見出し画像

消えたラッキー 4 時間との闘い

その他の、こじこうじの作品へのリンクは
    太陽の秘密 | こじ こうじ |本 | 通販 | Amazon
    アベマリア | こじ こうじ |本 | 通販 | Amazon
   アペリチッタの弟子たち | こじ こうじ |本 | 通販 | Amazon

   Youtubeに紙芝居絵本「ものほしざお」があります
    https://youtu.be/iGRwUov3O74?si=bH2ZszSCB6b6fquq 


4 時間との闘い
 
 マユとぼくは、しばし、うちのめされたようになっていた。ぼくの頭に、おそろしいイメージがよぎった。ラッキーが、注射をうたれ、舌をだらっとさせている。そこに白衣の男たちが集まり、ラッキーはにわとりのように腹を割かれ内蔵をからっぽにさせられる。・・・そして、下劣なあのあざ男が戸の外にいて、もらった紙幣をうれしそうに数えている。ああ、ラッキー・・・。
「いやだ」
「そのとおりよ。なんとかしなくちゃ」
 ぼくはたちあがった。
「行くんだ」
「警察に?」
「まさか」 
ああ、女の子ってやつは・・・。
「奴のところにきまっているだろう」
 いてもたってもいられなかった。
「急がなきゃ。奴より先につく。あるいは同時でもいい。ラッキーがそうなる前に探し出すんだ」
 それ以上、ぼくは言葉を続けることができなかった。なにか口につまったようだ。マユは呆れ顔でぼくを見た。
「でもマサ。このバッグや名刺があの男のものとはかぎらないわ」
 やれやれ。マユはめんどうな質問をする天才だ。ぼくは答えた。
「ぼくにも確信はない。でも他になにができるんだ。その名刺にかいてある場所へいくこと。それ以外ぼくらにチャンスはないんだ。わかるだろう?」
 言いながらぼくは泣きたくなった。本当に。だって、もし、その『じっけんどうぶつおろし』がラッキーを他所につれていったとしたら、ぼくの子犬はもうおだぶつだ。もうみつけるチャンスはない。
 ぼくはマユの手をつかんだ。
「急ごう」
 ぼくらは走って、大きな公園を横切った。侵入禁止の芝生も越えた。守衛が笛を吹いたが、そんなことはかまってられない。
 ぼくらの息がはずんでいた。夢のなかで、いつまでたってもたどりつかない目的地にむかって走り続けているような感じだった。
 けっして間に合わないんじゃないか。ラッキー。ラッキー。
「タクシー!」
 広い道にでると、突然マユが叫んだ。一台の車が目の前に止まった。マユは中にはいりこんだ。ぼくもならった。
「ここの名刺にかいてあるところまで行ってちょうだい。とても急いでいるの」
「OK」
 車は発進した。運転手はバックミラーごしに不思議そうな目をわれわれにむけた。ぼくはマユにそっと尋ねた。
「どうやって払うんだ?」
「心配ないったら。わたしは、出かけるときは、まさかのためにいつもお金をもっているし、いよいよとなったら、拾ったバッグの中のお財布の中のお金を使うわ。悪人をつかまえるためなら、彼のお金を少し借りたって悪いとはいえないと思わない?」
 マユは拾ったバッグの中にはいっていた財布から一万円札をとりだした。
「本当にありがとう、マユ。いい姉をもってぼくはよかったよ」
「いままでわからなかったの?」
 彼女は笑いながら言った。
今は行くしかない。
 タクシーからの窓の景色。太陽の光がビルの窓に反射していた。歩道は、ゆっくりと歩く人々。この幸せな街のどこかに、ぼくの子犬を殺そうとしているひどい奴がいるんだ。ぼくは運転手に言った。
「もっと速く。お願いします」
「でもパトカーにはかなわないぜ、坊主」
 車はタイヤをならして走った。
 ぼくは、マコトおじさんの店に電話をいれて、起こったことを話した。マコトおじさんは、名刺にかいてある店の名前と住所を教えるように言ったので、ぼくはマユとスマホの検索の力を借りて、読み上げた。マコトおじさんは、手があいたら、なるべく早く自分もそこにかけつけると言った。「ありがとう。マコトおじさん」
「もう少しで到着だ。店の前は細い道で車の進入禁止なんで、その近くでおろすよ」
と運転手が聞いてきた。
「いいわよ」
とマユは答えた。ぼくは何も言わなかった。ぼくは緊張していた。もうすぐ着く。・・・マユは大人のように運転手にお金をわたした。
 ぼくは車から降り、あたりを見回した。着いたのだ。さあいこう。
「のどがカラカラよ。」
 マユはささやいた。ぼくは両側の建物が、通りに倒れかかるようにかんじた。いつのまにか、太陽の光が雲にさえぎられたようだった。マユとぼくはそっと前へ進んだ。夏なのに寒い。握っているマユの手も、アイスクリームのように冷たかった。
 ぼくらは、店の看板(それはすぐみつかった!)めざしてゆっくり歩き出した。歩道のわきでは高くのびた緑の木々の枝がかさかさ音をたてていた。奇妙な気持ちだった。見知らぬ国に、マユと二人だけでいるような気がした。ぼくはここにくるのははじめてだった。それに興奮していた。そこで奴がみつかるのだろうか?
 一匹のすずめが、ぼくのすぐ目の前の電線の上にやってきた。それをみながらぼくは思った。
『十まで数える。それまでにこのすずめがとびたたなかったらそれは・・・。』そう意味があるとは思われなかったが・・・あのあざ男をみつけられるか?みつけられないか?
『一、二、三・・・・』鳥はとびたってしまった。ちえっ!
でも、それでもいかなくちゃいけない。
 その店の、玄関や窓は狭かった。人っ子ひとりみかけない。あまり嬉しいことではない。恐怖すら感じる。でも、それは二階建ての家で、板戸で窓がしめきられていた。玄関の扉は木製だった。とびらの上のほうに金属製の看板があってこう書いてあった・
『実験動物卸 小島 (じっけんどうぶつおろし こじま)』
わかっていたにもかかわらず、この言葉にぼくは凍りついた。ぼくは、大きなあざの男をマコトおじさんがくるのを待ってからつかまえるという計画を忘れて言った。
「とにかくインターホンをならそう」
「それから?」
「中へはいるのさ」マユはぼくの眼をまっすぐみた。
「誰もあけてくれなかったら?」
 なんと彼女は議論しようというのか?突然ぼくはいらついてきた。ぼくは叫んだ。
「じゃあ、マコトおじさんが来るまであいつを待つかい?」
「ええ」
「あとどのくらいでくるんだい?」
「わからない」
 それ以上言うことはできなかった。ぼくは、なにも考えられない感覚におちいっていた。ラッキー。かわいいラッキー。
「マサ、あせらないで」
 ぼくは、マユの忠告を無視して、力いっぱいインターホンを押した。だれか中から返事をするだろうか?息をとめてぼくらは待った。しかし誰もでてこない。
 今度はマユがインターホンを続けて押した。返事はなかった。彼女は唇をかんだ。
「わたしたちは見られているのかしら?」
 彼女は窓を指差した。後ろに隠れるのはむずかしいことではない。
「あるいは・・・。」ぼくの声はふるえていた。
「奴がにげだしたことも考えねばならない」ぼくは続けて言った。
「・・・奴は、ラッキーを他の場所につれていったのかもしれない・・・誰もみつけることのできない場所に」
 ぼくはこの言葉を自分で口にしたとき、頭の中でおおきな鐘が鳴ったようなきがした。最悪だ。ラッキーはいなくなった。すべてが終わった。マユはぼくの腕をたたいた。
「携帯をちょうだい」
 機械的にぼくはポケットから携帯電話をとりだした。マユは、紙切れをみせた。
「みて、この電話番号。奴の家のよ」
「それがどうしたのさ」
「名刺のうしろに書いてあったの」ぼくは肩をそびやかした。
「それでどうするんだい?」マユの眼は奇妙に光っていた。
「いい考えがあるわ。もし、奴が追われてると感じているとしたら・・・奴は警戒してるのよ」
 彼女は、奴の電話番号をおしはじめた。
「これこそラッキーを救うために私たちのできる安全な方法だと思わない?」
 ぼくはマユに返事をしなかった。ぼくは、ただラッキーを思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?