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陣中に生きる—8

九月十一日 曇り ②

善は急げである。
胸をおどらせながら、さっそく自動車を営門へととばす。
着いた!

人影は、見当たらない
柳の巨木がおおいかぶさっていて、重苦しいばかりの静寂であり、不気味なばかりのさびしさである。
いくら探してもいない。
待っても現れない。
もしかしたら、まだ駅かも?

また自動車をとばす。
駅の内外をくまなく探す。
見つからない。
いら立ちがつのる。
また営門へ。
いない⁈

待ったが、現れない。
まちがって裏門へ行ったのかも・・・・・。
いや、落雷事故のときも来ているので、そんなことはありえない。
そう思いながらも、広い兵営の周囲をひた走りに一周した。

汗ダクダクの苦労も、やはりむくいられない。
時間が残り少なくなる。
なおも、あきらめ切れない。
しゃに無二、もう一度駅へ。
車の中から、目を皿にして探しつづける。

駅に着くなり、小走りに探しまわる。
どうしても、見つからない。
時間はいよいよ切迫した。
もはや、あきらめざるをえない。
ガックリとした。


さて出かけようとすると、こんどは自動車がない。
徒歩ではとても間にあわない。
窮余の一策、またしても強引に、見知らぬ応召兵たちの車に割り込ましてもらった。

今は、どうにか間に合ったことで、やれやれと思うばかりである。
ホッとして、三たび営門の前に下り立つ。
と、これはまた、何ということだ!
まことに奇々妙妙、彼はそこにいるではないか。
視線がピタリ・・・・・。
グッとこみ上げてくる。
よろこびともあんどとも言いようがない。

「とにかく会えてよかった!」
「よかった!よかった!」
と、ただただ感謝感激である。

さて出会ってみると、これといって話すことも、言い残すこともない。
話し合ってみると、長野からは同じ汽車だったのに、こんなにも手のこんだ面会になったのである。
相互に、さりげなく、ポツリポツリと話し合った。

しかし心の中には、無量の感慨がわき立ち、うずをまいていた。
男同士なので、むしろ、話題が無くて困るくらいだ。
時間は遠慮なく流れていく。
ギリギリの時刻がきた。
ひと言ご苦労を謝して、切なく別れた。
弟は帰途につき、自分はいよいよ営門をくぐった。


案内された部屋は、十年前の現役当時に、二年間寝起きした思い出深いそれである。
しかし、うち見たところ知らんものばかりだ。
今のところ仕事はない。
この部屋では最古参最上級なので、遠慮も気兼ねもまったく入らない。

寝台にころがって、夢のあとでも追うように、昨日今日のことを思いうかべていた。
と、誰かが呼びに来たという。
思いがけないことであり、珍しいことである。

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