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僕と彼の男2人暮らし~家探し編~

同棲をすることになった。
自分は男、相手も男。

何がきっかけでそうなったのか覚えてないが、忘れてしまえる程度のことだったのだと思うし、その程度の軽いノリで僕たち二人は、「同性パートナーと同棲」というゴールの無いマラソンのスタートを切った。

「同性パートナーと同棲している」と聞くと、さぞかし自身のセクシャリティを受け止め、振り切った生き方をしていると思われるかもしれない。
実際、僕も今まで同棲経験がある人と知り合ったことがあるが、その度に「同棲なんてひっそりと始められるものではないし、この人は吹っ切れてるんだろうな」と印象を持ち、「結婚というゴールがなくいつかは別れてしまうのに、何で同棲なんて面倒なことしたのだろう」と、本気で疑問も抱いた。

だが、いざその立場になると、僕は未だに全くもって割り切れてはいないし、僕も彼も同性が恋愛対象であることすらほとんど誰にも打ち明けたことのないまま、まさしくひっそりと同棲を始めた。

疑問だったモチベーションについては、「もし仮に1ヶ月後に部屋を解約することになったとしても後悔はしないな。別れた時の後悔より、その1ヶ月の経験値の方が必要だ」と、自然と思えたのである。

そんな感じで家探しを始めたのだが、先に書いた通り二人とも周りに事情を知ってくれている人はいない。それどころか、カミングアウトに対して絶望的に経験不足だ。
そんな二人がまず行き着いた課題は、「不動産会社どうする?」だった。

東京にはマイノリティ向け専門の不動産会社もある様だが、あいにく地方住まいである。
同棲カップルは部屋を借りにくいなんて聞いていたけれど、そもそも不動産屋に事情を説明しなければ何も始まらない。

“そう”であることを伝えた時に向けられる反応がどんなものか経験値を持っていない二人にとって、不動産会社選びはまさしくチャレンジングな試みであった。

僕はネットで気になった物件の内見を申し込む際に、事情を記載しておけば良いのでは?と提案したが、彼は「いや、今から不動産屋に電話するわ」と言い出した。

確かにそれが一番手取り早くて確実だ。
……だけど、言える? 君、言えるの? て感じで、すったもんだした挙句、僕が番号と発信ボタンを押して、コールがかかってから携帯を彼に渡すことになった。

「トゥルルルル……」
コール音に心臓の音が跳ね上がる。
全身至る所が脈のミャクミャク人間かの様に、もうどこが脈打っているのか分からない。

電話が繋がり、「もしもし」と彼が喋り始めた途端、居ても立ってもいられずにその場から離れてしまった。

ひたすらグルグルと歩き回り、一息落ち着けたタイミングで彼の元へ戻ると、「明日内見させてくれるって」とグーサイン。
「俺達のことちゃんと言った?!」と聞くと、「行ける! ちゃんと話した!!」とのこと。
どうやら門前払いはくらわずにすんだ様だ。ほっと一安心である。

翌日、時間通りに店に伺い、担当営業マンから名刺を受け取り、物件紹介が始まった。
紹介頂いた中で良さそうな部屋を3,4件ほど内見させて頂けることになり、物件へ向かっている車内で、少し空気感もほどけてきたこともあり「僕らみたいな同性カップルへの紹介ってよくあるんですか?」と、聞いてみた。

その方曰く、「しょっちゅうある」とのこと。
現在も進行形で1組のカップルの入居審査の結果待ちだという。
それが我々を気遣ってのリップサービスではなさそうなことはその方の対応の節々から感じることができた。

腫物に触れるかの様な扱いを受けるかもと覚悟していたのだが、その振る舞いは全くよそよそしくなく、とても自然だったから。

管理会社に対しても「友人二人のルームシェア」など審査を通す為に嘘をつくのではなく、毅然と事情を伝えてもらえるのがとても好印象だった。
管理会社の条件的に無理な時は無理と、こちらに対しても事実ベースできちんと伝えてくれるのもとても良い。

その後、気に入った部屋にめぐり合うことができ、「こちらに必要事項の記入をお願いします」と契約書を渡され、ペンを走らせていた彼の手がとまった。
契約書に同居人の名前も書かないといけなかったからだ。
家賃補助の都合で契約者は彼になってもらったのだが、会社にカミングアウトをしていないのに、このまま家賃手当申請に必要な契約書を提出すると“バレて”しまう。

「……まぁ、仕方ないよな」なんて会話を聞いた店長さんが出てきて、「どうかされましたか?」と声をかけてくれた。
事情を説明すると、すぐにオーナーさんへ電話で交渉してくださり、契約者のみの記載でOKにして頂けたおかげで難を逃れることが出来た。

その日の夜、風呂に浸かりながら僕は感動していた。

想像していた世界はもっと世知辛いものだったが、実際は自分が思う以上に自分が抱える問題は、他人からすると些細なことのようだ。
それでも無下に扱わず、寄り添ってくれたりもする。

間違いなくこの日は、自身の性的指向を取り巻く上での「世間の優しさ」を初めて感じた一日だった。

時は流れ、もう少しで1回目の更新日がやってくる。
ゴールの無いマラソンを色んな人の優しさに触れながら、今はまだあきらめずに走り続けている。


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