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逃男 #2 『 数学物理 』

数学と物理が好きでした。

目の前で起こっている出来事を一旦全て文字に置き換えて、幾つかの等式で結び、最終的にそれらから一つのシンプルな数式を導く。その数式によって全ての文字の相互関係がひと目でわかる。というのが好きでした。一度文字や数字に置き換えてしまえば、どんなに複雑極まりない問題があっても、最終的に一つの相互関係式にまとめ上げることができ、教室で飛び交う会話のように話し手の言い方や声のトーン、聞き手の受け方によって事実が変わってしまうことも、こと数学や物理には起こりません。

例えば、出来事A,B,Cの関係が最終的に A = B x Cだった時は、Aを大きくするためにはBかCのうちどちらかが0だとダメだとか、

A = B + C だった時は、Aを大きくするためにはBが0だとしてもCが大きければいいとか、

A = B だった時は、Cがどんな数字だろうとAとBはイコールだ、とか

受験勉強を始めてから、最初に結果に現れたのが数学と物理でした。その時勉強が本当に楽しくて、毎日図書館で一日中勉強するのもそうですが、残り僅かな高校生活を週の半分欠席することについても、何も苦を感じませんでした。学校では僕は時計が早く進んで欲しい、早く帰りたいと祈りに行っていただけなので。

11月の学内のテスト返却後、これまで学校では口を開かず時計しか見ていなかった自分にイケてるグループの人たちが話しかけてきました。「なぜ塾に行かないのか」「なぜ学校を休んで図書館に行くのか」彼らの口調はなぜか若干の苛立ちを伴ったものでした。そのうち、「特待生になるなんて目指さない方がいい」とか、「学校にはちゃんと毎日来ようよ」命令のニュアンスの混じった言葉も浴びせられました。

でもおかしくないですか?

大学入学という個人での戦いをしている中で、塾に行かない他人や学校に来ない他人に意見する。もちろん、その他人について考えたり意見する時間やエネルギーは当然勉強時間を減らしている。詰まるところ、その文句を言っている本人自らが大学入学という目標から遠ざかる動きをしているということですね。どうしてこんなネガティブな動きをしなくてはならないのか。彼らの立場に立った時に見えてきたのが『目標』の違いです。

大学受験に向け、イケてるグループのもれなく全員が夏休みを境に部活やバイトから身を引き、みんな揃って高校の最寄駅近くの大手の塾に通い始めました。塾側の狙いの中にはなるべく多くの合格実績を学生たちに残させるということがあるので、高校の授業で扱われる基本的な内容に加え、人気な大学の過去問を授業で多く扱う事で学生に選択肢を広く持たせるという傾向があります。(たぶん) 

学校の授業内容は簡単だからそこで自信を付け、休み時間は残り少ない高校生活を惜しみながら楽しい「空気」を作っては楽しみ、放課後は塾でみんなでガッツリ夜まで勉強。塾の狙い通りあらゆる模試を受験させられ、本番の入試も一回3万円かかるものを複数受験し、滑り止めとして合格した大学に入学金30万円を振り込み、大学に授業料600万円近くを払い大学4年間を過ごす。というのが彼らの通ろうとしている道でした。

一方僕の目標は12月末の神奈川大学の入試で特待生枠に入る一本でした。毎年その試験は高校の教科書で扱われているような問題が主に扱われていたので塾に行く必要が僕にはありませんでした。特待生になれれば何でも良くて、学科は一番入学倍率の低い建築学科だけを目指しました。くれぐれも、学費を安く済ませるのが親孝行だとか、逆張りがかっこいいと言った類いの話ではなくて、単純に、『お金がないけど社会に出るのはまだ全然無理っぽいな』という背景から立てた目標に向かっているだけでした。

イケてるグループの人たちの多くが一連の流れを踏んでこそ夏休み後の高校生活残り半年の過ごし方だと信じていたのだと思います。僕が成功してしまうと、塾にお金を払って通う自分の頑張りが否定されてしまうから、「俺たちはもう近道を探す事を諦めたんだから、空気を読んでみんなと同じ動きをしろよ。」彼らが伝えたかったのはそこなんだと思います。僕はなるべく空気を乱さずに静かに過ごしたい肌だったので、こんな形で注目を浴びるのは最悪中の最悪でした。ただ、あと数ヶ月限りの付き合いで今後何かでで一緒になることは天文学的な確率だと割り切って、一切気にしないようにしました。

僕は12月末の入試で待生枠に入れませんでした。

学校では僕に多くの人たちが皮肉混じりに同情の声をかけました。狙った結果が出なかったのは心底落ち込みましたし、自分はやっぱりダメなんだと突きつけられる感覚もありました。これから一年浪人し、来年こそ合格できるのだろうか。このままニートになってしまわないだろうか。膨大な不安につつまれながらその裏で胸に少し軽さを覚えていました。意図せずも、初めて空気を読まなかったことで一人で全て選択できたのが楽しかったからです。

選択権が多い人生にしたいな。新しく、それもまた広義な目標を新たに持った僕は高校を卒業し、無職になります。

つづく

僕のインスタグラム: https://instagram.com/koji0gawa?igshid=rqx0k5r1gkxf

レストランgoenのインスタグラム: https://instagram.com/goen.leon?igshid=1dx0p91uz8t16



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