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鉄人の谷 の HEART BEAT


マンハッタン・ブリッジの上を通過する地下鉄の軋んだ金属音に包まれて、ボクは考え始める。今、DUMBOにいる。
薄汚れた銀色の車体から上へ下へと拡散する轟音が、周辺のアパートビルのガラス窓にぶつかって跳ね返り、波打っている。その鉄のパーカッションの響きは意外に安定していて、この街の心臓(ハート)が打ち出す鼓動だと思うのは、ボクだけではないはず。


ここ。
そう、「鉄人の谷」に行くには地下鉄「F」ラインに乗って「YORK STREET」駅で降り、鉄とコンクリートで出来た素材感むき出しのそっけないホームに立ち、長い灰色の地下道を歩かなければならない。
するとボクは、自分が25歳で日本を飛び出し、ニューヨークに渡り、それがいつしか長い旅になってしまったという、人生の不思議さに突如包まれる。
暗闇に消えてゆく銀色の車体に乗った移民たちの多種多様な匂いは (当然ボクもその一部なのだが)、この街の心臓(ハート)が打ち出す鼓動だと思うのは、ボクだけではないはず。






灰色の地下道。
時に遠くからサキソフォンのメロディーが流れ、それが「サマータイム」だった場合のことを夢想する。立ち止まり、気がつけば、この街で生きることの可笑しさは、手の中で光る小さな宝石になっている。
手の中にあるもの。
もちろんお金でも名声でもない、ただ柔らかく蒼い、夢の丸いかけら。
それは卵で、いつか必ず孵化すると信じている。
その手でペンを握り、遠い友に宛てて手紙を書く時の、独りだけど寂しいわけでもないという心境は、この街の心臓(ハート)が打ち出す鼓動と自分の心臓が共鳴した証拠だと思うのは、ボクだけではないはず。


今日、鉄人はどんな顔をしているだろう。
日によって表情を変える鉄人。
1909年産まれの巨大なオブジェは、橋でもありアートでもある。
赤い煉瓦ビルの谷の孤高なダンディーは、包容と拒絶のバランスを保って、青く 蒼く 限りなく天を突いて、そこに在るだろう、きっと。







帰り道。

マンホールの蓋の上に溜まった雨水の中で、鉄人が逆立ちして見送ってくれた。ボクにはそれが、文章の終わりの 「句点」のように見えた。
そんな引き際のさりげなさは、この街の心臓(ハート)が打ち出す鼓動だと思うのは、ボクだけではないはず。





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