ホームレス、トーマス・ヴァンスの軌跡 a story of Thomas / 最終回
最終回によせて
ここまでの記事を私は、当時スタッフ・カメラマンとして勤めていたニューヨークの新聞、「YOMIURI AMERICA」の紙上で何回かに分けてレポートしました。そして結びに・・・
トーマスとケンドラは歩き始めた。
ゆっくりと、でも着実に。
こう締めくくってペンを置いた時、爽やかな気持ちに満たされたのを今でもよく覚えています。1992年の暮れのことです。トーマスのアパートの屋上から見た市井の人々が住むハーレムの町、冬の香りいっぱいの冷たい空気、ファインダー越しにつつましく微笑む父と娘。私にとってそれは、18年ほどの記者生活の中でも、とりわけ幸せなひと時でした。
2004年。その新聞社がアメリカでの業務を切り上げた時、私は失職します。考えた末、選んだのはフリーランスの道でした。もともとビジネスセンスの乏しい私。そんな私が今まで生きてこれたのは、数えきれないほどの支えや助け、そして友からの愛ある親切があったからです。
フリーになって数年後の、まだまだ足元の定まらない時期。そんなある日、晴天のへきれきのように、本の出版の話が降ってきました。ニューヨークで活躍する、翻訳や通訳もこなすライターの鈴木智草さんからのオファーでした。彼女がペンを担当し、私はカメラを担当するとのこと。ありがたいことに鈴木さんは、ニューヨークのコミュニティー紙で細々と写真を発表していた私に目を留め、声をかけてくれました。
ニューヨークのストリート歩きの楽しさを伝えるガイドブックの企画でした。二人で、紹介する地区を選別し、歩いて取材を始めました。本は横長のレイアウトで、私は、取材するストリートを横に5メートルずつ移動しながら撮影します。そして東京のデザイナーさんが、それをパノラマ仕立てに繋ぎ合わせるという構成でした。この理由で、一枚一枚の写真には時間差が生じ、それが、ストリートで出会える物語を垣間見る仕掛けになっていたのです。
取材、編集、撮影のやり直しなど、とても楽しい3か月でした。そのようにして、「ニューヨークのおさんぽ」(竹書房刊)は、出版を迎えることになりました。その後、同じ出版社からもう1冊、今度は私が撮りためてきた街角のコドモたちの写真をまとめた本を出させていただきました。ニューヨークの街を、そこにどんなコドモたちが暮らしているかという切り口で、日本の皆さんに紹介したいと思ったのです。
悩んだのは、最終章でした。本全体を貫くテーマが読者に伝わるような結びにしたかった・・・。しばらくすると、トーマスとケンドラのことが自然に頭の中に浮かんで来ました。彼らの人生の軌跡を最終章で再び、一気に紹介するのはどうだろう・・・。
いいかも知れない・・・。
そして、ふと思いました・・・。
・・・あの二人は、どうしているだろう・・・。
あれから15年も経っている・・・。
トーマスとケンドラは元気だろうか・・・。
訪ねてみようか・・・。
最終章
ケンドラ
わたしはケンドラ・ヴァンスです。今17歳。高校の最終学年で、来年は大学生になります。よく勉強して、将来の夢は看護師さん。そうやって人々の助けになりたいんです。
今ワタシがこうしていられるのは、お父さんのおかげだということを知っています。父は、ワタシがどのような境遇の下に生まれたのか話してくれました。そのすべてを受け入れることができたのは、やっぱり父ゆえだからだと思います。悲観なんかしません。ワタシにはこんなに素晴らしい父がいるのですから。
父はワタシを見捨てないでいてくれました。いえ、それどころか、ワタシのためにファイトしてくれた。その勇気あるファイトの結果、赤ちゃんの頃からこのアパートに住めて、愛情あふれる支えをいっぱい貰って、今日まで生きてこれました。父がワタシのためにしてくれたすべてに感謝しています。
学校では、ワタシはみんなと少し違っているのかな。このあたりの17歳の女の子は安易に妊娠したりします。そういうことが珍しくありません。
けれどワタシは、今は勉強に打ち込んで、目標に向かって努力したいのです。これもやっぱり父の影響が大きいかな。お父さんを喜ばせたいんです。
父は、挑戦し続けることの大切さを教えてくれました。
いつのまにか、それがワタシのモットーになりました。お父さんがこういう人でなかったら、ワタシもこういう人間ではなかったのですから・・・。ワタシはやっぱり幸せ者です。
△二人を、あの同じ屋上で写した。(2007年、夏の終わり)
エピローグ
そんなことがあるものなのです。
ホームレスとして廃墟に住んでいた人間が、我が子の誕生をきっかけに、もう一度懸命に生きてみようと奮起し、ドラッグを絶ち、職を得、今ではちゃんとしたアパートに暮らし、その子が今年、17歳の美しい若者になっている。こんな夢のような物語が、この街では起こり得るのです。
△ケンドラが自分の部屋に案内してくれた。ピンク色の若者の部屋。壁を撮らせてもらった。(2007年、夏の終わり)
そのようなニューヨークの街が、私は大好きです。この街の人々の、悲しいくらいひたむきな生き方を、素晴らしいと感じてきました。
私がカメラを構える時、その人の人生の糸と私の人生の糸が一瞬、交わります。それだけのことです。それ以上でも、それ以下でもありません。
それなのに、写真は・・・、写真って奴は、いつのまにか "糸の交差" を共有した関係の中で、人生の愛おしい輝きを発光し始めているのです。ある時間を、共に生きた証し として・・・。
終 わ り
△トーマスがスクワッターとして暮らしていた廃墟は、高級アパートに。(写真上:1989年/写真下:2007年)
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