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「山月記」という致命傷

 これは私を殺す物語になる。
 退屈と眠気が充満している教室の中で、訪れた強烈な死の予感に、私はただ胸を押さえていた。教師の進行を待たず先んじて読み終えた時、予感は確信へと変わっていた。
 李徴の最後の叫びが脳内でいつまでも木霊する。彼の、月夜にあげた号哭は、まさに虎の爪牙のような鋭さを以て、私の胸に深々と突き刺さった。感動したことを比喩しているのではない。李徴の悲劇に同情したのでもない。胸に鮮烈に走る感情はただ私自身の苦しみであり、それはほとんど物理的な痛みを伴っていた。
 ああ、これは致命傷だ。すぐにそう直感した。これから先の人生は、この傷との戦いになるのだと知った。果たしてその予感は正しかった。あの日刺さった「山月記」は、今も抜けないでいるのだから。


 李徴は、優秀だが高慢で、凡庸な余人と同じ道を行くまいと役人の道を捨て、詩で身を立てようとしたが上手くいかず、役人に戻るもその高慢さ故にかつて侮った者たちの下につくことに耐えられず、遂に発狂して姿をくらましたとされていた。
 狂った李徴の身体は虎になってしまっていた。それからしばらく後、通りかかった数少ない友人である袁傪と偶然出くわす。李徴は、人としての自我を完全に失ってしまう前に自身の遺作を託し、これまで孤高を保って秘めてきた心の内を、旧友の前にはじめて吐露したのだ。
 優秀さを鼻にかけ、高慢で尊大な性格と思われていた李徴の内面は、実に繊細だった。彼を人から虎へと変えてしまったその苦しみは、悲しみは、有名な「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」によってもたらされていた。

己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢えて刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。

ちくま文庫 中島敦全集Ⅰ 「山月記」より

 誰一人分かってくれるものはいなかった、そう語る李徴。才能の不足を指摘される恐怖から人と交われず、故に切磋琢磨出来ず才能を伸ばすことが出来なかった。それが更に彼の孤独を深めていく。彼は孤高の人などではなかったのだ。ただ、孤独だった。
 自我が再び虎のそれに呑まれゆく中、李徴は袁傪に別れを告げる。彼が最期に頼んだのは、残してきた家族のことと、このような姿になってもなお、夢にまでみる自身の詩を伝え残して欲しいということだった。今生の別れの際、自我を失った自分が袁傪を襲うことがないように、獣と成り果てた自身の姿を遠目に見せて二度とここを訪れないでくれと諭す。
 夜明けの色褪せた月の下、李徴は虎の姿で咆える。敢えて描写はされていないが、それは酷く悲しげに響いたに違いない。


 震えがくるようだった。「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」という言葉を、獣に堕ちた男の後悔として読者に突きつける、その容赦の無さ。あるいは、自戒なのだろうか。そうだとすれば、これほど重たい十字架があるだろうか。どれほどの覚悟があれば、このように自身を俯瞰して正気でいられるのだろう。
 著者の、中島敦の顔写真をじっと見つめた。注釈に、若くして病死したとある。後に調べると、健康に悩まされた生涯だと分かった。これが、いつ来るともしれない死の不安を前にした者の覚悟、ということなのか。その身に突き立てられた無数の、鋭い自己批判の刃を想像する。そして、その刃が私に向けられることを、想像してしまった。
 教師はいつになく熱のこもった弁舌を振るう。この李徴のように、「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」によって人生を空費しては、あなたたちも虎と成り果て取り返しがつかなくなってしまう。五十代を迎えたばかりの教授は癌の末期患者だった。その穏やかな面差しに似合わぬ、目の奥にちらつく暗い光が私を射すくめる。いたたまれなくなって、私は目を伏せた。

 私は、幼少から物語が好きだった。好きなものは何か、そう問われた時はじめに思い浮かべるのはいつだって物語だった。そういう人間の常として、やはり自分でも物語を生み出したい。そう願っていた。
 いや、そう願おうとしていた。そうすることで誤魔化せると、どこかで考えていたのだ。私は作り手を志しているから、世間からずれていても仕方がない。そうやって物語を非才の言い訳に使っているだけの卑怯者だった。
 李徴がそうであったように、私は非才を隠すために人と交わることを避けた。物語について、誰かと話すことすら恐れた。ろくに書き上げることもなかった。そうして自分自身をも騙していなければ、生きていけない程の臆病者だった。それでいて、自分には他者と違う志がある、などと考えた。非才を恥じるあまり、己を保つための醜い言い訳を続けていたのだ。
 月光が山の稜線を照らしあげるように、山月記は私の醜さの一々をつぶさに暴露し、寒月の如き鋭さを以て糾弾する。私はただ胸を押さえるので精一杯だった。そして確信したのだ。これは、私を殺す物語なのだと。

 胸の内に浮かぶ、全てを暴くような月。その光に晒され、私は自分が岐路に立たされていると知る。一方は灰色の人里へ、一方は深山幽谷へと繋がっていた。
 灰色の一叢へ分け入っていく自分を想像する。李徴が逃げた世間へ交じる道だ。とてもやっていける気がしなかった。私の臆病は、まさにこの世間への恐れが原因だったのだ。手は震え、足は痺れて動かない。李徴と違い、優秀とは程遠い私は早々に朽ち折れ、それを足蹴にして伸びゆく灰色を、呪い続けてしまうだろう。
 もう一方はどうか。聳える峻険な山々、そこへ向かうものを阻む深い谷。これらを越えるだけの純粋な、求道者のような心持ちが私にあるだろうか。それだけの体力が、気力が、実力があるか。それを試すことすらも、臆病な私には出来なかった。
 私はどちらも選べず後ずさりをする。振り返れば何物をも見通せない、暗く粘度の高い闇が立ちはだかっている。その奥からは哭き声がする。それは獣に堕ちてしまった李徴の、闇よりも深い後悔のこもった声だ。私はその声を聞いてしまった。もう、それを聞く前には戻れないのだ。私は、ただ立ち尽くした。
 それからというもの、過ぎる年月は私を容赦なく追い詰めた。日毎に大きくなる号哭は、私を絶えず急き立てる。何をしていても、どんな娯楽の中にいても、一瞬の隙に耳元で李徴が嘆く。それが聞こえた途端、私はまた岐路に引き戻される。月光は冷たく私を貫いて、虎の吐息が首を撫ぜる。
 このままここに佇むことが許されないことはもちろんわかっていた。背に負う闇はいずれ私も呑み込み、獣へ変えてしまうだろう。それでもいい、その方が楽なのではないか。そう思って振り返った時、闇の奥に光る琥珀色の瞳と目が合った。瞳の下には、青白い三日月のように鋭い牙が閃いていた。いっそ、その牙をこの首筋に突き立ててくれたら。そうとすら願った。

 射貫くような視線、その瞳に己の姿が映る。情けなくも永遠の赦しを乞う浅ましいその姿。虎にすらなれない、私はあの物語の誰にもなれない。いや、私の憧れたどんな物語の中にも、私はいなかった。
 そこまで考えが巡った時、ある想いが去来した。私は、自分が愛した物語すらも裏切ってしまうのか。一体今まで、何のために物語を手にしてきたのか。散々言い訳にしてきた憧れを、他ならぬ李徴の、中島敦の前で破り去るというのか。過去の憧れに対して、それができるというのか。
 ようやく、数年間の煩悶に答えが出た。私は目の前の猛獣を見つめ返す。彼は頷くように身体を縮ませたかと思うと次の瞬間、黄金の閃光となって私の視界を埋め尽くす。その光が消え、私の胸には巨大な牙が残された。
 その牙は、拍動に合わせて肉を切り裂き、深く心臓まで抉る。痛みが全身を駆け巡り膝が折れそうになる。逃げ続けたその痛みをまともに受け入れた時、これはきっと長くは持たない、そう思った。砕けそうな肉体を引きずって、月光の射す山の頂きを睨みつけた。
 その痛みの激しいほど、指の先まで神経は鋭く尖っていく。この鋭さがあれば、全てを薙ぎ払えるような気がした。「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」を切り裂き、高き岩肌に爪を立て、あの山の頂上へと立ち向かっていけるような気がした。


 まず行倒れるだろう。だが、この痛みがある限り私は裏切らないだろう。それはまさに呪いのようで、いつか私の心臓を破るのだろう。しかし、いつでもあの恥辱に塗れた日々を思い起こさせ、前へと進ませるのだろう。
 もしも、あの頂上へ辿り着いたのなら。月夜に渾身の咆哮をあげよう。叢の中で哭く、いつかの私に届くような咆哮を。

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