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そして人類は眠くなった。~田中編~

毎日猛烈に眠い。

朝起きるのも、本当につらい。
最近は夜10時までには寝るようにしているというのに。
8時に起きるのですらやっとだ。。

職場では、コーヒーが欠かせなくなった。
自席で資料を作ってるときはまだ集中するせいか、睡魔が来ても耐えられるけど、声のでかい上司の独断場になっているような会議だと、落ちてしまう。
テレワークも最近経験したが、自制が聞かずに気づいたら3時間くらい寝てしまっていたこともあった。

この件があって、テレワークをするのはやめた。
もともと推奨ってだけで強制されているわけではないし、業務効率が落ちるくらいなら出社する方がましだ。

朝は会社の自動販売機で、5本ペットボトルのブラックコーヒーを買って、出社し、フロアの共用冷蔵庫に入れて保存する。

これが一日でなくなるんだから、おおよそ1.5時間に1本飲んでることになる。周りではカフェイン中毒だなんていわれているようだが、会議で堂々と寝てしまうよりはずいぶんとましだ。

今日は、若手が久々に出社してくるらしい。

若手君はテレワークで何の仕事をしてるんだろうか。まだ、そんなに案件も任されていないのに。どうせさぼってるんだろうな。まあ、私もあのぐらいの時は楽してお金入る方が天国で、安月給でバリバリ仕事するのは悪だと思ってたから仕方ない。やりがいのある案件や人間関係に恵まれて初めて仕事のモチベーションも上がるもんだろうから。

そんなことを思いながら自席についた。

ああ、眠い。

今日はやけに眠い。さっき買ったコーヒーがすでに1本無くなりそうだ。
今日は6本買っておけばよかった。。
自動販売機まで遠いので、何度も行きたくない・・。


2本目のコーヒーが半分になり始めた頃、周りで変なことが起きるようになった。
テレワーク中の社員に連絡が取れず、ついに会議に現れなかったとか、
課長が自席で居眠りをしていて、お客さんとの商談時間に間に合わなくなったとか。

異常に眠いのは私だけだと思っていたが、案外みんな眠いのはいっしょなんだと、変な安心感を抱いたと同時に、こんな頻繁に睡魔が原因のトラブルが起こるはずがないので、やも言われぬ感情にもなった。

ついついコーヒーに手が伸びてしまう。

なんだか油断すると、一気に眠ってしまいそうな気がしたのだ。

溜まっていた資料作成を鬼の形相で作成し、伝票処理を素早くやって一息しようと席を立つと

フロアがやけに静かなことに気づいた。

周りを見渡すと、

ほとんどの人が眠り込んでいた。
課長も、先輩も、そして部長も。。。

起こっていることが理解できず呆然としていると、
若手社員から声をかけられた。

「田中さん!田中さんだけです!起きているの!あとみんな、、寝ちゃいました。。俺も無茶苦茶眠くて眠くて。コーヒー買いに行きませんか!」

そういわれて、今日のストックがほとんどなくなっていることを思い出し、若手と一緒に自動販売機へ向かうことにした。

自動販売機へ向かう途中にいる警備員も寝ていた。

絶対に何かがおかしい。
若手も今にも眠ってしまいそうだった。
自分がストックで持っているコーヒーを渡すべきだった。
コーヒーをおごってあげるまで、何とか持ちこたえてくれと願うばかりだ。

やっと、自動販売機についたとき、私は絶望を感じた。

一本も残っていなかったのだ。
コーヒー、紅茶、お茶、エナジードリンク
カフェインが入っているであろうすべての飲料が1本も。

会社の周りは売店も何もなく、車で近くのスーパーに向かわなければ、
何も買えない。しかもこの様子では、もうどこに行っても残っていないだろう。

そう思うと震えてきた。
恐怖で震えてきた。

若手がこちらを見ているが、もう眼は半分閉じている。

私ができることは、この子が眠る前に
フロアに戻ってストックのコーヒーを分け与えることだ。

そう思った私は、目を閉じる若手に励ましの言葉を残し
フロアまで走った。

フロアに戻ると、本当にみんなスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。
仲のいい先輩を試しに起こしてみようと肩を叩いたり、揺すったりしたが起きる気配は無かった。

私は朝買った残りのコーヒー3本手にして、若手の待つ自動販売機へ向かった。


しかし、到着したときは既に若手は夢の中のようで、
先輩同様、何度揺すっても叩いても、起きることはなかった。


ああ、私もこのコーヒーが尽きれば
この人たちと同じ状況になるのだろう。
こっちのほうが、幸せかもしれない。
このまま飲まずに睡魔が来るのを待っていよう。

そう思って手に持っているコーヒーをすべて道路に流そうとした瞬間、

何かが横切るのが見えた。

「誰ですか!」

とっさに大きな声が出たので、相手もびっくりしたのか

「わあ!起きてる人いるんだ!!」
と返事が返ってきた。

よく見ると、毎日よく見る掃除のおばちゃんだった。

「なんかみんなねちゃってねぇ!おかしいんだよ。。トイレ掃除に入ってびっくりしたよ。みんな床で寝てるの!汚いから起きな!ってい声かけても反応しないのよ。息はしっかりしているのに。おかしいわこんなの・・」

かなり動揺しているようだった。
そりゃそうか、トイレの床で人が寝てるんだもの・・。

諦めそうになった気持ちを奮い立たせるため、私はコーヒーを飲んだ。
「あの、、掃除の方は眠くないのでしょうか・・」

「そうね、すこし眠いけど、これ食べてたら何とか平気よ。あたしこの仕事の後に、夜は介護士で働いてるのよ。眠いけど、これで乗り切ってるのよいつも。ほら、バックに大量にあるからあんたにもあげる」

あ、フリスク。しかもカフェイン強烈な奴。。

「こんな事初めてだから、外の様子を見に行きたいんだけど、車で一緒に行ってくれないかしら?私は、定時のバスに乗っていっつもここにきてるんだけど、いくら待ってもバス来ないのよ」

今ならこのコーヒーとフリスクで運転中に寝て死ぬリスクも低そうだと思った私は、掃除のおばちゃんの案を採用することにした。まずは、町の状況を見たい。

私はおばちゃんを乗せ、中古で買った軽自動車で町へ向かった。

いたるところで人が寝ている。
車の中で寝ている人、自転車の横で寝ている人、壁によりかかって寝ている人。
しかし不思議と、事故は起きていない。
車もバスも、ちゃんと車間距離を取ってきれいに停車しているし、
電車もちゃんとホームにいる状態だ。

途中で起きている人にも出会った。
大学生の青年と、看護師のお姉さんだ。みんな、このことを理解できずに
不安がっていたので、軽自動車に乗せてあげることにした。

車の中で、なぜ起きていられたかの話をした。
大学生の青年はエナジードリンク中毒で、看護師のお姉さんはコーヒーとフリスクを常用していた。みんな、目の前の人がどんどん眠りについていることに恐怖を抱いたという。不思議にも、自転車に乗った人は一度降りてから眠り、車を運転した人は赤信号になってから寝ていたという。

そして、この4人でスーパーへ行き、起きていられるため必要なカフェインを購入することにした。

スーパーについても人は寝ていた。店内のカフェインはほどんどなくなっていたが、フリスクとコーヒーはかろうじて少し残っていたので、お金を置いて持ち帰ることにした。

スーパーから出た直後
私たちは、見たこともない光を浴びた。

ゆっくりと目を開けると、そこには人間ではない何かが立っていた。


「人類が未曾有の状態に置かれている中で、人類の活動は鈍くなっています。このままでは、まずいと思い、人類を一斉アップデートすることにしました。アップデート前と後の人間が混在すると、価値観の違いにより内戦や紛争のリスクが高まるため、今回は人類総入眠計画により、それを実施することにしました。お許しください。カフェインを許容量以上に摂取した人間にはこの計画が無効だったことがわかりました。意外でした。ちなみにこの現象は、他の地域や国でも発生しています。その人たちひとりひとり、手動でアップデートが必要となります。手段は・・」

意味が分からない。
人類総入眠計画?なにそれ。。アップデート?は?

他の3人も同じようなリアクションだった。

「応じていただけないようであれば、リスク因子として処理します。それでもよろしいでしょうか」

そういわれたとき、背筋が凍る思いがした。
”リスク因子”、”処理” これは、殺されることを意味していると確信したからだ。あまりのことに、手動アップデートの手順を聞きそびれてしまった私は、人間ではない何かに再度説明を求めた。

「手順をもう一度説明してください」

そういうと人間ではないものはこう続けた

「手順は簡単です。人類のアップデートが完了するあと3時間後までに、入眠してください。こちらの指令であなた方が制御できないことが分かったので、自ら入眠していただくほかありません。よろしくお願いいたします。」

こんだけ、カフェインを取った体に何を言う・・・。
そう思ったが、そういえばさっきから呼吸をするようにフリスクを食べ続けていた私は、これを食べるのをやめればいいと気づいたのだった。

おばちゃんは何か言い続けていたが、私は殺される恐怖で何も考えられず、何を言っているのか聞く気にもなれなかった。

ミンティアを投げ捨て、ただひたすら、あの強烈な眠気が来るのを待つしかなかった。

1時間ほど経ち、まず先に看護師のお姉さんが眠りについた。

そして、そのすぐ後に大学生の青年が道端で寝ていた人と同じように床で入眠した。

その1時間後、私は強烈な眠気に襲われた。

静かに、目を閉じ、意識がだんだん遠のいていくのを感じた。

なんで、こんなにこの眠気に抗っていたのだろう。
今となっては、この抵抗が命取りになっているのだから、大人しく仕事中でも寝ていればよかった。あの人間ではない何かを見なくて済んだのだから。あれは、思い出すとこの眠気が飛んで行ってしまうぐらい何とも言い表せないものだった。早く寝てしまいたい。。。人類のアップデート後、私はどうなってしまうのだろうか。人間ではないあれの言い分をこんなにも素直に聞き入れていいのだろうか。
第一、アップデート後に生き残っている保障なんてないのに。そんなこと、あれは一言も言っていなかったのだから。でもいい。
リスク因子として”処理”される方が、絶対に痛くて嫌な思いをするだろうから。。。。

そんなことをぼんやり考えているうちに、私の意識は遠のいていった。


ー田中編(完)ー




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