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『第8回:寸志の課題は譜面通りに演奏できないこと、の巻(寸志滑稽噺百席其の六)』

寸志滑稽噺百席とは:珍しいネタを増やすのもいいが、立川寸志はどこでもできる、絶対にウケる、汎用性の高い滑稽噺を二ツ目のうちに増やすべきではないか。それが杉江松恋の提案でした。年6回、三席ずつを積み上げて真打になるまでに百席を積み上げる会がこうして始まったのですが。

杉江松恋(以下、杉江) 1年目の最後です。2017年12月22日の第6回。席の16、17、18は「長短」「短命」「権助提灯」でした。

■「権助提灯」

【噺のあらすじ】
権助を提灯持ちに連れて旦那が妾宅へとやってくる。だが妾は、旦那が妻に勧められてやってきたと聞くと、「今日は泊められない」と言い出した。仕方なく旦那は本宅に戻るのだが。

立川寸志(以下、寸志) 「権助提灯」がネタおろしですね。
杉江 これは当然ですけど、(立川)談四楼さん直伝ですよね。談四楼さんはよくかけてらっしゃる。権助がね、良い感じの権助で。
寸志 これで難しいのはやっぱり、家元(故・立川談志)もいろんなところで論じてますけれども、カット割りの手法ですね。パッパッパッて切り替える。
杉江 終わりにいくにしたがって、その間がどんどん短くなっていく。
寸志 そうそう。あれが難しい。とっても難しいネタだと思いますよ。
杉江 それはやっぱり、だんだん短い尺のカットが続くようになっていくのが難しいということですか。
寸志 きっちり間とセリフを再現できればできるんでしょうけど、僕は割と流れでしゃべっちゃうんで、余計なセリフが入ってしまうんですよね。
杉江 なるほど。もっときっちりと計算する。
寸志 もっときちっと余計なこと言わずに、最後のところはトントントンと詰めていけばいいんじゃないかなと。あとは、妾のほうはまだいいんですけど、奥さんのほうの描きかたね。あれ、難しいなあ。
杉江 嫉妬を表に出すでもなく、年齢相応の押し出しというか。
寸志 本来は、いま杉江さんがおっしゃったように、もちろん嫉妬してるんだけど、嫉妬している自分が嫌だから「向こうへ泊まってらっしゃい」と言っていると思う。それくらいの気位があるんでしょう、奥様には。でも、本気で良い奥様、妾思いの奥様だという解釈でやっても成り立つと言えば成り立つ。見る人もそう思うかもしれない。微妙なんですよ。家元の場合は冒頭のやりとりで奥様の嫉妬を鮮明に出しているんだけど、そこまでのことはなかなか二ツ目数年の私じゃできないですよ。
杉江 なるほど。
寸志 女性の嫉妬に振り回される男性というシチュエーションって、現在だとそれほど共感による笑いを呼ぶテーマでもないし。この噺の魅力の中心は、サゲのかっこよさっていうかね。
杉江 だんだんこう(間が短く)なっていって、シュッと終わる感じの。
寸志 そうそう。バシッとね。あそこがいいですよね。だんだん短くする、なんていうのは本当に高等技術だなと思う。
杉江 アンケートを見ると寸志さんのテンポを評価される声も多いんですけど、そのテンポの良さというのは間の計算とは違うということなんですかね。
寸志 ああ、すごい難しい話ですけど、間の話とはやや違いますね。僕の場合は勢いとリズムとメロディーでビュ~っと話しちゃうっていうから駄目なんです。スピーディなのとテンポの良さというのは実は違う。なんだろ、そう、楽譜通りじゃないんです、演奏が。教わった通りの譜面が再現できていない。自分の気持ちよさとお客さんの気持ちよさで、うまい具合にアレンジされた演奏はできてるんですけどね。「じゃあ、楽譜通りに弾いてごらん」と言われたらできないんですよ。アレンジで、適当に耳で憶えてやっちゃってるみたいな感じ。「これ音程、実は違ってた」みたいなところがダメなんですよね。先だって話した「看板のピン」の苦手感とも相通じることです。
杉江 ああ、おもしろい。そういうことなんですか。
寸志 ちゃんと楽譜を憶えて、きちっと演奏できて、そこから崩してるんじゃあないんですよ。耳で憶えちゃっている。それはそれでいいんです、噺ってそういうもんだから。でも、きちっとできてないんですよ。だから「権助提灯」や「看板のピン」みたいな、「きちっきちっと決めないとおもしろくない噺」っていうのは、苦手感を非常に持ってる。
杉江 課題なんですね。
寸志 課題です。
杉江 あと二つのネタは「長短」と「短命」ですね。

■「長短」

【噺のあらすじ】
気の長い長七と短い短七は正反対ながら、うまの合う友達同士だ。ある日のこと、長七は短七に何かを言いたげにしている。「言うと短七つぁんは怒るから」と切り出さない長七だ。

寸志 だから、この「長短」もそうなんですよ。
杉江 そうですね。いまお話を聞いててそう思ってました。
寸志 うん、いい流れですね。「長短」、まさにそうなんです。僕は短さんの勢いに頼っちゃうんです。これはね、(立川)志ら乃兄さんに教わったんですよ。珍しく稽古つけてもらって。やっぱりダメ出しされましたね。もうちょっと長さんがしっかりしないといけないんですけど、難しかったですね。短さんの勢いで乗り切っているから。
杉江 長さんののんびりとしたペースが、短さんの勢いみたいなものを受け止めなくちゃいけないということですか。
寸志 そうそう。それが難しかったなあ。
杉江 さっきの「権助提灯」はだんだんカット割りが短くなっていくわけですが、「長短」は長さんと短さんで全然尺の違うパーツをはめ合わせてるということですから、同じ間ではいけないんですね。おもしろいな、そこは。
寸志 長さんがまだ下手なんですね。そういう意味ではね。
杉江 アンケートを見ると「せっかちの早合点がよかった。最初からいらちな人も多いので」。たぶんこれ、短さんがだんだんイライラしてくるような感じに聞こえているということでしょうね。お客さんはそう受け止めているけど、ご自分ではまだ課題があると。
寸志 そうですね。我々はよく楽屋内でも話すんですけど、「長短」は番組の浅いところでいきなりはできないねと。何本か落語があって、ちょっと趣向を変えたネタとしてやる。構造としてちょっと特殊ですよね。
杉江 キャラクターも特殊で、ここにしか出てこない登場人物ですね。
寸志 あ、それもあるかもしれない。普通の噺ではない。他でいうと「がまの油」。あれはほぼ完全なモノローグじゃないですか。だから他とはちょっと違う。「がまの油」「長短」…あとは何だろうな。そういう前座さん直後にはできない噺っていうのがあって、そのうちの一つなので、なかなかやる機会がない。自分の中でも納得はいってないし。この噺、時間ないと怖いんですよね。「あ、やべ。ちょっと時間延びちゃった」っていう風に思ってると、長さんをゆっくりできなくなっちゃう。
杉江 ああ、そっか。
寸志 セリフをカットすればいいんでしょうけど、早くしゃべって終えることはできないから難しい。で、その点「短命」っていうのは、ビャーッとしゃべれてしまうのですよ。

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■「短命」

【噺のあらすじ】
世話になっているお店に不幸があり、男はどうも納得がいかない。その家の婿養子が亡くなったのがもう三人目なのだ。娘さんが美人だと聞いた隠居は、それが原因だというのだが。

杉江 なるほどね。
寸志 僕の「短命」はそうですね、がっつり家元の「短命」なので。これもうちの師匠からです。これね、ひと月前ぐらいから改めてやり始めて、ものすごい手応えいいんですよ。みんな笑ってくれるし、「あれ。こんなにウケてたかな、この『短命』で」と思うぐらいウケるようになった。うん、これは得意ネタになったなと思って15分にはできないけど20分ぐらいだとちょうどいい。これは収穫でしたね。その間に何か稽古したり工夫したりしたわけじゃあない。いきなり手の内に入った感じ。そういうことってあるんだよなあ。
杉江 僕は立川流だと、(立川)左談次さんの「短命」がすごい好きでした。
寸志 左談次師匠のは、そんなにたたみかけないですね。
杉江 うん。なんかいろんなところを力抜いてやってるように見える「短命」ですよね。
寸志 力抜きますよね。それがいいんです。うちの師匠は、家元風にバーッとしゃべるのをやってると思うんですけど、僕はそこに先代の旦那、えびすさまの、ちょっとエピソード足しているだけです。ラストはラストで、(奥さんが主人公に)おまんまよそうところあるじゃないですか。あれは僕は逆に、少しクスグリ減らしてます。こんな山に盛って「ハイ」って渡すやつとかやんない。やろうと思えばやってウケるかもしんないけど、ちょっとなんかねえな、と思って。あの飯盛るシーンのギャグで最高なのは(立川)志らく師匠ですよ。これ、いま思い出しても笑える。ネタバレになるからアレですけど、ごはんよそった茶碗をしゃもじの上に載っけて出すんです。めっちゃくちゃおもしろいですよ。絵的におもしろいから。「ほら、ほら!」って言って。志らく師匠、天才。「短命」って噺は好きですね。考えてみれば下ネタなんですけどね。汎用性に問題ある。
杉江 まあ、そうですね。どの程度の下ネタになるかというのは、演者によって違いますけれども。
寸志 うん、僕なんかは穏やか、いや穏やかじゃないか、家元の「金玉腫れる」っていうクスグリ入れたままですし。「お稲荷さんの鳥居にションベンひっかけたりするからだ」って。あそこが大好きなんですよね。「薬塗って『冷やかせ冷やかせ』っていうから、うちわでもって一晩中扇いだじゃないか。こないだ里に帰っておとっつぁんにその話して笑われたよ」つって。「お前、里に帰っておとっつぁんにそんな話するなよ」って。そこ好きなんですよ。そこがつまらずスッと言えるようになったから、気持ちよくウケるようになりましたね。
杉江 というわけで、十八席、全六回。最初の1年1クールぶんのお話をいただきました。後日、次の1年の話をお聞きしたいと思います。
寸志 思ったより時間かかりますね。本当にやるんですか、これ。全部の回。
杉江 やるんですよっ。
寸志 このインタビューしていただきながら滑稽噺百席やってるから、余計に終わらないんじゃないか感があるんですよ。8月で80席超えたんですけどね。あと何回やるんでしたっけ。
杉江 それ考えると、かえってシーシュポスの岩感が増しますよ。とにかく10月も三席、うち初演一席、よろしくお願いします。
寸志 なんとか頑張ります……。苦しむ寸志をお楽しみに!
(つづく)

(写真:川口宗道。構成:杉江松恋。編集協力:加藤敦太)

※「寸志滑稽噺百席 其の二十九」は10月28日(木)午後8時より、地下鉄東西線神楽坂駅至近のレンタルスペース香音里にて開催します。詳細はこちらから。前回の模様は以下のYouTubeでダイジェストをご覧になれます。コロナ対策の意味もあるので、できれば事前にご予約をいただけると幸いです。上記フェイスブックのメッセージか、sugiemckoy★gmail.com宛にご連絡くださいませ(★→@に)。



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