都バス06系統四ノ橋下車9
「邪魔すんなやこのヤロー」んっ北海道弁。しかも柄の悪い方の。
振り向くと通りの向こうにエミーとブラザー風の男の姿。2サイズほど大きなTシャツ、念入りに焼いた肌on theタトゥー、唇にピアス。凶暴そうな奴だ。
どうする?考える間もなく男がエミーに殴りかかった。焦った。車が邪魔だ。振りの大きなパンチ。足がついていってない。イカレブラザーの攻撃は、遊覧飛行のセスナが旋回するようなゆっくりした動きだが、初めて実戦を経験したエミーにはスゲー早さに見えるだろう。パンチを避けながらエミーの身体がリズムを取る。
チッまた車だ。「やめろバカヤロー」
走り寄ろうとするボクを認めたのか男が焦った様子で殴りかかる。
エミーは逃げるどころか上半身の動きとステップで打撃を捌いている。ジンガだ!。
上半身にやっと足が追いついた感じの男の踏み込みに合わせてエミーの身体が沈んだ。一瞬相手を見失った男に突き上げるような下からの蹴り。カポエイラチャンネルがあったらマニュアルに採用したいほどだ。完璧なタイミングのいち撃は脳と頸椎に直接響き、意識をはじき出した。砕け落ちるように倒れる。本人は何が起こったか分からないはずだ。アゥーバチードゥ崩れからの上方向垂直の足蹴り。日本語に訳せば片手逆立ちからの流れるような技だ。ボクにだってああはうまくはいかない。
男はおぼつかない足取りで住宅展示場の方へ逃げ出した。
やっと追いついたボクに震えながらエミーが言った。「やっちゃった」
気持ちはわかる。エアガン好きの子どもが、突然実戦に巻き込まれて手にしたマグナムのトリガーを恐怖のあまり弾いたらきっちりと当たってしまった。なんと言ったらいいんだろう。大好きな遊び道具が実は凶器だと知らされた恐怖。自分の意志とは関係ないところで信じられない光景が展開されてしまったことへの驚きとでもいったらいいのだろうか。とにかくそんな感じだ。
「無茶はしないでよ」
「怖かったよ。動けなくて。それが、あいつが殴りかかってきたら、何も考えられなくて、そしたら急に身体が動き出して」
「わかるよ。世界がゆっくり見えだしたんだろ。でも普通の人間はそんなことなんて、なかなかできないよ」
「えっ?」
「頭で考えるタイプの奴がほとんど。相手の動きをよく見ようとか。覚えた技を使おうとか。まあ訓練すればそれも自然に出来るんだろうけど。とにかく頭の中で色んなことを考える。頭で考えられなくなるタイプもいる。なにもできないか。めちゃくちゃに動くか。とにかくちょっとくらい習い覚えたことなんかはもうどこかに行っちゃって。生の自分の動きだけ。その人なりの防御反応のスイッチが入っちゃうってことかな。エミーってホントありえいない性格してる」
「それって動物的ってこと?」
「動物がどんな頭の使い方をするかは知らないけど、本能に近いっていうかそんな状況で習い覚えたばかりの技を、しかも自分なりのアレンジを加えて効果的に使えるとなるともう天才レベル」
「ケイシーもそうなの。」
「いいやボクは違う。不器用だから技をひとつひとつ覚えて反復して、身体に覚えさせていく。エミーみたいな真似はできないよ。とにかく無事で良かった。」
「あいつさ、急に威嚇してきやがったんだよ」男の走り去った方向に目をやりながらエミーが言った。
「なんでかな?」
「これじゃないの?もしかして」差し出したエミーの手の中にはゴルチエのロゴとドラゴンのエンボスが入ったA6サイズのシステムダイアリーが握られていた。見覚えがあった。州次さんの自慢のアイテムのひとつ。
「あいつに聞いてみようか」
「なにを??」
「だから、ドーシテ私のことなんか襲ったの。それはこの手帳が欲しいから?って」
「そんな友好的な会話が成立する相手だと思う?エミーとしては。それに連絡先もわからないでしょう」
「話が成立するかどうかは分からないけど、連絡はつくと思うよ。あれで」エミーの視線の先に携帯電話が落ちていた。
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