見出し画像

第二十一回「寸志さん、コロナの季節は無観客の「武助馬」でどうだったの、の巻(寸志滑稽噺百席其の十九)」

杉江松恋(以下、杉江) 次は其の二十についての話なんですよ。2020年の4月、と言ったら新型コロナウイルスですよね。
立川寸志(以下、寸志) ああ、もうコロナ二年なんですね。(注:この収録は2022年3月)
杉江 最初のうち、「まあ二ヶ月ぐらいで終息するんじゃないか」って言ってたら全然そんなことはなくて、それからずっと今もコロナ対策をしないといけない状況は続いています。この其の二十で初めて、これはさすがにお客さん入れられない、って話になったんですよね。
寸志 それまではなんとかやれていたんですけどね。
杉江 2月はちょっと気持ちがざわざわしつつもやって、「次回は落ち着いているといいですね」とか言っていたんだけど、開催が許されない状況になってしまった。でも会場は予約しちゃったし、どうしようかねえ、って寸志さんに相談したんですよね。
寸志 で、「やりましょう」と。
杉江 「やるけど、お客は入れずに」。無観客ですね。で、録画はすると。
寸志 録画して、なんとそれをDVDに焼いて売るというね。入場料と同じ金額で。ひどいですよね。鬼畜の所業ですよ。
杉江 いやいや(笑)。
寸志 だって、ふだん三席やってるんですよ。なのに、このときは一席だけ。まあ、ネタおろしではありましたけどね。その一席を収録しただけなのに、木戸銭と同額で売るんですもん。
杉江 いや、そうじゃないですよ。過去の何か、評判のよかった一席の録画も入れたじゃないですか。二席入ってるの、確か(注:「小林」が同時収録でした)。それと、寸志さんに僕がインタビューして「十の質問」みたいな企画動画も入れたでしょう。
寸志 あ、そういう特別動画みたいなの作りましたね。じゃあいいや。木戸銭と同じじゃお得だわ。いちおう三つ入っているわけだから。よかったよかった。
杉江 ねえ、他にない動画を収録しましたよ。珍しい、寸志さんのプライベートを。
寸志 プライベート、って何か見せましたっけ。シャワーシーンとか。
杉江 違いますよ! (立川談四楼)師匠のこと、本当はどう思ってるんですか、とか聞いたじゃないですか。DVDはもう完売しちゃいましたけど、僕の手元にその動画はまだありますからね。
寸志 ……杉江さん、もしかして僕のこと脅迫しようとしてますか。いやいや、まあ、あのときだけの特別編ということで。世間には流通していないレアものになりましたね。
杉江 そのインタビューと、ネタおろしを一席だけ録画しよう、ってことになったんです。で、そのとき寸志さんがやったのが「武助馬」ですよ。

■「武助馬」

【噺のあらすじ】
役者になった武助が、元に勤めていた商家を訪ねてくる。故郷に錦の凱旋興行だが、武助が貰った役は馬の後足だという。それでも旦那は芝居の総見を約束、楽屋に弁当も届ける。

寸志 この噺は家元もやられてます。「武助馬」は割と(落語)芸術協会でやる人が多い印象があります。もちろん落語協会でも掛けられますけど、芸術協会の(瀧川)鯉昇師匠の「武助馬」が今一番おもしろいし、みんなよく知ってるんじゃないかなと思います。芸協の若手がやるのも、たぶん鯉昇師匠から教わっているんだと思うんですよ。クライマックスで背景がバタンバタン倒れてたいへんなことになる滑稽さね。でも、落語協会の(雷門)小助六師匠でも同じ形を聴いたことあるので、もしかするともう一世代前のどなたかが作られた「武助馬」なのかもしれません。バタンバタンって背景が倒れて、芝居の櫓が倒れて、向こうの塀まで倒れて、そこで行水をしてた女将さんが「いやーん」ってやる――ああ、いや~んは私のイメージだけかもしれないけど――そういう漫画チックな演出は立川流の「武助馬」にはありません。
杉江 そうですね。
寸志 僕はそれでも前半の、武助が元の旦那と会話するところなんかは、従来要素を少し削ってちょっとテンポ良くしたり、クスグリ足したりしたのでおもしろくなっていると思います。後半は完全に武助が馬の足になるだけで、そんな大事も起こらず、帰ってきて頭取に怒られるだけ。そういう噺です。考えてみればこれ、「武助馬」の前、其の十九の最後は「四宿の屁」だったんですよね。
杉江 問題作でしたね。
寸志 まあ問題作ではありましたけど、「四宿の屁」のあと「武助馬」も屁の噺じゃないですか。なんで屁二連発なんですか、これ。バカにしてんじゃないかって感じですけどね。そこはほとんど意識してなくて、偶然なんですけど。まあ、「武助馬」は軽くて愉快な噺ですよね。この滑稽噺百席の目標は、寄席で演じることのできる、滑稽で、サイズもほどほどのものを積み上げていこうということですけど。
杉江 でも「武助馬」は、二ツ目とか若手真打の上がりではなかなかやる場所がない噺なんじゃないですか。
寸志 噺の格というか、なんと言ったらいいのかな。ちょっと可愛いサイズで、芝居のギャグとかも出てくるから毛色の変わった噺ではありますね。
杉江 そうか。どこでもやれる感じではないけど、一つの興行の中でうまくどこかにはまるといいというか。
寸志 そうですね。前座さん終わってすぐのサラクチでやられたらちょっとお客さんも乗り切れないなと思いますけど、五、六本進んだところに入ったら、色合いが違っていいですよね。この噺。
杉江 お客さんもちょっと、今日はおもしろい興行観たな、と。
寸志 満足感を高められるとは思います。ただ、寄席に出ない立川流じゃあね、っていうことなんですけどね。
杉江 それを言っちゃあおしまいでしょ(笑)。寸志さんはこの後、どこかでやってましたよね。
寸志 割とやってると思います。自分の会で堂々と「さあ聴け!」って見栄を切るようなネタでもないので、例えば四人ぐらいの若手と共演しているときにやるとか、そんな感じのネタですよね。シブラク(渋谷らくご)でもやったかな。でも最近はあまりやってないですね。
杉江 なんかね、この2020年に何回か、寸志さんが「武助馬」の予告をしているの見た記憶があるんですよね。
寸志 本当ですか。「武助馬」って、そんな予告してやる噺じゃないでしょ。だって、屁の噺ですよ。「今晩こくぜ」ってことでしょ。
杉江 もしかすると、無人でネタおろしをしたので、そのときの噺を改めてやります、みたいに予告したのを見たのかな。
寸志 ああ、それは言ったかもしれないですね。ネタおろしはしたけどまだお客さんの前ではやってないから、と。そういう理屈で、初めて生でやりますよ、と予告を出した記憶はあります。だからって、それが「武助馬」なんだから、そんなに威張ることもないのに。
杉江 気合入れてね。これが「武助馬」だ、どうでぇ、って噺じゃないでしょ。
寸志 「武助馬の寸志」とか言われるようになったら困りますから、逆に。屁の噺じゃねえかよ、って。
杉江 でも一応芝居噺ですよね。綺麗ごとの世界を描くわけじゃないですか。
寸志 いわゆる「お芝居ギャグ」みたいなものも出てくるし、舞台裏の話もしますよね。このあいだ国立演芸場の花形演芸会のときに、(柳家)花緑一門の緑也師匠とご一緒させていただいたんですよ。緑也師匠が「武助馬」でした。あの兄さんは梨園の人とも親しいぐらい歌舞伎好きなの。ものすごい詳しいらしいですし、お好きなんですよ。その兄さんが「武助馬」やるというのは、ああ、本当に好きなんだな、と袖で見ていても伝わってきましたね。やっぱり芝居好きな人がやると、そういう楽しさ嬉しさが違うだろうし、楽屋裏の雰囲気みたいなものも伝えられるんだな、と思います。そういうのはいいですよね。
杉江 そこが第一の魅力なのかもしれませんね。特に立川流のやり方だと、この噺は大爆笑をとるというわけではないでしょうし。芸協の演出だと完全にドリフですけど。BGMに盆回しが流れてきそうな。
寸志 タッタッタ、タッタララッタっていうアレですね。うん、演者の芝居への愛みたいなものが滲み出る噺ではあるんでしょうね。僕は芝居愛がそれほどない人間なんで、それに関する言葉がすらすらと出てこないんですよ。だいたい芝居の登場人物とか、もう忘れてる。本当の芝居好きなら、この場で何の何某がって言えるはずなんですよ。言えないんだもん。だから仕込みが必要なんです。すぐ忘れちゃうから、「ええと、どうしよっかな。今日なにやろっかな。『武助馬』やろう」とはならないんです。「武助馬」やるんだったら、前々日ぐらいに思いついてさらっておかないとできない。
杉江 ああ、固有名詞の仕込みがいるんですね。
寸志 そうなんです。やる度に仕込みがいるんです。駄目ですね。だから本当は芝居好きがやるべき噺なんでしょうね、やっぱり。
杉江 このnoteの対談もですね、僕が音声を原稿起こして、寸志さんに直してもらっているんですけど、実際に話しているときはお互いにもう年だから、固有名詞が出てこなくなっているんですよね。
寸志 僕ね、この三ヶ月で本当に、やべえ、出てこない、みたいなのが多くなりました。引き出しが開かなくなりましたよ。まだ日常生活上だからいいんですけど。
杉江 対談の収録をしていてもそうなの。読んでいただいている方にはわからないと思いますけど、原稿化するときに寸志さんが埋めるからいいや、って流して話している箇所がずいぶんありますよ。あのナントカ、とか言って済ませてますよね
寸志 高座でそれをやったらえらいことになりますけど。まぁ高座だったら何だかんだでゴマカすでしょう。お楽しみに!


杉江 だいたい、そんなところかな。この回は無観客だから唯一アンケートによる採点がなかったんですよね。まあ、それは当然なんですけど。あとは、二人とも坊主でした。このとき、寸志さん坊主にしてたから。
寸志 そう。人生初坊主です。初スキンヘッド。
杉江 坊主男が二人してね。一人は高座に上がって、僕に向かって話して。僕も動画撮らなくちゃいけないから、カメラの後ろで拍手しながら笑っているという。傍目で見たら、ちょっと異様な光景だったと思います。
寸志 坊主が高座で坊主に落語を聴かせてた、って早口言葉の「坊主が屏風に上手に……」じゃないんですから。それこそ「雑俳」の「鏡餅」みたいなもんだったですね。
杉江 まあ、一回ぐらいはこういうことしてもよかったんじゃないですか。
寸志 ですね。でも、やっぱお客さんがいたほうがいいですよ。
(つづく)
(写真:川口宗道。構成:杉江松恋。編集協力:加藤敦太)


※「寸志滑稽噺百席 其の三十三」は6月23日(木)午後8時より、地下鉄東西線神楽坂駅至近のレンタルスペース香音里にて開催します。前回の模様は以下のYouTubeでダイジェストをご覧になれます。コロナ対策の意味もあるので、できれば事前にご予約をいただけると幸いですsugiemckoy★gmail.com宛にご連絡くださいませ(★→@に)。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?