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ネクストバッター

 野球部の仲間の洋介が結婚する。めでたい話だが俺は素直に喜べない。
 三ヶ月前、勤め先が倒産した。まったく予期していなかった俺は一気に地獄へと叩き落とされた。そこからハローワーク通いが続くが、いまだ新しい職場は見つかっていない。こんな状態だから結婚式には参加しないつもりだ。代わりに洋介の好きな日本酒でもプレゼントしよう。そう思って俺は今、生坂屋で酒を選んでいる。ここは酒好きには評判の店だが、下戸の俺には縁のない店だった。
 周りを見渡すと客たちは目をキラキラさせながら酒を選んでいた。
「楽しそうだな」
 思わず言葉が漏れた。すると、
「大人の遊園地なんて呼ばれているんですよ」とキャップを被った男性が近づいてきた。おそらく店長なのだろう。
「あの、すみません。結婚祝いのお酒を探しているんですけど」
 俺は店長に言った。すると店長は熱心に酒の説明をしてくれた。しかし話は耳に入ってこない。考えていたのは洋介のことだ。洋介は今、大企業で出世コースを歩んでいる。俺とは大違いだ。どうして俺じゃなくて洋介なんだ。高校時代はアイツより俺の方が成績も良かったし野球部で俺はエース、アイツは補欠だった。唇を噛み締めていると一本の日本酒が目に入った。
ネクストバッター。変わった名前の酒だ。
「ああ、それはうちのオリジナルの日本酒なんですよ」と店長は笑顔で言った。
 なるほどラベルには大黒様が次の打席に控えている様子がポップに描かれている。ラベルを見て俺は最後の夏を思い出した。甲子園予選。負ければ引退、そんな試合の九回裏二アウト満塁。俺は打席に立とうとしていた。ここで決めればヒーロー、しくじれば引退だ。
 普段は緊張しない質だか、さすがにガチガチになり、打席に向かわなければならないのに体が動かなくなってしまった。そんなとき、
「タイキがんばれー」と声が聞こえた。声の主は洋介だった。洋介は声を枯らしながら俺の名前を呼ぶ。そして「お前ならできる」と声を上げた。その声に体が反応したのか、なんとかバッターボックスに向うことができた。さらにそこで俺はサヨナラヒットを打ちヒーローになった。
 つい洋介を妬んでしまったが、そういえばアイツは先輩からも後輩からも信頼が厚かった。試合に出られないのに腐らずに誰よりも練習し、本来ならマネージャーがやるような仕事も気持ちよく引き受けてくれた。もしも俺が補欠だったらそれができただろうか。
「これにします」
 俺はネクストバッターを手に取った。
「お包みしますか?」と店長から聞かれたが俺は首を横に振った。
「これは自分で飲みます」

 家で買ったばかりの日本酒を口にした。普段は飲まないけど甘口で美味い。ほろ酔いでラベルを見ていると「お前ならできる」と叫ぶ洋介の顔が浮かんだ。
 そうか俺はネクストバッターなんだ。あの夏みたいに就活でもまたチャンスを掴み取るんだ。なんだか勇気が湧いてきた俺は、ふと電話をかけた。
「あっ洋介、結婚おめでとう。もし余興が必要ならいくらでもやるからな」

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