見出し画像

埋まらない隙間のありか

『私は何かを埋めようとしている』
長男をスクールバスのバス停まで送っていく時に、心に浮かんだ言葉

『何かが足りない』
ずっとそう思っていた
そして、ずっと足りない何かを埋めようとしていた

でも、もしかしたら、埋めなくていいのかもしれない


欠乏のタネ

ずっと何かが足りなくて、欠けていて、欠乏感に苛まれる感覚があった

どうしてこんなに足りないんだろう


欠乏という言葉を辞書で引くと

(必要なものが)欠けていること。不足。

自分の中に何かが『欠けている』、必要な何かが『不足』していると、いつから思い始めたんだろう


ずっと探し続けている
『何か』
は、どこにあるんだろう

どこに行けば見つかるんだろう

誰が待っているんだろう

その『何か』を教えて欲しい
ずっと、そう考えていた


パズルの欠片

どこにあるのか分からない『何か』を見つけだせたら満たされるのだろうか

どこにあるのか分からない『何か』を持っている人に出会えば、埋まるのだろうか

見つからない何かを、見つけられない何かを探し続けている

その事をずっと誰にも話せずにいた

でも、この日は、人に話したくなり、
ふと、ある人にメッセージを送った


『何か』を探さなくなった日

ある人からの言葉で、
ずっと探していた何かは、
『埋め癖』と言われる『愛情が足りない時にでるストレス反応のひとつ』であると知った

「あぁ、なるほど」
妙な納得感と長年の疑問が解けた気分になった 

私は、ありもしない『何か』をずっと探していたのだ

幼い頃に抱いた『心のクセ』
足りない『何か』は、どこにもなかった

「もう探さなくていいんだ」
そう思えた時、
暑い夏の日にコップの中で漂う氷のように、
いつのまにか、そこにあった隙間と心の影は少しずつ溶けていった

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?