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fiction
離婚したいくらい好きな人がいる。結婚したいとか生ぬるい感情じゃなくて、もっともっと、きみのいない未来を熱望してしまいたくなるほどに。
嫌われるのは楽だ。好かれるための努力をしなくてよくなるから。ほんとうに好きな人ほど遠ざけて、視界の端に頭の隅に追いやってしまって、霞んで顔も思い出せなくなった頃、わたしはようやく安心する。ああ好きじゃなくてよかった。頭は今日も正常に動く。
「俺が結婚できると思う?」
「できないと思う。ちょっと違う、できたとしてすぐ別れると思う」
「離婚を見据えて結婚してくれる人を探さないとねえ」
「わたし以外にあんたと離婚したいやつがいてたまるかよ」
バーで隣になったおじさんが冷やかす。離婚するには結婚しないといけなくて、それはつまるところプロポーズで、好きってことで愛してるってことで、かの夏目漱石の「月が綺麗ですね」の低俗なパロディで、ああもうそんな簡単で単純な感情ではない。それくらい容易く解の出せる問題ならよかった。
なんかもう死んでしまいたい、と思うときに想像する人はきみじゃないほかの誰かで、今日もなあなあに救われて絆されている。唐辛子と辛口の酒で喉が痛い。“I Love You”の意でそばにいられるならその方がましだった。だれといたって何をしたってなんか違って居心地が悪い。今いるところはいつだってわたしの居場所ではない。ここではないどこかへ行きたいと逝きたいと生きていたいと思う。ずっと自分を他者を騙して生きている。
透明なものに触れるたびに赤茶けてゆくような心で、まっ白のA4に吹きかけるたび染みついてゆくヤニのような身体。まともになんて生きていけるわけがない。孤独を愛して時折愛されて、何もかも受け付けなくなってやがて植物のように枯れてゆく。誰もわたしを記憶せずにひっそりと死ぬ。それだけがわたしをわたしのまま守ることのできる唯一だと知っている。
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