昔 所さんの番組で見た ○○さん

ずいぶん前に、所さんのテレビ番組で、ある芸術家の女性が取材されているのを見たことがある。

その番組は、所さんがカードを一枚引いて1文字を選ぶところから始まる。 伏せて並べられたカードには かな文字の1字が書かれ、選ばれた1字から始まる名字(姓)を決定し、その名字の活躍する人を 企画者側がネットで調べて取材する、という内容の番組だ。

突然と偶然がつながって、選ばれたその方は当時70〜80歳くらいのおばあさんだった。彼女は毎日 朝から夕方までずっと絵を描いていた。正確には'ずっと'描き続けると体力がもたないので、「2時間おきに15分ほどの睡眠をとりながら描いています」とおっしゃていた。絵を描く作業場の裏の小さな部屋には簡易用のベッドと、15分をはかるタイマーが置かれていた。

彼女はすでにたくさんの絵を描いているようで、自身の美術館を所有し、その美術館 兼 作業場には埋もれるほどのキャンバスが立て掛けられ、積み重ねてあった。テレビ画面いっぱいに油絵が重なって映し出され、全体に黄色っぽく輝く色彩が波のように押し寄せてきた。

当時のわたしはその番組を見て、彼女の生き方に興奮しつつも、1人の人が生み出す物量に 少し恐怖した。
失礼ながら、彼女が亡くなったあとその絵たちはどうなるのだろう、と余計なお世話なこと考えながら、自分とかけ離れた生活を食い入るように眺めていた。




姉が一人暮らしを始めた時、家族みんなで遊びに行ったことがある。姉は大学を卒業してからもしばらく実家にいて、このまま実家にいるのだろうと思っていたら、突然引っ越したと聞いて驚いた。

引っ越してまもない頃、彼女の新しい部屋に初めて入ったときはもっと驚いた。物が多かった。ふかふかのソファ、柔らかい絨毯、大きな観葉植物、真っ白な書棚。
それらの手に触れるものほとんどが新しかった。
そこはとても豊かで、居心地が良かった。

姉とわたしは真反対の性格だ。姉は買うのも潔いが捨てるのもさっぱりしている。自分は物のパワーに惹かれつつも、捨てることが苦手で、捨てられないから 大きな物を買うときは決断を後回しにしがちである。




たくさんの物はどこからくるのだろう、と小学生みたいなことを考える。誰かの所有物になる前は、商品である。どこかできちんと並べられているものを一つ手にとる。その瞬間 'わたしの物'になる予感が生まれる。
その前は、なんだろう。原料だ。
では原料の前は..、生き物だった物もある。
いや、植物、木、石..。石炭や石油も生き物だった物の堆積物と捉えると、すごく大雑把に「ほとんどは生き物だった」と言える気もしてくる。
だから物があるというパワーは並々ならぬ力を感じるのかもしれない。




所さんの番組に出演されたおばあさんは、今頃どうしてるのだろう、とたまに思い出すことがある。

当たり前だけど、絵は描けば描くほど増えていくし、邪魔なら捨てればいいのである。でもなかなか捨てられない。だって一度捨てれば二度と手に入れることはできない商品である。

わたしは彼女にそっと尊敬の念を抱く。

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