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ラッサムはなぜうま味がないのに美味いのか


はじめに


先日、以下のQAがプチバズを起こしていた。

インド料理のコンテキストでは広く知られているイナダシュンスケ氏が、「ラッサムはうまみ成分※を含む食材の使用量が少ないのに、なぜおいしく感じるのか」という趣旨の質問に回答している質問である。

※うま味成分:食材中に含まれるグルタミン酸やイノシン酸などの化合物で、食べ物の美味しさや旨みを引き出す役割を持つ。めんつゆをかけると全部うまくなるのはこのおかげ

それに対し、イナダシュンスケは以下のような趣旨の回答をしている。

うま味にあたる要素が特に無いのにおいしい料理、というのは南インドの菜食料理にたくさんあります。(中略)ダシ的なうま味がないとおいしくないという感覚は、日本人に特有の錯覚や思い込みのようなものではないか(中略)ダルがかすかなうま味を放出し、ニンニクが放出し、トマトが放出し、という地味な積み重ねで、極々控えめな昆布だし程度のうま味は確保されています。そこにうま味以外のさまざまなフレイヴァーが乗っかって、ラッサムのおいしさが成立しているのです。

さらに、ラッサムの主要なうまみ成分の材料であるトマトなしの「うま味なしラッサム」についても言及されている

ストリクトな料理人はトマト無しで作ります。言うなればこれこそが真のラッサムです。おいしく作るための難易度(と、おいしく味わう難易度)が跳ね上がりますが、ぜひ挑戦してみてください。

このQAを一読して、筆者には以下の疑問点が生まれた。

  1. ラッサムに”うま味がない”のは事実か

  2. うま味なし(=トマトなし)ラッサムは成立するのか

  3. 上記を踏まえ、ラッサムはなぜうまいのか


論点1.ラッサムにうま味がないのは事実か

上記のQAを読んでわかる通り、ラッサムには”トマト”や”にんにく”といったうまみ成分が含まれている。
標準的なレシピで作成するラッサムにはどの程度のうま味成分が含まれていて、それは多いのか、少ないのか?がそもそも気になる点である。

論点2.うま味なし(=トマトなし)ラッサムは成立するのか

上記のQAで示唆されている通り、”真のラッサム”とはトマトを使わないらしい。ほぼうまみ無しのラッサムを成立させるための、最適な食材バランスはなにか?が気になる点である

論点3.上記を踏まえ、ラッサムはなぜ美味いのか

うま味なしラッサムが上手にできたとして、ラッサムの美味しさはなにによって担保されているのだろうか。

本記事は上記の問いに対して筆者なりの検証を行い、検討していくものである。

本記事の構成

ラッサムに明るくない読者がいるであろうこと、またインド料理の常として、レシピがきわめて多様、かつKKD(勘と経験と度胸)に依存しがちであることから、まずは概要並びに標準的なレシピを説明する。

その次に、標準レシピにおけるラッサムのうま味成分含有量と、標準レシピにおける味噌汁のうま味含有量の比較を行うことで、論点1.ラッサムに”うまみがない”のは事実か、の検証を行う。

そして、実際の調理を通じて、論点2.うま味なし(=トマトなし)ラッサムは成立するのか、の検証を行う。(ここまでが”ラッサムはなぜうま味がないのに美味いのか①”)

最後に、うま味なしラッサムから各種の材料を減らしていくことでラッサムを成立させるための最低限の構成要素をさぐり、論点3.上記を踏まえ、ラッサムはなぜ美味いのか、を明らかにしたい。(”ラッサムはなぜうま味がないのに美味いのか②”)

ラッサムの概要ならびに標準的なレシピ

ラッサムとは、南インド発祥(今は南インド以外でも一般的)のスープで、日本においては主にミールスと呼ばれる、南インド風の定食で、そのほかのカレーに交じって供されるスープである。(以下の画像の赤いスープ)

これはミールスではなく軽食セット


ラッサムについてググると、上位にイナダシュンスケ氏の以下の記事が出てくるが、そこでは

「ラッサムって何ですか?」

もしそう質問されたら、とりあえずはこう答えます。

「豆の煮汁にタマリンドやトマト、そしてスパイスを加えた、辛くて酸っぱい南インドのスープです」

と定義されている。

”標準的なレシピ”なるものを定義することは、ことNo Problem Cooking※であるインド料理においては至難の技であるが、南インド料理界のレジェンドと呼ばれている、”ケララの風モーニング”を、いったんは標準レシピとして定義したい。

※No Problem Cooking:料理中にミスって辛くしすぎても「ノープロブレム、私が作りたかったのは激辛料理だったんだ」等のように、料理結果に基づいて料理目的が決まる料理方法のこと

Youtubeの概要欄でも記載がある「作ろう!南インドの定食ミールス」もすばらしい本なので、(No Problem Cookingについても当該書籍に記載あり)ぜひ読んでみてね

材料(上記Youtubeより)

スープ部分

  • トゥールダル(インドの豆) 20g

  • 水 500cc+α

  • トマト(生か缶詰) 100g

  • シャロット/ホムデン/タマネギ 30g

  • ターメリックパウダー 小さじ1/2

  • コリアンダーの茎と根 10g ※香りの強い茎と根を使い、柔らかい葉部分はトッピングや他の料理に使う。

  • 塩 小さじ2

  • ラッサムパウダー 大さじ1

  • タマリンド水(インドの酸っぱい汁) 100cc

  • ヒングパウダー 小さじ1/3

テンパリング部分※

  • 油 大さじ1

  • マスタードシード 小さじ1/2

  • チリホール 5本

  • ニンニク(みじん切り) 1片

  • クミンシード 小さじ1

  • カレーリーフ 10枚

※テンパリング:油でスパイスを炒め、料理に深みと風味を加える技法。ググれば詳しい記事がたくさん出てくるので各自深めてください

ざっくり作り方(Youtubeみてください)

  1. トゥールダルを煮て、豆の汁を作る

  2. トマトや玉ねぎを加えて煮込む

  3. 800gになるように水を加えたのち、スパイスとタマリンド水を足す

  4. スパイスをテンパリングし加える

ポイントは以下二点

  • 仕上がり重量が900g

  • うま味成分を含む材料は、トマト、玉ねぎ、にんにく、豆(?)

概要並びにレシピを把握したところで、論点①の検証をいよいよ開始したい

論点1.ラッサムにうま味がないのは事実か

本章では、標準レシピにおけるラッサムのうま味成分含有量と、標準レシピにおける味噌汁のうま味含有量の比較を行うことで、論点1.ラッサムに”うまみがない”のは事実か、の検証を行う。

まず、結論から言うと、ラッサムに含まれているうま味成分は、味噌汁の1/2以下であり、さらにうま味の相乗効果も限定的であることから、ラッサムにはうま味がないとまでは言えないが、少ないのは事実と結論付けてよいのではないか。

なお、うま味に関する前提知識として、以下の二点はあらかじめ認識の上以下を読み進めていただきたい。

  • うま味成分には有名なものとして、イノシン酸、グルタミン酸、グアニル酸の三種類が存在する

  • それぞれのうま味成分を組み合わせると、うま味の相乗効果が発生し、その効果により、単独のものと比べてうま味の感じ方が7~8倍になる

ラッサムのうま味成分含有量

上記のレシピを踏まえると、ラッサムにおけるうま味成分のもとは全体量900gに対して、

  • トマト:100g

  • 玉ねぎ:30g

  • にんにく:5g(ひとかけ)

  • ダル(?):20g

であるが、これはそれぞれどの程度のうま味成分を含有しているのだろうか。

まずトマトは、比較的容易に見つかる以下のサイトによれば

  • グルタミン酸含有量(mg/100g):246

  • グアニル酸(mg/100g):1.8(加熱すると1.8倍に増加するらしい)

また、玉ねぎは、同うま味インフォメーションセンターによれば、

  • グルタミン酸含有量(mg/100g):20〜50 ※35で計算する。以下幅のある値は真ん中をとることとする。

またにんにくは

  • グルタミン酸含有量(mg/100g):100

ダルについてはさすがにソースが見つからなかった(しかし無視できる微量のはず)のと、実際には玉ねぎとニンニクにはグアニル酸がごく微量含まれているが、こちらのソースがなかったので、無視するものとする。

したがってラッサムの標準レシピは

  • グルタミン酸含有量(mg/100g):29

  • グアニル酸(mg/100g):0.2

となる

※900gに対して、トマト100g、玉ねぎ30g、ニンニク5gのうま味成分を計算の上、100gあたりに割り戻した

味噌汁のうま味成分含有量

味噌汁の標準レシピ※を以下とすると
※”味噌汁 レシピ”でググって最上位のレシピ

出汁500㏄にたいし、味噌が大匙2.5(45g)となっている。

出汁をかつおだしとすると、水1Lにたいし、昆布、鰹節がそれぞれ10gである。
昆布がグルタミン酸含有量(mg/100g):約2330、鰹節がイノシン酸含有量(mg/100g):約585、であることから、出汁は

  • グルタミン酸含有量(mg/100g):23

  • イノシン酸(mg/100g):5.9

であり、さらに味噌はグルタミン酸含有量(mg/100g):約450であることから、味噌汁の標準レシピは

  • グルタミン酸含有量(mg/100g):68

  • イノシン酸(mg/100g):5.9

となる

ラッサムと味噌汁の比較

ラッサム vs 味噌汁のうま味成分含有量比較結果

  • グルタミン酸含有量(mg/100g):29 vs 68

  • グアニル酸含有量(mg/100g):0.2 vs 0

  • イノシン酸含有量(mg/100g):0 vs 5.9

上記の結果を踏まえると、グルタミン酸ベースでラッサムはうま味含有量が約1/2であり、また味噌汁がイノシン酸含有量5.9㎎にたいし、ラッサムはグアニル酸含有量0.2㎎と、グルタミン酸以外のうま味も、微量であり、うま味の相乗効果の発揮が限定的であることがわかる。

また、チキンブイヨンや上湯など、ほかの国のスープと比較しても、うま味の相乗効果が特に少ないことがわかる。
うま味の相乗効果は、イノシン酸とグルタミン酸が1:1の時に、うま味の感じ方を7~8倍にするとされていることから、実際の成分含有量の差以上に、ラッサムのうま味は少ないといえるのではないか。

同うま味インフォメーションセンターより

もともとうま味成分の限定的なラッサムから、さらにうま味成分を取り除いたうまみ無しラッサムについて、次章では検討していく。

論点2.うま味なし(=トマトなし)ラッサムは成立するのか


本章では実際にうま味なしラッサムの調理を行い、それが果たして成立し得るのかを探っていく。

ラッサムの味の構成要素と今回作成するラッサム

当然ながら、美味しさとはうま味だけではない。うま味の全く含まれていない食べ物でも美味しいものはたくさんある(例えばスイーツやコカ・コーラ)し、うま味が含まれていても、それだけでおいしいわけではない。
そこで、まずはラッサムの味の構成要素を分解していこう。

  • うま味:トマト、玉ねぎ、にんにく

  • 酸味:タマリンドとトマト

  • 甘味:トマト、玉ねぎ

  • 辛味:ラッサムパウダー(ブラックペッパー、唐辛子)

  • 香り:豆、ラッサムパウダー(スパイス)、パクチー

  • 塩味:塩

上記の味の構成要素のうち、トマトを抜くことでうま味が減る分、ほかの要素を強めることで、味のバランスが取れ、美味しく感じられるのではないか、というのが現時点の仮説である。

そこで今回は、以下の3種類のラッサムを作成することとした。

  1. 標準レシピのラッサム(以下標準)

  2. 標準レシピから、単にトマトを引いたもの(以下トマト抜き)

  3. 標準レシピからトマトを引いたうえで、その他の要素を足したもの(以下トマト抜き他マシ)

また、評価に当たっては、パートナーがブラインドテイスティングを実施することとした。
評価前の段階では
標準>トマト抜き他マシ>トマト抜き
の順で美味しく感じられるのではないかと予想した。

1.標準


ラッサムの概要並びに標準的なレシピの項に記載の手順で作成

2.トマト抜き

標準レシピから、単にトマトを引いたものなので、分量等は割愛する。
トマトを引いた分水を足して重量をそろえている。

3.トマト抜き他マシ

うま味はトマトを引いた分から増やさないこととして、
酸味:タマリンド水を100㏄→150㏄
辛味:ラッサムパウダーを1.5倍
香り:ラッサムパウダー1.5倍
塩味:うま味を減らしたため、塩味も多少減らす※
のように可変させた

※うま味には塩味をまろやかにする作用があるため、うま味を減らした場合は塩味も減らしたほうが良い。醤油よりも、同濃度の塩水のほうがしょっぱく感じられるのは、うま味により塩味がまろやかになっているため。
なお、標準レシピではかなり強めに塩を当てている。一般的には総重量の0.8%が最適な塩分量とされているが、標準レシピでは1.3%の塩を当てており、インド料理界隈では「スパイスが足りないな、と思ったら塩を加えろ」ともっぱら言われているが、だとしてもやや多めに感じられる分量である。
しかし、実際に食べてみると分量ほどの塩味は感じないため、”恐ろしいな…”と思いながら作っている。
なお、自分用に作る際は、基本的に朝食用なので、塩分をかなり抑えて(0.5%)作っているが、それでも十分美味しい(朝食にピッタリの優しい味になる)

3パターンのラッサムを作成する様子


テンパリングの様子。ニンニクが焦げているが、焦がしニンニクの香りが欲しかったのでノープロブレム

実食結果


左から標準、トマト抜き、トマト抜き他マシ

結果として、事前の予想(トマトありが一番おいしい)とは裏腹に、トマト抜き他マシが一番パンチが聞いておりおいしいという評価であった。
次点はトマトありの標準で、最後に薄い印象があるということでトマト抜き、とトマト抜き他マシ>標準>トマト抜きの順番となった

単体で食べた結果であって、ほかの食材と組み合わせたら変わるのではないかということで、我が家の朝食の定番Pohaと組み合わせてみた。

インドのライスフレークPohaを良しなに炒めた料理”Poha”

しかし結果は大きく変わらず、トマト抜き他マシ>標準>トマト抜きのままであった。(標準のトマト有りがやや美味しく感じられる)

それぞれの評価結果は以下の通りであり、

  1. 標準:うま味は強く感じられる。加えて、ニンニクの香りが一番強く出ている(量は変えていない)

  2. トマト抜き:味がない。

  3. トマト抜き他マシ:一番味にインパクトがあっておいしい。味があってうまい。甘味を強く感じる(甘味の出る食材は減らしているにもかかわらず)

うま味なしラッサムのほうがおいしく感じられたということもさりながら、トマトを入れることでニンニクを強く感じるという点と、酸味と辛味を増やすことで、甘味を強く感じるという点は非常に興味深い。

論点3.上記を踏まえ、ラッサムはなぜ美味いのか

論点1の検証を通じて、標準的なラッサムに含まれているうま味成分量は、我々が慣れ親しんだスープに比べると、かなり少ないということが分かった。
また、論点2の検証を通じて、むしろうま味がない(その分酸味と辛味や香りを強くする)ほうが、ラッサムとしては美味しいという結果を得た。

では、ラッサムの美味しさは何によって担保されているのだろうか?逆に言うと、ラッサムがラッサムとして成立するための最低限の要素は何であろうか?

論点②で検証したラッサムは以下の要素で構成されている

  • うま味:ごく微量(トマト、玉ねぎ、にんにく)

  • 酸味:強い(タマリンドとトマト)

  • 甘味:ごく微量(トマト、玉ねぎ)

  • 辛味:強い(ラッサムパウダー)

  • 香り:強い(豆、ラッサムパウダー、パクチー)

  • 塩味:強い(塩)

しかしながら、一般的な六味(五味+うま味)以外の要素として、ラッサムの独特の”コク”も存在するのではないか。

ラッサムのコクとはなにか

松村康生、柴田雅之 ”大豆中のコク味付与成分についての研究” 2019年https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhej/70/12/70_849/_pdf

上記の研究によれば、コクとは

うま味・塩味溶液やスープに対して、「厚み」「持続性」「広がり」を付与する成分

のことであり、ニンニクや玉ねぎ、油、チーズに備わっているものであるという。
また当該研究では、大豆にもコクを増加させる成分が含まれているという実験結果を得ており、ラッサムの豆(ダル)にもコクが含まれていると考えてよいのではないか。※

※上記の研究にも記載があるが、江戸時代には炒り大豆を水につけたものを、出汁として利用していたらしい

また、料理研究家として著名な樋口直哉氏の上記の記事においても、

セロリのフタライドがコクに関係している、という話です。フタライドはセロリの特徴的な香気成分ですが、チキンスープに微量添加すると肉や脂肪の臭みが抑えられ、味わいとして「持続感」や「広がり」が増加します。

と香味野菜の効果に対しての言及があることから、パクチーのもつ香気成分もコクに寄与している可能性が高い。

これらの仮説をもとに、ラッサムの味の構成要素をコクに着目して、再度整理すると、

  • うま味:ごく微量(トマト、玉ねぎ、にんにく)

  • 酸味:強い(タマリンドとトマト)

  • 甘味:ごく微量(トマト、玉ねぎ)

  • 辛味:強い(ラッサムパウダー)

  • 香り:強い(豆、ラッサムパウダー、パクチー)

  • 塩味:強い(塩)

  • コク:強い?(たまねぎ、にんにく、パクチー、豆、油)

となり、コクに影響する食材も一定レベルは含まれていることがわかる。

そこで論点3では、うま味はもちろんのこと、うま味以外の味の要素であるコクもそぎ落としていって、どこまでいけばラッサム足りうるか検証したい。

1.コクあり

玉ねぎとニンニクも加えずに、うま味と甘味をゼロにする。ほかの素材は論点2.”トマト抜き他マシ”からかえない。

2.コクなし

さらにコクを付与しうる成分も抜く。材料は、ラッサムパウダー、タマリンド、塩の三種のみとなる。ラッサムがラッサムとして成立する限界点はここになるはずである。


実食結果

今回も同様にブラインドテイスティングでの評価を行った。

左が2.コク無し、右がコクあり

結果として、コクありのほうがグッとおいしいという結論を得た。また、コクありラッサムは論点②で作成したラッサムとも大きな味の差がないということも発見した。
具体的なそれぞれの評価は

  • コクあり美味しい。論点②で作成したラッサムに比べるとニンニクの香りがないが、ほぼ印象変わらず。玉ねぎを抜いたことでのうま味、甘味の影響はあまり感じられなかった

  • コク無し:美味しいがもはやラッサムではない感じがする。レストランでラッサムとして供されたら相当攻めてるなと感じる。ストロングなジャルジーラソーダ※みたい。

である。
実食結果を踏まると、「論点3.ラッサムはなぜ美味いのか」については、以下のように回答することができそうである。
すなわち、
ラッサムがおいしいのは、コクがあるからである。パクチーや豆の煮汁が、ソフトドリンクとは異なる味の厚みを”コク”として与えているため、むしろうま味や甘味を排除したほうが、よりシャープで美味しく感じられるのではないか。」

※酸味とスパイスのきいたさわやかなドリンク。夏に飲みたくなる味

最低限のラッサムのレシピ

上記の検証結果を踏まえると

材料()内は重量比率

  • ダル:2%

  • パクチー:1%

  • 水:80%

  • ラッサムパウダー:1%

  • タマリンド:15%

  • 塩:1%

で十分美味しいラッサムが作れるということが分かった。

結び


本記事ではまず、ラッサムと味噌汁の美味い成分含有量の違いを調査し、「ラッサムがうま味に乏しい飲み物である」ことを確認した。
続いて、トマトなしのラッサムの調理・実食を通じて、うま味がなくても、十分美味しい、どころかむしろないほうが美味しい、ということを発見した。
そして最後に、”コク”に着目し、コクあり/なしでラッサムを調理・実食し、”コク”こそがラッサムをラッサムたらしめるために重要であるという気付きを得た。

なお、料理には正解はない。とりわけインド料理においては、その地域性、民族や階層ごとの多様性から、”正解のラッサム”を定義することは不可能である。
したがって、今回の私のラッサムをめぐる一連の検証は、あくまで私(=一般的な日本人)の文脈の中でのラッサムの定義を探る営みに過ぎない、ということはあらかじめ弁解させていただきたい。

また、今回の検証を通じて、うま味がなくても料理は成立する、という気付きを得た。
特にベジタリアン料理の発達したインドにおいて顕著なのだろうが、日本においても”精進料理”という形式で”うま味のない料理”についての一定の蓄積があるのではないか、というのが今回の検証を経た新たな仮説である。

また、精進料理以外でも、本来和食の出汁は、現在われわれが食べなれている料理よりはずいぶん薄かったのではないかと思われるし(めんつゆやほんだしがなかったし、出汁材も今よりは高価だったのでは?)、そもそも出汁文化が根付く前にもなんらか料理があったはずである。

日本の食文化は、出汁と発酵、すなわち”うま味”によって特徴づけられるが、それがいつ、どのように構築されて現在の我々の味覚を構築したのか、大いに気になるところであり、次回以降の課題として設定の上、本記事を結びとしたい。

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