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逃げ続けた先に待っていた景色

僕は苦しいことからいつも逃げてきた。苦難に立ち向かっていく人に憧れはあるが、そうはなれない。

小中学校で勉強が得意だった僕は、県内随一の進学校に入学。同級生の多くは東大や一橋大など日本トップクラスの国立大学を志望する。

だが、僕は私立大学を志望した。数学を勉強したくなかったからだ。

学年9クラスのうち、8クラスは国立大志望の中、僕は唯一の私立文系コースに所属していた。

大学で具体的にやりたいことがあったわけではない。ただただ、苦手な数学から逃げるために、私立文系コースを選んだ。

そんな低すぎる意識が受験の神様にばれていたのかもしれない。大学受験は失敗した。僕は第一志望の大学の4つの学部を受けていた。特に学びたいことはなかったから、どの学部でもよかった。ところが見事に4学部とも落ちた。

ここで、僕は新たな選択を迫られる。唯一受かった大学に進学するか、浪人するか。

もう一年、受験勉強に全てをかけるモチベーションはなかった。中学までは勉強が好きだったが、それは同級生と比べてちょっとだけ得意だったから。勉強そのものが好きなのではなくて、親や先生に褒められるのが気持ちよかっただけだ。

ところが高校に入学すると、周りは中学で学年トップの人たちばかり。「勉強が得意」という僕の地位は一瞬で消え去った。得意でない勉強を、僕は好きになれなかった。

大学受験にも落ち、さらに自信をなくした。もう勉強なんてしたくない。そう考えて、唯一受かった大学への進学を決めた。オープンキャンパスにも行ってなかったから、どんな校風なのかも知らなかった。

第五志望の大学に進学するにあたり、僕は母からある条件を突きつけられていた。それは、留学だった。「志望通りの大学に行かないのなら、せめて留学の経験を積んでおきなさい」。母は大学時代にアメリカへ1年留学していた。僕のキャリアや人生を考えて、留学を勧めてくれたのだ(実際は、強制に近かったが笑)。

大学で特にやりたいことがなかった僕は「アメリカかヨーロッパの大学にでも行こうかな」と軽く考えていた。ところが、留学の出願には語学力の条件をクリアしなければいけない。大学1、2年生で英語学習にやる気が起きず、TOEFL iBTの規定スコアに達することができなかった。

どうしよう。留学できる大学がない……。もはや留学できるなら、どこでもいい。そんな思いで留学先を探していたとき、突如として浮上したのが、タイという国だった。

僕の所属学部はタイの様々な大学と留学協定を結んでいた。それほど高い英語力は求められず、自分のスコアでも応募ができた。よし、タイに留学しよう。

タイには行ったこともなければ、特段関心があるわけでもなかった。英語学習から逃げた結果、自分が行けるのがタイだったというだけだ。

こうして、大学3年の8月からタイの首都・バンコクでの生活が始まった。

留学生活でも、僕の「逃げ癖」は変わらない。留学したのは、タイのタマサート大学の政治学部。授業は最低単位しか取らず、授業はなるべく大教室のものを選んだ。いつも教室の後ろの方に座った。

最低限の授業しか取っていなかったので、大学は半日で終わることが多かった。午後からタイ語の語学学校に通う友人を横目に、僕は即帰宅。授業は英語だし、街中でも英語で生活できるから、タイ語を学ぶことはしなかった。

大学で受けられる任意の「タイ語初級」クラスも、ついていけず途中から行かなくなった。

そんなどうしようもない生活を送る中で、僕はいつのまにか好きなことを見つけていた。旅だ。いつもと違う景色を見たり、普段起きない出来事に出会えたりする旅が、好きになっていた。

今思えば、僕は日常から逃げるために、旅をしていた。日常からの逃走。それが自分にとっての旅だった。

授業の内容はよく分からないし、タイ語はしゃべれないし、タイ人の友人も全然できない。そんな日常と、旅をしている時だけは、向き合わなくてよかった。

「学生の本分は勉強だろう」と怒られるかもしれないが、間違いなく留学生活で一番の楽しみは旅だった。せっかくの海外生活。なるべく多くのところに足を運びたいと思い、バンコクから北へ、南へ、東へ、西へ。タイの20都市以上を訪れた。カンボジアやラオス、ミャンマー、マレーシアなど近隣諸国にも旅をした。

大学を卒業してからも、僕は逃げ続ける。憧れの新聞記者になったが、仕事がキツすぎた。朝早くから終電近くまでの長時間労働。毎日のように先輩から怒られる日々。そんな生活に耐えられなくなり、3年経たずして会社をやめた。

そして、コロナが落ち着いた今年。2023年3月、世界一周の旅に出た。

憧れの地を踏んだ。絶景に心が躍った。人生の美しさを知った。

まだ旅の途中だが、心の底から旅に出てよかったと思っている。

10年前、僕は受験勉強から逃げた。そうして入った大学で、偶然タイ留学に行くことになった。留学中、授業から逃げてハマったのが旅だった。社会人になり、仕事がキツくて、逃げるように会社をやめた。そして今、学校も会社もない僕は、世界一周の旅をしている。

下痢地獄に見舞われたり、ぼったくりバーに連れて行かれたり、謎の場所で突然バスから降ろされたり…そんなトラブルに逢いながらも、楽しく充実した日々を過ごしている。

もしもあのとき、逃げていなかったら、今の自分はない。10年前、受験勉強に立ち向かっていたら、タイに留学することはなかった。旅にハマることもなかった。会社をやめて世界一周に行こうなんて、思わなかった。

だから、10年前の自分に感謝を伝えたい。「逃げてくれてありがとう」と。

*****

旅は選択の連続だ。今日はどの宿に泊まるのか、次はどの街に行くのか、街中で声をかけられた人についていくのか。常に選択が迫られている。

何かを選ぶとき、僕はこう考える。間違えてもいい。逃げたっていい。大事なのは、自分で選択することだ。

正解は分からない。きっと答え合わせは一生できない。ただ一つ確かなことは、現在は過去の選択の積み重ねだということ。

どんな道も、自分で選んでいけば、きっとこう思えるはず。あの選択をしたから、今の自分があるんだと。



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