見出し画像

「第十七回 寸志さんが「片棒」の発明をしましたよ、の巻(寸志滑稽噺百席其の十五)」

杉江松恋(以下、杉江) では次の回です。「弥次郎」「おすわどん」「片棒」です。
寸志 これは「弥次郎」がネタおろしです。割とこの回は、今でもわりとよくやっている「武器」が揃っていますね。

■「弥次郎」

【噺のあらすじ】
ホラ吹きで有名な弥次郎が北海道に行ってきたという。馴染みの旦那に聞かせる土産話は、いかに寒いかということから始まる。尾籠な話、おしっこもした先から凍るというのだ。

寸志 「弥次郎」は、うちの師匠(立川談四楼)からいただきました。ではあるんですけど、実はこれは(立川)左談次リスペクトでもある。凍ったおしっこを金槌で叩いて落とすカチンシャーカチンシャーというくすぐりはまさにそれで、「カチンシャかわいや、別れの辛さ」という、このクスグリがやりたい。うちの師匠もやりますけど、ここだけは左談次師匠っぽくやりたい。そこだけやりたいんです。もうそれ終わったら、僕の場合は後は付け足し。
杉江 まただ。だいぶ最初に出てくるくすぐりですよね、それ。
寸志 まあ、自分向きの噺ではあると思います。特に後半、一人しゃべりで進めて行くあたりは。左談次師匠はそんなたたみかけないけど、うちの師匠もバーッと行きます。ただ、サゲが悩みどころなんですよね。あんまりおもしろくないから。
杉江 サゲどんなでしたっけ。
寸志 「けっきょくお前さん、何しに行ったんだい」「私は山伏の修行に」「どおりでホラの吹きどおしだ」って。
杉江 こう言っちゃなんですけど、付け足しみたいなオチですね。
寸志 ホラ話がどんどんどんどん荒唐無稽になっていくあたりに演者はそれぞれ独自性を出すんでしょうけど、僕はうちの師匠もやる従来のくすぐりがいいと思うんです。「日本アルプス北海道支店」とか、「キンしぼり(錦糸堀)、都電の車庫」とか。バカバカしくて好きなんです。たびたび(立川)笑二兄さんの話をしますけど、弥次郎が沖縄に飛んでオスプレイを出す、とか。あんな風に突飛な方向にはなかなかいけない。
杉江 あれはだって、笑二さんだから許されるというか。
寸志 あの兄さんの落語であり、あの兄さんのキャラクターであり、沖縄出身だからウケるますよね。じゃあ立川寸志はどんなオリジナリティを出すのか、って話。ホラを突飛にしていく方向から少しズラして、オリジナルということで言えば、雨が凍って棒になって降ってくると、これをカンカンと払う鉄の棒をすっと貸してくれる。「向こうの人は親切だ」というくだりを天丼のギャグにしています。「猪のおなかを割くのに、懐に忍ばせてた小刀でえーいと」「え、そんなの持ってのたかい」「ええ。向こうの人は親切だ。猪の前で困っていると『これどうぞ』って貸してくれて」「おいおい」みたいに三回ぐらい繰り返すんですけど、本当はもっとやってもいい。
杉江 くすぐりの回数で伸ばしたり縮めたりもできそうですね。
寸志 田んぼの水が一瞬で凍って飛べ立てなくなった鴨の足を切って収穫するというくだり、バカバカしくていいんですけど、あそこは嫌がる人もいるんです。アンケートにも「鴨、痛い」って書いてあるでしょ。
杉江 ああ。ナンセンスでいいけど、残酷でもある。
寸志 そうなんです。そこのところを抜いちゃえば10分ちょっとでできちゃうんじゃないですかね。

■「おすわどん」

【噺のあらすじ】
上州屋のお内儀がなくなり、主は女中のおすわを後添えに迎える。仲睦まじく暮らしていた二人だが、やがて異変が。夜ごと店の外に「おすわどーん」と名を呼ぶ者があるのだ。

杉江 「おすわどん」はなぜか円楽一門会でよく聴くんですよね。
寸志 元をたどれば、先代の(三遊亭)圓楽師匠(故人)と(桂)歌丸師匠(故人)が「おすわどん」と「城木屋」でネタの交換をしたという話らしいですね。
杉江 だからでしょうね。芸協(落語芸術協会)でもよく聴きます。
寸志 そうなんですよ。だから芸協に縁が深いネタではあるんですけど、私は柳家喜三郎(喜の字は七が三つの表記。二ツ目時代は小太郎)兄さんから教わりました。
杉江 ああ、あの人お化けマニアですからね。
寸志 「一眼国」と交換で頂いたんですよ。喜三郎兄さん、どんだけお化け好きなんだろう。で、その元は柳家喜多八師匠(故人)だそうです。喜多八師匠が歌丸師匠に教わりに行って、演じる許可をいただいたと聞きました。喜三郎兄さんは小太郎の名前で二ツ目になったとき、喜多八師匠に真っ先にこの噺を教わりに行ったのだとか。
杉江 ああ、やりたかったんですねえ。
寸志 私は教わった、ほぼそのまんまですね。浪人者の剣術使いの名前を家元が侍の名前としてよく使う小板橋喜八郎にしてるくらいですかね。青空一夜先生の本名なんだそうです。
杉江 よくできた噺ですよね、「おすわどん」って。
寸志 私も便利に使わせてもらってます。どちらかと言うと、寄席形式の会で誰かの間でやるとちょっと沈んじゃう。どちらかと言うと、自分が二席以上やるときの一席にいいんです。「百席」みたいに三席のうちの一席ならなおよし。二席ずつかける二人会なんかだと一番いいと思いますね。四席だったら三席目かな。自分がA・B・B・AのBだったら、一席目で大ネタやって仲入り、明けて二席目で「おすわどん」、ちょっと膝代わりの感じがして、雰囲気が変わっていいですね。寒い時分でしたら、「怪談といえば夏のものでございますが、実は秋冬の怪談というのもございまして、今日はそんな噺を申し上げてお後と交代」みたいな感じでしれっと入って、じっくりめに怖がらせといて、最後のアレでボンと受けるといい感じになります。
杉江 寸志さん、師匠噺トライアルの一回目で「三年目」やりましたよね。あれは師匠の得意ネタですが、談四楼さんも今言ったA・B・B・AのBのときに「三年目」をやることが多いですね。仲入り明けによくかけるじゃないですか。似たところがあるんでしょうね。最初は因縁譚で聞かせておいて、最後に受けさせて、脱力で終わると。
寸志 「おすわどん」の元はもっと陰惨な噺なんですけど、圓楽師匠か歌丸師匠のどちらかが今の形に変えられたんです。たぶん圓楽師匠じゃないかと思います。圓楽師匠は「三年目」も得意でしたからね。前半の構造はほぼほぼ同じです。その改変で「おすわどん」という噺の命脈がつながったわけですから、とても重要なことだったと思います。
杉江 そうですね。
寸志 「おすわどん」は昔からやりたかったんですよ。(古今亭)右朝師匠(故人)の「おすわどん」がすごく印象に残っていまして。まだ志ん八といっていた二ツ目のころに、旧池袋演芸場で聴いた憶えがあります。たぶん中学生ぐらい。後半でぐいぐいおもしろくなって、最後、「さようなものを取ってどうする」「手打ちになさいまし(スーッ)」ってこう、サゲを言うときに右朝師匠、息を吸う。ちょっとかっこつけてる感じが、すこぶるかっこよかった。これは自分にとって心強い武器となった一席ですね。

画像1

■「片棒」

【噺のあらすじ】
吝嗇な赤螺屋は、自分の亡き後を考え始めた。金・銀・鉄と三人いる息子の中から誰を跡継ぎに選ぶか。自分の葬儀をどう出すかで各自の了見を確かめようと個別に呼ぶのだが。

寸志 今(2021年10月時点)実は、僕の中でプチ「片棒」ブームが起こっています。
杉江 え、なんでですか。
寸志 時間なんですよ。「片棒」ってすごい長いんです。僕はこれ(立川)龍志師匠に教わりました。30分はないけど、25、6分はあると思います、マクラからちゃんとやると。
杉江 そんなにありましたか。
寸志 「六日知らず」のマクラから入って、大好きな「音だけ聴いて帰んな」の小噺をきちんとやる。そこから旦那が金、銀、鉄の三兄弟を順番に呼んでいく流れになるから、けっこう長いんです。あ、その前にまず番頭さんと話すんですね。番頭さんと相談して、弔いの構想をヒアリングすることになるんでした。
杉江 そうか。金、銀、鉄って途中を省略できないですからね。三人いないとおかしいし、たとえば銀を抜いたらお客さんも「飛ばしたな」って、すぐわかっちゃう。
寸志 そう思うでしょう。でもね、僕このあいだそれを一人でやってみました。具体的に言うと銀のキャラクターだけ。
杉江 ああ、山車が出て、人形がかりになるくだりですね。
寸志 やっぱりみんな、銀が一番好きなわけですよ。
杉江 そりゃそうですね。
寸志 銀が一番おもしろいじゃないですか。で、最初の金がわりと面倒くさいんですよ。しゃべることも多いわりにウケない。龍志師匠の腕だったら、金がつらつらと贅沢な葬式を提案する流れで芸を見せてお客さんを満足させられるんです。でも、僕くらいのレベルだと「なんかずーっとしゃべってんな」みたいな感じなんですよね。ただただ、文字数多いなみたいな。
杉江 なるほど、って言っちゃ失礼かもしれませんけど、なるほど。
寸志 なるほどでいいんです。あと金は、お金の単位が面倒臭いんです。会葬者全員にお足代を包むというくだりがあるでしょう。あそこは昔の話だから、いくらでもしっくりこないんです。1円でも10円でもおかしいし、100円でも変。現代のお客さんにとっては微妙なブレを起こすフレーズがけっこう入っているんです。そこをまず全部省略しました。つまり金を抹殺しちゃった。
杉江 この百席のときはやってますけど、今は抜いちゃったわけですね。
寸志 ええ、一番ウケるのは銀なので、そこはまったく変えてなくて、龍志師匠に教わったまんまです。で、鉄もまた難しいんですよ。彼がどういう人なのか、僕にもいまいちわからない。だっておとっつぁんに負けないぐらいのケチだったら、もとから鉄に跡を譲るに決まってるじゃないですか。
杉江 言われてみればそうだ。
寸志 だから僕は鉄を、何考えてるかわからない子にしたんです。で、だんだん話をしていくうちにおとっつぁんが「なんだ、お前が一番似てるじゃないか」って言って、そこからお父っつぁんの方がノリノリになっていく。
杉江 ああ、うまいですね。
寸志 ただね、今は実はこれを15分に縮めたいと思ってるんですよ。そうしたらね、わざわざ鉄出す必要もない。ずーっと銀に話させて、「お前が生きてるかぎり、俺は死ねないじゃないか」「おとっつぁんすいません。今のは冗談ですよ。おとっつぁんがケチなことぐらい、あたしも知ってますから大丈夫ですよ。じゃあ、本当のご提案をします」「何が提案だ。じゃあ言ってみろ」って言われてからケチバージョンに入っていく。このほうが自然じゃありませんか。
杉江 ああ、聴きやすいですね。
寸志 演者も楽なんですよ。だって冒頭も「せがれ、ちょっとこっちへ来な」「はい、おとっつぁん。何の用です?」って、やりとりだけで始められるから。「三人息子がいるけど誰にこの店を譲ろう」なんて、お父っつぁんと番頭の会話だって、お父っつぁん自身のモノローグだっていらないんです。
杉江 金・銀・鉄という名前からして、「三回やらなくちゃいけない」という暗黙のルールを感じちゃいますよね。『三匹のやぎとがらがらどん』じゃないですけど、お客さんも「ああ、三人聞かされるんだ」と身構えちゃう。
寸志 だから僕、二人にしたときは「金と鉄」です。いや、名前はなんだっていいんだけど。
杉江 息子を一人にすると名前すらいらなくなるという。これは、発明ですね!
寸志 でしょう。そうすると最後のくだりも少しトーンを落として「おとっつぁん。菜漬けの樽でご勘弁いただきます」なんて言うよりは「おとっつぁん、ねえ、いいでしょ。菜漬けの樽」「何を言ってんだよ」と上げ調子で言える。この方が私としては圧倒的にやりやすいし、そっちのほうが盛り上がると思うんですよね。
杉江 いいと思います。誰か、そういうかたちでやってる人いますか。
寸志 いや、聞いたことないです。というか、やっちゃいけないということはないだろうけど、稽古付けてくださった龍志師匠には申し訳ないなぁと思って、ドキドキしてて。誰に相談していいかわからないから、妻に相談しました。何て言われたかは忘れましたけど、まぁそんな気にすることぁないかと、安心することだけはできました。で、なんでそこまでして短くしようとしたかというと、来年一月に国立演芸場の花形演芸会のトップで出るんですよ(注:収録は2021年なので、2022年。もう出ちゃいました)。
杉江 お、すごい。
寸志 すごくはないですけど、やっぱり格式高い会でしょ。気合入りますよ。あの会はネタ出しがあるんですけど、私の持ち時間は15分。私には15分は短い。15分高座はあまり自信のあるネタないんですよ。いろいろ悩んだ末に「鮫講釈」を出したら、その日のトリの師匠が直前に「兵庫船」をやられたそうで、それとかぶっちゃう。で、しょうがないかと取り下げたんです。あえてぶつけることもないし。それで今思案中でして、悩んでいます。じゃあ「片棒」どうかなあ、と思って。この日はゲストが(春風亭)一之輔師匠だからお客さんが多いと思うんですよね。で、そこで「片棒」で勝負してみるか、と。で、時間短縮のために一人バージョンの「片棒」をこしらえたと、こういうわけです。
杉江 いや、いいと思いますよ。
寸志 本当ですか。実は妻には反対されたんですが。
杉江 さっき「忘れた」って言ったじゃないですか。なんで隠したんですか。でも、いいですよ。だって「鉄が出てこない」って文句言う人はいないでしょう。
寸志 元の形を知っている人は驚くでしょうけどね。このあいだ試しにある会で一人版をやったら、一人だけ落語をよく知ってるおじいさんがいて、途中で「お?」って声を発してらっしゃいました。あとで「驚いてましたね」って言ったら「心の声がもれた」って。
杉江 いいじゃないですか。軽く心の声がもれるくらいのほうが、花形演芸会にも爪痕を残せますよ。
寸志 傷跡じゃなければいいんですが。

寸志後記:花形演芸会当日のこと
ネタ出しは悩みました。本当は「棒鱈」やろうと思っていたのですが、共演の師匠が「武助馬」出しておられたので酔っ払いはなし。「幇間腹」はありきたり、「猫と金魚」では軽すぎるし、「風呂敷」は出番的にいい雰囲気になりにくい。そこで「鮫講釈」にしたら上記の経緯。自分をさして知らないお客様の前で、自分の良さをある程度出せるネタとなるとそうそうありません。
当日はほぼほぼ一杯のお客様。「片棒」っぽいけどアレ?三人出て来ないの?――みたいな心配をされてはいけないと、最初のやりとりで「一人息子のお前に」とお父っつぁんに言わせておきました。あとはパーパーやって無事15分。短すぎて途中私自身が「アレ?どっか抜けた?」と思ってしまった! 楽しんでもらえたとは思います。

(つづく)

(写真:川口宗道。構成:杉江松恋。編集協力:加藤敦太)

※「寸志滑稽噺百席 其の三十」は2月24日(木)午後8時より、地下鉄東西線神楽坂駅至近のレンタルスペース香音里にて開催します。詳細はこちら。前回の模様は以下のYouTubeでダイジェストをご覧になれます。コロナ対策の意味もあるので、できれば事前にご予約をいただけると幸いですsugiemckoy★gmail.com宛にご連絡くださいませ(★→@に)。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?