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アニサキス体験記

腹が、いたい。 

お酒を飲んだらお腹が痛くなることはたまにあるのだけど、今回は待てども待てども痛みがひかない。胃が、ぎゅう〜っとぞうきん絞りされてるみたいなのだ。

とりあえずベッドに横になって本を読みながらやりすごそうとするも、やっぱり痛くて体育座りしたり、うろうろ部屋のなかを歩き回ったり、風呂にはいってみたり、トイレに行ってみたり(下痢ではない)。

そうするうちに時計の針は2時、3時、4時…とすすみ、夜があけてしまった。

今日は我が家で、友だちを集めた忘年会がある。なんとかみんながくるお昼過ぎまでに治そうと、駅前の病院へとぼとぼと向かう。

呼ばれて扉を開けると、すごく親切そうな女性の先生がいた。先生の問診。

先生:いつから痛いですか?
僕:昨日の夜、12時くらいからです。
先生:夜なにか食べました?
僕:はい。居酒屋で飲んでました。
先生:生魚たべた?
僕:はい。
先生:なんだか覚えてる?
僕:え〜っと…鯖?
先生:ああ〜。

アニサキスの可能性が高いんじゃないかなぁ、と先生はいう。アニサキス。その名前は知っていた。なんだかやばい寄生虫で、生魚にいて、食べてしまうと痛みでのたうちまわるという、あのアニサキス。そいつがおれの腹のなかに、いる…?

うちだと検査できないんで、大きい病院紹介しますね〜ということで、手紙を持たせてくれて、電車で蒲田の病院へ。そのあいだも痛みは続き、ほんの10分くらいの道が2.3時間くらいに感じた。

たどり着いた病院は、土曜のこの時間は一般外来は空いておらず、救急外来へ。なにげに、救急の病棟に入るのは初めてだ。

一般の病棟でみる、白衣の医者とはちがい、よくドラマなんかでみる動きやすい?水色の服を着て、みんなパソコンでなにやらむずかしそうなデータをにらんでいたり、大きな機材をいじっていたりする。救急、と聞いてイメージしたほどせかせかしてはいなかった。

さっきの病院とはうってかわって、今度の先生はぶっきらぼう。マスクごしだけど、たぶん僕と同い年くらいか若いくらいの男性。たまにタメ口を挟みながら、必要なことだけを聞き、伝える感じ。まあ、救急だとそういうスタイルの方がいいのかもなと妙に納得しながらこたえていく。

ちょっと検査しましょう、ということで検査室へ。前の病院で、内視鏡やることになると思うよ、と言われ、電車のなかでしらべたら「アニサキスもやばいが、内視鏡もえぐい。腹痛&吐き気の身体に口からカメラをねじこむのだからそれはもう」みたいなことが書いてあり、戦々恐々としていた。

でも、いきなりは内視鏡はやらないらしい。点滴のあといったんCTを撮り、胃に炎症がありますね、と確認したあと、レントゲン、心電図みたいなものをやり、そのあといざ、内視鏡。

内視鏡をやるとなると、1日入院が必要なことも伝えられる。まじか。忘年会は無理そうだ。楽しみにしていたのだけど…。グループLINEで「アニサキスっぽくて、入院するかも」と伝える。大丈夫?!お大事に!とみんな言ってくれた。宅飲みは断念し、みんなは居酒屋で飲むことにするらしい。申し訳ない。

ひろびろとした検査室には、グレーのシートが敷かれた移動式ベッド。その横には2001年宇宙の旅に出てきそうな機械。横になってくださいね〜と促されるままに横たわると、頭上にはアームクレーンのようなものがあった。

それらの、なんだかよくわからない機械たちは、これから自分の身になにが起こるんだろう?という不安をマシマシにかき立てた。

ふと、いつも好きで観ている「きまぐれクック」というYouTubeチャンネルのことが浮かんだ。カネコさんという方が魚をさばいてうまいメシをつくっていく、というもの。あの動画の、これからさばかれようとしてる魚ってこんな気持ちなのか、と思った。はやく楽にしてくれ!と。

そう考えたら、アニサキスはいつも人間にさばかれている生魚からの反乱といえなくもない。でも、俺さばいてないですぜ。たのしく動画みてただけなのに、この仕打ちはないんじゃないの…

とかなんとか考えてたら、喉の麻酔しますねーと、コップで液体を渡された。「飲まずに、喉の奥にためてください」。いわれるままにためる。麻酔=注射だと思ってたから安心したけど、こんなんで麻酔かかるの?と半信半疑。でもしっかり喉の感覚がぼやけてきた。

口をがぽっと開ける器具をくわえさせられる。その器具の穴=僕の口に、マッキーの細い方よりもうちょい細いくらいのホースみたいなカメラ(先端にクリップもついている)が入ってきた。「おえっ!」となる(そりゃそうだ)。かまわず先生はホースをずいずい入れていく。「おえっ、おえおえおぼええっ!」

このあたりで、麻酔の効果で意識も遠くなっていた。が、うすぼんやりした意識の向こうで、「あ、いたいた!」という声がした。それはアマゾンで野鳥の研究家が美しい羽の鳥を見つけたときのような声だった。が、まちがいなく僕の胃袋に噛みついているアニサキスをみつけた声だ。

意識がはっきりしてきた僕に、「山中さん。4匹もいましたよ」と先生は言う。よ、4匹?昨日僕が食べたのは、ほんの数きれの鯖だ。あのちいさい身の中に4匹もいたとは…アニサキスおそるべし。

織田信長は討ち取った朝倉義景・浅井久政・浅井長政の首を並べて酒を飲んだそうだが、僕も我が身をくるしめたアニサキスたちの顔を拝んでみたくなった。見てもいいですか?と先生にきくといいですよ、と見せてくれた。

それは、このたとえでどれくらいの人が「ああ」となるのかわからないけど、白い鼻毛のようだった。たしかにちいさいが、こいつが胃にもぐりこんでると考えると、それはなかなかのことだ、と思わせるくらいの存在感はある。こいつが4匹も。それは寝れないわけだ。

こうしてアニサキスとのたたかいを終えた僕は、いま救急病棟のカーテンで区切られたベッドで横になっている。腹痛は、ちょっとまだ炎症がある感じはするけど、ほとんどゼロになった。

インスタのストーリーで「アニサキスなう」とかいたら、「アニサキスって都市伝説じゃないんだね!」と友だちからコメントがあった。僕もアニサキスの存在はしっていても、「まさか自分が」と思っていた気がする。でも思った以上に、やつは僕らの身近に存在するのだ。

生魚を食う文化は、アニサキスとの共存・共生のうえで成り立っている。アシタカであれば「人とアニサキス、双方生きられる道はないのか!」と言うだろう。僕は、すくなくともいまは「だまれ小僧!」としりぞけるしかない。アニサキスの腹痛は、やっぱりつらかった。

でもここで書いたように、アニサキス体験は非日常を味あわせてくれるものでもあった。だからアニサキス恐るなかれ!とは言えないが、アニサキスを経験する前の人生としたあとの人生は、なにか世界の見え方が変わるような気もしてる。たとえば、刺身や寿司を見ても無邪気に美味そう!と思えなくなる、といったように。



 


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