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病院わらし 第8話

 さようなら病院わらし

私たちはおかっぱ頭女の子を『病院わらし』という名前にしました。座敷に居れば『座敷わらし』
ここは病院だから『病院わらし』というわけです。
三人の時だけ時々話題にしましたが、それもほとんどなくなってしまいました。
でも、私はまたいつか会いたいと思っていたのです。

サトシくんと仲良く遊んでいたおかっぱ頭ちゃん。
遠藤さんのないはずの足を一生懸命にさすっていたおかっぱ頭ちゃん。
おひな様を見あげて「タエちゃん」とつぶやいていたさびしそうなおかっぱ頭ちゃん。
どの姿もいとおしいのでした。
でも、本当におかっぱ頭ちゃんの『座敷わらし』が会いたいのはタエちゃんなのです。
そして私はタエちゃんとはもう会えないことを知らない『病院わらし』がかわいそうでしかたありませんでした。
私たち三人は今までのことも、椿さんに聞いたことも自分たちの結論もこのままだれにも何も言わず、だまっていようと決めました。

それから、何ヶ月かたった夜勤の日のことです。もうおひな様は片づけられていましたがまた、廊下のすみに病院わらしの女の子がいたのです。
こんどは何かさがすようにプレイルームの中をのぞいていました。
私は、病院わらしがタエちゃんを探しているのだと確信しました。
おもわずかけよると、女の子はびっくりしてこっちを見ました。
女の子の姿がどんどん薄くなっていきます。
私は急いで
「待って! 消えないで。あなたタエちゃんをさがしているんでしょう」と声をかけました。

タエちゃんということばを聞くと女の子はこっくりとうなづいて、薄く透き通った姿がだんだんはっきりした形になってきました。

わたしはなぜだかその時、『病院わらし』の女の子に本当のことを教えなくてはいけないと強く思ったのです。

わたしは深呼吸をしてから、
「残念だけど、あなたがさがしているタエちゃんは病気がなおらなくて、死んでしまったの。だからもうここにはいないの」 とひと息に言いました。
私のことばを聞くとおかっぱ頭の『病院わらし』の目から大きななみだがぽろぽろと落ちました。
そして、ふっと姿がかき消えてしまったのです。
その日から病院わらしの姿を見ることはもうなくなりました。
病棟でふしぎなことも起こらなくなりました。

私たちは毎日忙しく働き、病院にはたくさんの病気や怪我の人の入院したり退院したりが続きました。

私はあの時、『病院わらし』のおかっぱ頭ちゃんに本当のことを教えてあげてよかったのか、それとも教えない方がよかったのか今でもわからないままです。
ても、あの時はそうしなければいけないと強く思ったのです。

新しい年
また、病棟では何人もの看護士が新しい仕事場にやってくる季節になりました。
私のいる外科病棟にも他のところから何人か新しい看護師が来ました。
初日のことです。朝のミーティングで自己紹介が終わると、だれかが、新しい人に
「あなた、カーディガンがうらかえしですよ」と注意しました。
新しくきたその人は、
「えっ、さっきちゃんとたしかめてから着たのに」と不満そうにしながら、もう一度脱いでから着なおして、
「だれかのいたずらかしら」と首をかしげていました。
その時わたしはうれしくなりました。
カーディガンをうらがえすなんて子どもじみたいたずらをやるような人はここにはいません。
私は心の中で
『病院わらしさん、あなたのしわざね。まだいてくれたのね。
ありがとう。
これからも入院しているつらい思いの人や、悲しい気持ちの人を見守ってね』と言いました。
そして、まだ首をかしげて考えている新しく来た人の背中を押しながら
 「さあ、仕事、仕事」と言って、病室に向かって行く私の心は温かいものでいっぱいになっていました。

       《完》

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