違う名字の息子

 男なんてあてに出来ない。
 わたしは仕事の手を止めた。いったい、何度男絡みで仕事を替えたのだろう。我ながら笑ってしまう。最初は安定した、自動車会社の事務だった。好きだった男が別の土地に行こうと言うので、辞めてついて行った。そして気づけばお金を盗られて、彼は消えた。次も事務員の仕事だった。職場恋愛して結婚して、仕事を辞めた。子どもも出来た。男の子だった。この頃が一番よかったかな。でもすぐに破綻し、シングルマザーとなってしまった。仕事もないのに。夫の不倫で離婚したのに、結局養育費は払ってもらえなかった。子どもを抱えての仕事は大変だった。たいした学歴も職歴もないから、夜も働いて子どもを育てた。その間も何度も男を好きになり、何度も別れた。そして何度も転職をした。
 スマホが震えてLINEの受信を知らせた。
〈今日の夜ごはんは何?〉
 思わず笑ってしまう。小さいときから変わらない。
〈ハンバーグだよ〉
 やったあ! のスタンプが送られてきたので、よっしゃあ! のスタンプを送り返す。
 四度目の夫は煙のように消えた。離婚はしていない。だから私は川原のままだ。息子は加藤だ。息子はわたしの四度目の結婚の前に結婚をして家を出ていた。
 だけど、離婚して戻ってきた。そして、また一緒に暮らしている。
 息子は家事が出来ない。そういうふうに育てた。何でもしてあげた。仕事で忙しくて構ってあげられなかったうしろめたさがそうさせたのかもしれない。でも、それだけではないようにも思う。
「川原さん、何してるの⁉ ちゃんと仕事して!」
「はい」
 止めていた手を動かす。
 つまらない仕事。ただ数字を入力するだけ。
「川原さん、仕事中はスマホはしないで」
「はい」
 男に振り回されるだけの人生だ。わたしは「川原」じゃない。でも名前を変えられない。
 スマホを握りしめる。
 この子だけは別。大事な大事な子。帰って来てくれて嬉しい。結婚したときはさみしかった。あんまりさみしすぎて、どうでもいい男と結婚してしまった。そしてやっぱり散々な結果となった。男なんてあてにならない。本当にあてにしてはだめ。
 だけど。
 だけど、お金は信じられる。お金は裏切らない。「川原」のままでいれば、お金には困らない。わたしの本当の名前は大事な子が持っているから大丈夫。わたしの大事な子を奪った女はまんまとわたしの罠にかかった。よかった、離婚してくれて。あの子は傷ついたから、もう結婚はしないだろう。よかった。
 あとは、煙のように消えた男が「死んだ」とされるだけ。
 わたしは静かにその日を待つ。

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