます。教科書は、古典は何を学ぶ科目だと示しているのか
 ということで、古典の教科書の古文編に示されている全ての単元から学習目標を抽出し、分類してみました。
 ※論点を絞る為に、この記事では分析対象を「古典」とはせず、「古文」とします。よって漢文の単元目標も抜粋してはみましたが、これについては別の機会に譲ります。

 他の出版社のものもそうですが、古典の教科書は古文編と漢文編に分かれ(分冊の場合もあります)、さらにそれぞれ第Ⅰ部、第Ⅱ部の大きく二つに分かれています。多くの学校では、この第Ⅰ部、第Ⅱ部を2年次と3年次とで分けて扱います(学年をまたいでの教材の重複を防ぐ効果もあります)。
 全体で単元は19を数えました。それぞれに2つの学習目標が示されており、合計すると38です。これらを抽出して並べ、それぞれの学習目標が「何をしようとしているか」という視点でみてみると、大きく4つに分類できるのではないか、と思いました。それぞれ、例をあげながら紹介します。またあとでお断りしますが、例数は目安にしてください。

1 内容を読み取るもの(12例)

 何が書いてあるのかを読み取ることが目標のものです。古文ですから当然といえば当然ですが、例えば次のようなものがあります。

・古文に慣れ、本文を正確に読み取る。(第Ⅰ部 1 説話1)
・内容を的確に読み取り、登場人物の行動や心情を捉える。(第Ⅰ部 7 物語2)

 ただ読むのではなく、「正確に」「的確に」といった文言のつくものが多く見えます。また歌論や評論では「論旨を的確に捉える」と、「論旨」という言葉があることも注目されます。教科書の後半になるにつれて、「登場人物の行動や心情」「情景や心情」など、どの部分に着目して読むかを具体的にしているものが増えます。
 教室のレベルで具体化すれば、「文法」「読解」という言葉が指すものの多くはこれに当てはまると考えられます。

2 古文の特色や特質を知る・理解するもの(10例)

 古き時代のことを知る、端的に言えば自国の文化的教養につながるものです。具体的には言葉の変遷、表現の構成、作品のジャンルの特質について述べたものがこれにあたります。

・関心を持った事柄について調べ、古典や日本の文化について考察する(第Ⅰ部 7 物語2)
・言葉の変遷という観点から古語と現代語を比較し、国語の特質について考える。(第Ⅰ部 5 随筆2)
・中古・中世の文章との違いを考えながら、近世の文章の特色を知る。(第Ⅰ部 9 近世の文章)

 全体にわたって「特色」「特質」という言葉が多く見えます。古文教材を通じて析出される特色や特質を知り、考え、また考察することが目標として示されています。概ね「言語文化」に該当するものがこれだと言えます。

3 古人の価値観を知るもの(10例)

 「先人の生き方に触れる」とか、「異なる時代を生きた人々の考え方を知る」といったものがこれに該当します。古文を通じた他者理解を目指すものだといえます。

・随筆を読み、自然や人間に対する古人の優れた感性に触れる。(第Ⅰ部 3 随筆1)
・日記に表れている作者のものの見方や感じ方、考え方を理解する。(第Ⅰ部 6 日記1)
・評論に現れている古人のものの見方や感じ方、考え方を理解する。(第Ⅱ部 6 評論2)

2であげたものもそうでしたが、学習が進むに連れて「触れる」→「理解する」→「考察する」と、思考レベルがあがっていきます。

4 味わう(4例)

 ・説話を読み、展開や内容のおもしろさを味わう。(第Ⅰ部 1 説話1)

 よく耳にする「味わう」ですが、単元目標としては思ったよりも少ないことに驚きました。それも、各ジャンルの文章に初めて触れるときの、最初の目標として掲げられている程度で、同じジャンルで繰り返し登場することはありません(例えば詩歌であっても1度だけの登場です)。また後述するように他の目標と合わせて示されているものもあります。
 ※「味わう」という表現については、別の記事で取り上げようと思っています。

応用 学びをメタ認知するもの(2例)

 ここまでで36例です。残り2例はというと、教科書の最後の単元「古典の注釈」が教材として古注釈を載せ、次のような目標を示していました。

・複数の注釈の内容を的確に捉え、古典を解釈するということについて考察を深める。
・古典がどのように受け継がれてきたのかを知り、古典に対する理解を深める。
(第Ⅱ部 10 古典の注釈)

 これは、これまでの高校古典で学習してきたこと全体をまとめ、学びをメタ認知する目標です。他の目標とは質的に異なるので、応用として別に数えました。

 ただ、38の学習目標は、やや強引に分類したことを断っておかなければなりません。実際に教科書を開くとわかる通り、目標によっては複数の種類にまたがるものがあります。

 ・詩歌の韻律や技巧を理解するとともに、優れた表現を味わう(第Ⅰ部 8 詩歌)

 これは「味わう」ことを目標とする中で、「詩歌の韻律や技巧を理解する」こともあげられていますから、4だけではなく2にも当てはまるはずです。数を問題にするものではないため、今回は分類を強引に単純化しましたが、目標の中身を区切って考えれば延べ数はもっと多くなるはずです。
※個人的には、高校生に示す学習目標に役所の文書や指導要領のような文章作法を使っていることには違和感を覚えます。

多くの気づき、新たな疑問

 「古文は何を学ぶ科目だとされているのか」という疑問から出発して教科書の各単元に示された目標を見てきたわけですが、その過程で本当にたくさんのことを思考しました。気づいたこと、新たに生まれた疑問は山ほどあります。

・古人のものの見方・考え方等は「触れる」から「理解する」というステップを踏んでいる。
・単元によっては作品を賞賛することが前提となっているように見える目標があった(国語の先生なら、作品が何かすぐに思い当たるでしょう)。

・作品の、古典における位置付けや普遍的価値について考察する。(第Ⅱ部 3 物語3)

・各ジャンルの初めての単元に「読む」目標が示され、あとは他の目標が続くことが多い。ということは、「読む」力は作品のジャンルごとに習得するものと位置づけているのか?
「味わう」とは何か?
・「古人の価値観に触れる」「味わう」といった目標は、どのようにして評価するのか?あるいはしてきたか?
・「古人の価値観に触れる」「味わう」といった目標が、大学受験科目としての「古文」ではどのように反映されているのか?(これは生徒によっては古文を学ぶ意味と大きく関わる)
・実際の教室では、これら4種類の目標がどのようなバランスで指導されているか?(べき論ではない)
漢文ではまた違った表現が見える(「言語感覚や想像力を豊かにする」など)。

 何より、自分がこれまで教材にばかり気を取られ、教える側の人間として教科書全体を丁寧に読み込めていなかったことに気づきました。これが一番の収穫です。単元ごとに目標を確認はしますが、全体で通したことはありませんでした。
 振り返ってみると、おそらく実際の授業では「読む」か「特色や特質を知る」に内容が偏っています。古人の価値観を知ることでの「他者理解」は、まだまだ扱いきれていません。「味わう」に関しては、それがどういうことなのか説明することさえ難しく思います。

 今回取り上げたのは一つの教科書だけです。また1年次の国語総合で学ぶ古文ではどのような学習目標が示されているかは見ていません。しかしここまででひとまず、2年次以降で学ぶ古文では何を学ぶことと「示されている」かについて、生徒の手元にある教科書から整理するところまでは来ました。

 ここから「習う意味」や「学ぶ意義」を析出できるでしょうか。生徒と考えてみるのも面白いかもしれません。
 漠然と「習う意味」「学ぶ意義」を問うよりも、問題を整理して思考を積み重ねるための視点の一つとなればと思います。

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